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ライブに行った翌週、私たちは、優斗がいつも通っているという、ジムにいた。
「美耶って部活とかやってた?運動経験ある?」
「いや、中高は帰宅部。運動系の習い事もしてない。大学も写真部だったし。さすがに運動不足すぎるから、通勤で歩くようにしてるけど、トータルで1日20分歩くくらいかな?」
「典型的な運動をしていない社会人過ぎるな。歩いているだけマシだけど。」
「運動にずっと苦手意識を持って生きてきたからねー。健康のためにも動いた方が良いのは分かるけど、そもそもスポーツに興味ないからなー。漫画もスポ根ものとか刺さらないし、オリンピックもワールドカップも甲子園もちゃんと見たことないくらい。」
「なるほどね。まぁ、筋トレってゲーム性のないものだから、他のスポーツとも違う感じだよ。ただ己と向き合って、良い筋肉が付くことを喜ぶという。」
「ほうほう。」
「それに、一旦筋トレの習慣が付くと、筋トレしないと気持ち悪くなる。歯磨きしてないみたいな感覚になるというか。」
「はー、なるほど。分かりやすい。」
「まぁ、どれくらい筋トレに時間を割くかは人それぞれだけど、やっぱり多少は筋肉着いた方が、年取ってからも動けると思うし、やって損は無いと思うよ。俺ものめり込みない程度にやっているくらいだし。」
ジムで運動するということで、優斗は体にピッタリフィットするスポーツウェアを着ており、そのおかげで、いつもより身体のラインがはっきりわかる。ぱっと見て優斗はガタイが良いけれど、骨格的な要因が大きそうなので、筋肉がムキムキと言うほどではなく、適度に筋肉が付いていそうだった。
ちょうど良い体型なんだよなー。
多少、邪な気持ちを持ちながら彼の身体を見ていると、
「ちょっと、聞いてる?美耶。」
「あ、ごめん聞いてなかった。なんだっけ?」
「今からやるトレーニングの流れを説明してたんだから、ちゃんと聞いてよ。」
「ごめんごめん、優斗の身体、見ちゃってた。改めてほどよく筋肉付いてて、良い身体だよねー。」
私がそう言って、優斗の身体をまじまじと見つめていると、
「ちょっと、そんなにじろじろ見ないでよエッチ。セクハラ、セクハラ。」
優斗はふざけて自分の両腕で肩を抱いて、私に身体の正面を向けないようにしていた。
「ごめん。でも、それくらいほどよく筋肉を付けたいという向上心からだから、許して。」
私は笑いながら両手を合わせて頭を下げた。
「じゃあ、ウォーミングアップでストレッチしてから、筋力トレーニングして、有酸素運動、クールダウンのストレッチの流れで行こう。」
「うーん、そこまで一気にできるかな。へばったらごめん。」
私が眉間に皺を寄せて唸っていると、
「初回だし、まずは慣れるのが大事だから、しんどかったら途中でメニュー変更しよう。それに、運動の後の食事と飲酒は最高だよ。この後、お店予約してるから、そのために頑張ろう。」
優斗は私に餌をあげるのが上手い。
「よし!ハイボールと唐揚げのために頑張ろう。」
私が意気込んで両肩を振り回していると、優斗はその様子を見て笑いながら、
「分かりやすすぎるんだよなー。」
そう言っていた。
ウォーミングアップのストレッチは、まだ軽い運動程度だったので、多少汗をかきながらもついていけた。
「美耶、どの部分を鍛えたい?」
ストレッチ後に優斗に聞かれたので、
「うーん。引き締めたいところで言うと二の腕と太ももと腹筋かな?」
そう答えると、
「じゃあ、その3カ所取りあえずやるか。大きい筋肉から小さい筋肉の順番でやるのが通常だから、脚、腕、お腹の順番でやろう。」
優斗はそう言うと、私をレッグプレスという機械の前まで連れてきた。
「じゃあ、ここ座って。」
座席に座ると、脚を置くプレートの位置と重りとを優斗が調整してくれた。
「じゃあ、膝を伸ばしきらない程度に脚でプレートを押し上げて。」
そう言われて脚を伸ばそうとするけれど、プレートは全く動かない。
「...え?ふざけてる?」
「いや、全力、本気、ガチ。びくともしない。」
あまりにも動かないので、優斗が加重を少なくしてくれた。
「これで持ち上がらないとやばいよ。お年寄りレベル。」
改めて脚で押し上げるとなんとか少し動いたけれど、正直とてもしんどかった。私が必死に動く様子を見ていた優斗は、急に吹き出した。
「…今、美耶、顔真っ赤だし、力入れすぎて顔中しわくちゃになってて、男梅みたいになってる。」
