最終話
しばらくベッドの上で泣いていたけれど、徐々に気持ちが落ち着いてきたので、これからのことを考えた。
私が急に泣いたから、優斗、絶対びっくりしただろうな。次、会ったとき、どう説明しよう。
なぜ泣いたのか、上手い説明がまったく思いつかない。頭の中をフル回転させて考えても、
私が優斗のことを友達としてじゃなく、恋愛対象として好きだから、新しい彼氏ができるまで友達としてシェアハウスをするという提案が、私が優斗と付き合うことはできないのだと思い知らされて苦しかった
としか、言えない。
これじゃあダメだ。酔っ払った頭で考えるには限界がある。
一旦寝よう。
そう決意した瞬間に、スマホが鳴り始めた。画面には松川優斗と表示されている。
…どうしよう。無視する?寝ちゃってて、気づかなかったと言って。
でも急に泣いて、連絡もつかなかったら、いよいよ深刻な状況だと彼に思わせてしまう気がする。もう、どう頑張っても私と彼の関係はギクシャクするだろうけど、取り返しのつかない状況になるのはやっぱり嫌だ。
でも、なぜ泣いたか説明できない状況で電話に出たとしてもボロが出ちゃいそうだし。
そんな風に考えている間にも電話は鳴り続ける。
悩んだ挙げ句、私は、深呼吸をしてから、画面をタップして電話に出た。
「…もしもし?」
「もしもし、美耶?大丈夫?」
「うん。ごめん、心配かけて。」
そこからお互い無言になってしまった。
…気まずい。さすがにノープラン過ぎた。
そこから脳内で反省会をしていると、
「美耶を泣いたの俺のせいだよね、本当ごめん。」
「…いや、私の方こそ、ごめん。急に。」
どうしよう、やっぱりなんて説明すればいいか分からない。
私がそのまま黙っていると、優斗が話し始めた。
「…俺、美耶に隠してたことがある。隠さないとダメなんだって思って、色々誤魔化してたけど…それで結局美耶のこと泣かせちゃってるなら、意味ないなって思った。だから言うね。」
彼がスマホの向こうで深呼吸をしたのが分かった。
「俺、美耶のこと、好きなんだよ。」
「…へ?」
驚きすぎて、間抜けな声が出てしまった。後ろから急に頭を殴られたくらいの衝撃で、酔いも一気に醒めた気がした。
今、私のこと好きって言った?
それは、どの好き?
友達として?それとも…
「…恋愛対象として。」
追撃で殴られたような感覚だった。
え?優斗、私のこと恋愛対象としてみられるの?私、女なのに。
「…俺も初めてのことだったから、すごい戸惑ったんだけど、そうなんだと思う。俺、今までずっと、自分から好きになったのが男だったから、美耶のこと好きなのかもしれないと思ったときは、自分でも混乱してたんだけど、一緒にいると、どうしても、前みたいに純粋に友達として見られなくなってきてて...。でも美耶は、俺のことゲイで、自分のことを恋愛対象として見てないって安心してるから、あそこまで気兼ねなく接してくれてるんだろうなって思ってたし、急にそういう対象として見てるって知られたら...がっかりされるんじゃないかって、怖くて。」
なんだ...私たち、同じ気持ちだったのか。しかも、相手を困らせたくなくて、自分の気持ちを隠そうとしていたのも。
「...それに、前にも話したけど、一度、仲が良かった女友達に告白されて付き合ったんだけど、その、どうしても...キスより先ができなくて、相手のこと傷つけちゃって、完全に縁が切れちゃったことがあったから、もし、美耶と友達としても一緒にいられなくなったらって思うと、怖くて。」
優斗は怖かったんだ。
確かに、もし、優斗と最後までできなかったら、私は落ち込むだろう。
でも、それ以上に、お互い好きなのにそれを我慢している方が辛い。
「だから、美耶と一緒にいられるなら、友達のままでも良いかなって思ってたんだけど、美耶に新しい彼氏ができるかもしれない状況になって...ものすごい、嫉妬して、すごい嫌で。でも、俺と付き合って欲しいって言う勇気もなくて...色々考えた挙句、一緒に住もうって提案しました。せめて、1番近くにいたくて...。めちゃくちゃなこと言って、本当にごめん。嫌だったよね。」
めちゃくちゃだよ、本当に。
あまりにもたくさん、彼に対して言いたいことがありすぎる。これは電話では伝え切れない。
「...あのさ、美耶、俺、」
「優斗、今からそっち行くから。鍵開けて。」
「え?...うん。分かった。」
私は電話を切ってから、優斗の部屋に向かい、玄関のドアを開けた。扉の向こうで、彼が気まずそうに私のことを待っていた。
私は鍵を閉めてから靴を脱いで、俯きながら、ちらちらと私のことを見る彼の前に立った。
「優斗、壁に背中つけて。あと、私の目線に合うように膝曲げて。」
私がそう言うと、優斗の頭の上にハテナが飛んでいるのが見えたけど、私の言った通りの体勢を取ってくれた。
「...こう?」
彼が私の目を見た瞬間、私は自分の右手を彼の顔の横の壁に思いっきり叩きつけ、いわゆる壁ドンをした。
優斗が驚いて目を見開いた。
「いや、一緒に住もうって何よ?!
