第8話 フランソワは転生してないので、『アレ』を知りません。さてどうするのか。
詰まったわ。どん詰まりだわ。
セドリック研究室で、頭を抱えていたの。ハンスの手紙が届いてから、もう一週間も過ぎたわ。戦況についてはまるで分からない。ハンスがどこにいるのか、すら。もうフェンリル・ベルクは出立してしまったのかしら。もしかして、怪我をしているんじゃ。あるいは…。
最悪な状況を想像して、ぶんぶんと首を振る。
ハンスは戻ってくると言ったわ、今はそれを信じるしか…。でも。
私に、何かできることはないのかしら?
学生という身分が恨めしい。情報もないし、フィヨルドへ向かう術もない。
「なーんも、思いつかんわ」
ニコラスが椅子の上でのけ反った。マルタも首を横に振る。
「薬くれぇなら、送りたいでやすが」
「送る手段もないもんねぇ、わたしら」
エラリーも頬杖。要するに手詰まりなの。
「こうしている間に、ハンスになにが起こるか…。もう戦いが始まっているかもしれないのに」
「いや、まだ大丈夫じゃないかな」
ギリアム先輩よ。
「どういうことです?」
「軍隊がすぐに動かせるわけじゃないんだよ。恐らく数万、もしかしたら十万規模になるだろう。輜重や武器の類を用意するだけで、そうだな、ひと月はかかるはずだよ」
「お詳しいんですね」
「魔導真理学部は軍事教練も行うからね」
そうだった。鉄砲や大砲なんかの科学兵器は増えているけれど、やはり戦場の花と言えば魔法。それに貴族たるもの、将としての資質が求められる訳で。
「それじゃ~、ギリアム先輩の見立てだと、戦争が起こるのはいつなんです?」
「逆算してみようか。フェンリル・ベルクから王立学院に手紙が届くまで、どのくらいかかるのか」
「お願いします!」
「まず、今回は特使でもなんでもなく、通常便だから、馬車便であると思う。フェンリル・ベルクからひたすら馬車が南下して、対岸のマルセイヤ港に到達するまで、およそ二週間、というところか」
大陸図を囲んで、ギリアム先輩が説明してくれたわ。大陸図はエラリーのものよ。本当に片時も離さないのね。
「ここからは速い。船と川便、王都から馬車として、2~3日もあれば到達するだろう」
「となると…手紙は九月下旬…それこそ、ハーベストムーンの前後に出した、ってことですよね」
ハンスはきっと、分かっていたんだわ。
一緒にアリアへの帰国を促した時、断ったのはそういう理由だったんだ。
私、もっとちゃんと考えるべきだった。ハンスの寂しそうな顔の意味を。
「そうなるね。つまり、9月下旬の段階ではフェンリル・ベルクから進発していない可能性が高い。一方で、手紙にあるガストーネ辺境伯だけど…領地はこのあたりだったかな」
フィヨルドの東の果て、ビザンティオン王国と国境を面するあたりを指差したわ。
「フィヨルドはとにかく広いんだ。早馬を飛ばしても最西端から最東端まで、二週間以上かかるらしいよ。軍となると、もっと時間がかかる。仮に戦場を中間地点のグルンクルスとして、フェンリル・ベルクから王都に向かうのに1~2週間、そこからグルンクルスまで1カ月、と考えると、今可能性が一番高いのはフィヨルド王都であるクルスク城で駐屯している、あるいは進発した直後、ということになるかな」
少し安心したわ。まだ、戦いは始まっていないみたいだから。気休めみたいなものだけれど。
「でもな、ギリアムはん。やっぱりなんもできないんかな?」
「ただの秀才ならこう言うだろう、『大人に任せろ』と。だが、僕らはセドリック特別研究室のメンバーだろう?」
「ギリアム先輩の言う通りだわ! もう一度、考え直しましょう。なにができるか…」
「あらあら、皆さんお揃いね」
セドリック先生だったわ。先生はいつも困ったときに助けてくれるのよ!
「先生、丁度いいところに!」
概要を説明したわ。そうねぇ、とおっとり。
「まず、フランソワさん」
「は、はい!」
「グランド・ディベートでフィヨルドまで行ったんでしょう? めっ、だからね。他国まで行くのは危険です!」
「ご、ごめんなさい…」
「これは意外な姿だね。フランソワが素直に萎れるなんて」
「あの子、先生に弱いんですよ」
エラリーさん?
「さて、皆さんの気持ちは分かりました。もちろんフィヨルドに行くのは許しません! 許しませんが…できることを考えましょうか」
「はい!」
流石先生だわ!
「と言っても、私も詳しくは無いのだけれど…グランド・ディベートのレポートを読ませて頂いたわ。フランソワさん、フェンリル・ベルクという場所は痩せて、蕎麦なんかの雑穀しか育たないと書いていたわね」
「その通りです、先生」
「となると、気になるのは栄養状態ね」
「栄養…壊血病ですか?」
「そうね。他にも『くる病』とか、『ペラグラ』も気になるわ。それから、冬場という状況を考えると、疫病の可能性もあります。特に体調が優れないときにかかりやすい…らしいわ」
「戦いで疲弊して、疫病にかかる…ということですね」
「そうね。発熱と咳が続く病は特に注意が必要よ。風邪と違って、広まるのが早い病気があるらしいから」
「ほんなら、柑橘類でも送ったら良いんとちゃいます? 壊血病に効くんでっしゃろ?」
「ニコラスはん、ちょいと欠点がありやして。柑橘類は長い事はもたねぇでやす」
「そうなんか?」
「そうね…ひと月もしたら青カビが生えてくるわ」
「ほな、アレは? 乾燥させるんは?」
「へぇ、実際試されてやすが、どうも乾燥させたもんは薬効が消えるとかで…太陽の光が薬効を消す、とか言われてやすが」
「ほな、塩漬けや!」
「同じでやす。やっぱり薬効が消えるんでさ」
「あかんやん」
「あかんのよ。というか、そこまでは私も考えてたわ」
「流石やな、フランソワはん。となると…詰まっとるやん」
「詰まってるのよ!」
さっきから言ってるでしょうが。
「そもそもだけど」
ギリアムが前置きをしたわ。
「仮に柑橘類を送れたとして、輜重的には生野菜は厄介なんだ。嵩張るし、その割には腹が満たされないからね。優先されるのはなににしろ穀物だよ」
「つまり…薬効が消えず、輸送も便利なものじゃないとダメ、ってことですか?」
「その通りだよ、フランソワ君」
「そんな魔法みたいなもの…」
見たことも、聞いたこともないわ!
改めてこの作品の前提条件ですが、フランソワは「転生無しの現地人」のため、今ある知識と知恵とアイディアで解決しなければならないんですよね…。さて、どうなりますか…?