そうわれて、脳裏にシワシワの梅干しに、劇画調の勇ましい顔が書かれている、お菓子の男梅のキャラクターが思い浮かび、私も吹き出してしまった。そのせいで一気に力が抜けた。
「ちょっと!笑わせないでよ!」
笑いながら抗議すると、
「ごめん、耐えられなかった。あまりに男梅過ぎて。」
「女性に対する台詞じゃないからね、それ。」
しばらく2人で笑い合ってしまった。
その後も、二の腕を鍛えるアームカール、腹筋を鍛えるアブドミナルクランチをやったが、優斗が見立ててくれた、成人女性にかける負荷に、私は全く耐えられなかったので、いかに自分に筋肉がないかを思い知らされた。そして私が必死にトレーニングする顔が面白いらしく、優斗はずっと笑っていた。
アブドミナルクランチで、必死に動いているときも、
「これはっ、絶対、筋肉痛に、なるっ、ぐぁっ」
私がそう叫びながらもがいていると、優斗は込みあげる笑いを堪えられていなかった。
「動きはできてるんだけど、顔が面白すぎる。男梅過ぎる。もう少し負荷かけようかな。」
「やめんかい!」
こんな風にお互いずっと笑いながら、トレーニングをしていたので、体力的にはしんどかったけど、楽しく過ごすことができた。
「つ、疲れた…。」
一通りのトレーニングが終わり、私がそう言って、ベンチで項垂れていると、
「お疲れ様。ほら水分摂って。」
優斗がペットボトルの水を渡してくれた。
「ありがとう。枯れ果てそうだった。」
私は受け取ったペットボトルをほとんど一気に飲み干した。
「あまりに美耶に筋肉がなくてびびったけど。初回の割に頑張ったと思うよ。このまま続ければ、きっと効果出てくるはず。あと顔が面白すぎた。変顔し過ぎ。」
言いながら、トレーニング中の私の表情を思い出したようで、優斗は思い出し笑いをしていた。
そんなに私の表情はおかしかったのか。
そういえば、かつて友達同士で変顔をし合ったときに、”美耶だけ表情筋の動きが良すぎる、レベルが違う”と笑われたことを思い出した。
「いや、必死で頑張ってただけだから。その結果変顔になってただけだから。必死に頑張る人を馬鹿にしちゃいけませんよ。」
私は教師のように諭しながら抗議した。
「うん、ごめんごめん。いやー、変顔の才能あるわ。」
「そんな才能はいらん。」
そう言って私がジト目でツッコミを入れると、
「まぁまぁ。トレーニング頑張ったんだから、ご飯行こう。シャワー浴びておいで。表で待ってるから。」
そう言って諫められた。
「わーい!楽しみ!40秒で入ってくるから!」
これだけ運動した後のお酒は格別だろうと、一気にテンションが上がった。私のそんな様子を見た優斗はまた笑っていた。
「本当に数かぞえるよ。ちゃんと入りな。」
「じゃあ、乾杯!」
前回2人で言った居酒屋の個室で私たちは飲み始めた。運動後のハイボールは身体中に染み渡り、今まで飲んだ中で一番美味しかった。
「あー、美味しい。運動した後のお酒ってこんなに美味しいんだね。たまらない。」
私はグラスを握りしめながら、しみじみと言った。
「本当に美味しそうに飲むよね。今日は頑張ったし、良いでしょう。もっとストイックになるなら、お酒も良くないんだけど、別にムキムキになりたいわけじゃないんだし、タンパク質を多めに摂取することで良しとしよう。」
優斗はそう言って、冷や奴や鶏胸肉を使ったメニューを注文していた。
「いやー、でも、大変だった。絶対に明日、筋肉痛だ。」
既にじんわりと痛い腹筋をさすりながら、これから感じるであろう筋肉痛を想像して、私は少し慄いていた。
「どうよ?筋トレ続けられそう?」
「そうだねー。運動した後のお酒が美味しいのは分かったし、優斗に教わりながら筋トレしたら、自己流でやるよりもしっかり効いている気がするから、なるべく続けたい気持ちはある。でも、ジムまで行くのは億劫になっちゃうかも。」
家からジムまでは歩いて20分かかる。仕事終わりに、着替えと準備をして徒歩で向かうのが面倒くさくなってしまう未来が容易に想像できてしまった。
「なるほどねー。…じゃあ、俺の家で筋トレする?軽い器具ならあるし、教えてあげられるよ。」
「え、いいの?」
思いがけない提案に驚いていると、
「まぁ、美耶なら良いでしょう。楽しいし。それに、ジムで男女が楽しそうにトレーニングしてると、純粋に筋トレしている人の中には、良い気持ちしない人もいるだろうし。実際今日も俺たちが盛り上がりすぎて、こっちを睨んでる人もいたし。」
「え、そうなんだ。それは申し訳なかった。」