私のこと好きだとしても、最初にする提案としておかしいでしょ?!
それに、彼氏ができるまででいいって何?!
好きなら彼氏なんて作らないでくらい言いなさいよ!
どんだけ弱腰なの?!この意気地なし!」
さっきまで泣いていた私に怒られるとは夢にも思っていなかったのか、優斗は呆気に取られていた。
「...ごめん。」
「ていうか、私のこと恋愛対象として好きなら、一緒に暮らしてて...手を出さずにいられるの?そこまで想像した?」
「...一緒にいたいって気持ちで突っ走ったので...自信はないです。すみません。でも、さっき話した女友達の件があったし、踏み止まると思うから、」
「踏み止まる必要ないから。」
「え?」
私がそう言うと、優斗が目を丸くしていた。
「あのさ、優斗、私のタイプどんな人か分かる?」
「...ガタイが良い人。」
「...自分が当てはまるって思わないの?」
優斗が目を見張ったのが分かった。
「私、初めて優斗を見た時から、タイプだなって思ってたよ。幹弥さんとあまりにも情熱的にキスしてたから、私とどうにかなることはなさそうだなって思ってたけど。
...でも、仲良くなれて、一緒にいて楽しいくて、私が辛い時にそばにいてくれて...頑張って、好きにならないように、意識してたの。優斗はゲイだから、私のことを恋愛対象として見ないって分かってたから。
それなのに...温泉旅行くらいから、あからさまに私のことを見る目が優しくて...あんな風に見られたら、好きになっちゃうでしょう!
こっちの気持ちも知らないで、私は必死だったんだよ!...優斗のことを好きになって、困らせたくなかったから。
好きな相手から一緒に住もうって言われて、嬉しいかったけど、彼氏ができるまでで良いって...私と付き合う気はないの?!ってなったよ!だから泣いたの!いや、泣くでしょ?!」
私がそこまで言い切ると、彼が息を呑んだのが分かった。優斗はゆっくりと口を開いた。
「...ごめん。俺もずっと、美耶といると楽しくて、幹弥さんとのことも、たくさん助けられて、もしかしたら、美耶のこと、好きかもしれないって思ってた。
...前にも話した通り、俺、死にたくなる瞬間があって。...あのとき、困らせるかもしれないって思ったけど、美耶に言いたくなって。そうしたら、喪主をやってくれるって言ってくれて、まさかそう返されると思わなくて、発想が面白くて、思わず笑っちゃって...すごい嬉しかった。なんか、今まで悩んでたことが、解決しちゃった気がして。あのとき自覚した。好きだって。
あの日、正直キスしたくなっちゃったんだけど、なんとか理性で押し留めて。その後、美耶ソファーで寝ちゃったから、ベッドまで運んだ時も、正直、手を出しそうでやばかった。隣のベッドで寝てたらどうにかなりそうだったから、ソファーで寝たけど、もう、煩悩が溢れすぎて、ほとんど寝られなかった。」
そこまで言うと、彼は私のことを見つめた。
いつも以上に、遠慮なく、愛おしそうに。
「...じゃあ、両思いだ。」
私がそう言うと、
「...うん。」
優斗は少し遠慮がちに笑顔を見せてくれた。
「...付き合うのに、問題はない気がするんだけど。」
付き合って欲しいと言われないのは、優斗が私と最後までできるか、自信がないからなのだろう。
「うん。付き合いたいけど...ごめん、俺...もしかしたら、美耶と、その...関係をもてるか、自信がなくて、傷つけたらどうしようかって。」
やっぱり、思った通りだ。
でも、これって、結局のところ、行動してみないと分からないんじゃないだろうか。
私は深呼吸をしてから、気合を入れて、彼をまっすぐ見つめた。
「よし、じゃあ、しよう。」
私が言うと、優斗はポカンとしていた。
「...いや、そんなあっさりと...。俺、結構ずっと悩んでたんだけど。」
「頭の中で悩んでたところで、解決することでもないでしょ。」
「いや...でも、もしダメだったら美耶が傷つくと思うし、」