ジムはあくまでトレーニングをする場所なので、そう思われても仕方ないのかもしれない。
空気を読めていない行動を取ってしまっていたことを反省していると、
「…まぁ、主に、俺が美耶の顔見て笑っちゃってたのが悪いから、気にしないで。俺も声を小さくしようとかあらかじめ言ってなかったし。で、どうよ?うちでやる?」
確かに、優斗は笑いすぎだと思いつつも、フォローをしてくれる優しさがありがたかった。
「うん。お願いしたい。終わった後に飲むのもセットでお願いします。」
私がにやっと笑いながら言うと、
「酒は持参してね。」
優斗がそう言って笑った。
「...でも、彼氏大丈夫?さすがに気にするんじゃない?」
「あー…。うん。大丈夫。私は優斗の恋愛対象にならないんだし。ていうか、最近あんまり彼と連絡取れてないくらいだから。」
話しながら、私はきっと表情が曇っていただろう。
メッセージを送っても、返信は数日後だし、会おうと誘っても、仕事が忙しいからと断られている。
「…大丈夫?」
優斗は心配そうにこちらを見ていた。
「うーん…。良かったら話聞いてもらってもいい?」
「俺で良ければどうぞ。」
優斗がそう言ってくれたので、私は涼太に対して抱いている悩みを伝えた。
彼は抑圧的な母親の影響で、必要以上に周囲の人に気遣いし過ぎて、落ち込みやすいこと。
彼が悩みや不満を抱えていても私に話してもらえないこと。
「あからさまに元気が無さそうなのに、その理由を教えてもらえないって...悲しいんだよね。私は思ってることなんでも話そうとするタイプだからもどかしくて。」
「そうだね…。俺も割となんでも話すタイプだから、美耶に共感するわ。」
「ありがとうー。そう言ってもらえるだけで助かるわ。」
「でもね…。幹弥さんもそうだったけど、やっぱり親から抑圧されてる人って…どうしても自分の本心を話すことを躊躇するクセが付いちゃうんだなって思った。」
「…優斗はどうしたのそういうとき。」
「もうね、ずっと抱きしめながら”不満があるなら今すぐ言ってください、早く言わないとキスしますよ”って脅した。」
「わーお。お熱いこと。」
ふと、2人がキスしていたあの夜の光景が思い浮かんだ。あの様子を見ていると、優斗が幹弥さんに強気で本心を聞き出そうとする姿は容易に想像できた。
「それくらい強引に言わないと、言ってくれなかったんだよねー。美耶も、もう少し強めに押してみたら?美耶って意外と気を遣って言わないタイプでしょ。」
優斗に指摘され、ドキッとした。彼の言う通り、これ以上、強く言ったら涼太を傷つけてしまうんじゃないかと思って、結局引いてしまっていた。
「うーん。図星です。ばれてるね、私のこと。」
私が苦笑いしながら応えると、
「まぁね。美耶ってふざけてるようで、相手のこと気遣って踏み込んでこないから、ありがたい。自分の考えをぶつけたり、相手がどう思ってるか聞き出そうとするのばかりが正解じゃないよ。話したくないことも、話しづらいこともあるし。美耶は、相手が話したくなさそうだったら、放っておいてくれるから...俺はそうしてもらえるのが嬉しいし、優しいなって思うけどね。」
優斗が私のことをそんな風に評価してくれているとは思っていなかったので、胸の奥がジンとした。
「ありがとう...。そう言ってもらえて嬉しい。」
私がそう言うと、優斗はとても優しい表情でこちらを見ていた。
「まぁ、一度2人でちゃんと話した方がいいんじゃない?辛いことがありそうなのに、何があったか話してもらえないのが辛くて悲しいって。...せっかく好きな人のそばにいられるなら、その時間無駄にしたらもったいないよ。」
そう言うと、少し悲しそうな表情をしてから、ビールを一気飲みしていた。
きっとまだ幹弥さんとの別れは、優斗の中で大きな傷になっているのだろう。彼と違って、こんなに近くに涼太がいるのだから、話さなきゃダメだ。彼とスムーズに連絡が取れなくて、会うこともできていないから、つい弱気になっていたけど、このままじゃいけない。次う時はゆっくり私の気持ちを話そう。自分の中で覚悟が決まった。
「優斗、ありがとう。次会う時は、嫌がられてもいい覚悟で、彼と話す。お陰様で勇気出たよ。ありがとう。」
私がそう宣言して感謝を伝えると、優斗は大きく頷いてくれた。
「うん。頑張って。もしなんかあっても、俺が話聞いてあげるから。筋トレしながら。」
「話聞いてもらえるのは嬉しいけど、筋トレしながら込み入った話するのやだなー。」
そう話して2人で笑い合った。