「あのねぇ、両思いだって分かったんだから、今更友達には戻れないでしょ?これからも私たちが仲良くいるには、恋人を目指すしかないと思うんだけど。そうなると、試すしかない。と言うわけで、しましょう。」
私がそう言い切ると、優斗は驚いた表情をした後に、軽く笑った。
「...いや、こんなこと俺が言うのもなんだけど、ムードとかなさすぎじゃない?もっとさ、」
優斗はそこまで言うと黙った。
私が彼にキスをしたからだ。
「...これでどう?」
私は上目遣いで彼を見た。すると、彼は私の両肩を掴んで、私を反対側の壁側に押し付けて私のことを真剣な表情で見つめてきた。
そしてそのままお互いに没頭するように深くキスをした。
「...もう一個言ってなかったことがある。」
キスの合間に私は彼に呟いた。
「...何?」
「初めて優斗たちのキスしてるところを見たとき、きれいなキスシーンだなって思ったって言ったけど、それと同じくらい、あんな風にキスしてもらえたら、気持ちいいだろうなって思ったの。...予想以上に、気持ちいい。」
私がそう言うと、彼がまた息を呑んだ。
「...煽ってる?」
「...その方が上手くいくかなって思って。」
私がそう言うと、キスが一層激しくなった。
なんとか、なりますように。
「...良かった。」
「...うん。とても良かった。」
ベッドの上で天井を眺めながら、お互いに惚けるように呟いた。
結果的に、たぶんとてもうまくいったというか、非常に気持ちよかった。
「...何事もやってみなきゃわからないもんだね。」
「...本当だね。」
そう言ってからお互いに顔を見合わせて、笑ってしまった。
「...美耶、喪主やってね。あるいは美耶が死んだら、俺が喪主やるから。」
「うん。...ていうか、喪主をやるって発言がそんなに優斗に刺さってたと思わなかった。なんか、そういう言動が逆に刺さるんだな。狙った発言より。」
「...例えば?」
「仕事で信じられないミスしたときに、スキップしながら、”やっちまったよー皆こんなミスしないでねー”って歌ってるのが良かったって言われたり。」
「...職場で何やってんの?」
優斗は呆れたように笑っていた。
「...ちなみにそれは、例の後輩君の意見?」
「うん。どうして私のことを好きになったか聞いたら、教えてくれた。」
そう答えると、優斗はジト目でこちらを見てきた。
「...あんまり、他の男の話しないでよ。」
これは...嫉妬してるのか。
「...妬いてる?」
「...俺は嫉妬深いんです。」
そう言って拗ねている姿を見て、可愛いと思ってしまった。
「でもさ、私の方が嫉妬する回数多くなると思うよ、今後。だって、優斗の恋愛対象は、同性だけじゃなくて、異性も入るのかもしれないって思うと。」
「...女の人で良いなって思ったのは美耶だけだから、そこまで心配しなくて良いと思うけど...
でも、美耶の方こそ、今までなかっただけで、ものすごく可愛いなとかきれいだなって思ってる同性から迫られたら、どうにかなる可能性ゼロじゃないでしょ。」
今まで考えたこともなかったけど、確かに、絶対ないとも言い切れないのかもしれない。もし、私が個人的に憧れている、きれいなお姉さんとか、可愛いと思ってる後輩に、積極的にアプローチされたら...なくはないかも。
そんな風に思っていると、優斗に頬をつねられた。
「...ちょっと、何?5000円取るよ。」
「今、女の人相手に色々想像してたでしょ。全く。嫉妬するって言ってるそばから油断ならない。」
「あくまで想像だし、これは優斗が言ってきたから、考えたんだよ。これは...罠だ。」
私がそう言ってキメ顔すると、優斗は吹き出した。そのまま2人で顔を見合わせて笑った。
あぁ、今、私すごく幸せだ。
「...私さ、喪主だけじゃなくて、看取ってあげるよ。できない約束はしない主義だから、喜んで。」
私がそう言うと、
「なんで死ぬ時の話ばっかりなんだよ。...でも、期待してる。」
優斗はそう言って、嬉しそうに笑った。




