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第9話 ハンス君、とりあえず無事です。まだ会戦前ですけど。

10月下旬

フェンリル・ベルク軍 第三輜重隊---



「ハンス上等兵!」

「はい…なんでしょう、サドラス軍曹」

「もっとシャキッとせんか!」

「は…はいっ!」


 軍隊は…慣れないな…。ハンスは思う。それでも、前線の兵士ではなく、輜重隊に回されただけマシだけれど…。こんな僕でも、生き残れるとは思うから。尤も、この体型じゃ、氷壁重装歩兵団の重アーマーを身につけた瞬間に、動けなくなっちゃうと思うけど。


「本日より、第三輜重隊は聖光燦然(セイクリッド・)騎士団(ルミナス)の輜重隊の支援をする事と相なった。貴様、数字は得意だったな?」

「最低限は…」

「ハンス!」

「は、はいっ、得意であります…!」

「語学は?」

「古代ロスタリア語まで習得しておりますっ!」

「ならば行け、あいにく我が隊は読み書きができるものが少ない! ハンス上等兵、期待しているぞ」

「い、イエッサー!」

「あ、そうそう」

 サドラス軍曹がにや、と欠けた前歯を見せた。

「貴様は今日から伍長だ! シルバに兵卒を連れてきたと思われれば敵わんからな! わかったな、ハンス伍長!」

「し、承知しましたぁ!」


 さっさと行け、と追い立てられたので(その前にサドラス軍曹に投げられた、割りピンの伍長バッジを慌てて付けたのだが)、後方にいるという、シルバ教国軍の輜重隊へ向かう事になった。


 それにしても、列が長い。騎馬は苦手だから、歩いていく。だけれど、道を歩くと巻き込まれるから、道の端、泥の中を掻き分けなきゃ行けないし…。軍靴どころか、くるぶしまで泥だらけだよ。ハンスは一人でぼやく。

 先陣…第一軍の国王陛下とフェンリル・ベルク辺境伯が出立したのは3日前。ハンスらが出立したのは昨日の早朝だ。槍や鉄砲で武装した集団と次々にすれ違う。やがて、真っ白な法衣に身を包んだ集団が見えてきた。シルバの援軍だけれど…。


「行軍やめ!」

 先頭の士官が指示した。もう薄暗い。真夏と違って、この時期は日がどんどん短くなる。篝火が至る所に焚かれて、野営が始まった。冷たい風にぶる、と身を震わせる。はー、と呼吸。いつもの感じで「すみません…」なんて言おうものならどうなるかわからない。身内の軍曹ですらおっかないのに。


「我はフィヨルドのハンス伍長である! 輜重隊はどこか!?」

 こ、こんな感じでいいのかな…? 久しぶりに大声を出したけれど。

「はっ! ご苦労様です!」

 ピンを確認。一等兵みたい。

「輜重隊はまだ後方にございます!」

「ご苦労!」

 はー、やっぱり慣れないや。

 ぶつくさ言いながら、後方へと戻る。途中で野宿して、翌朝、さらに戻る…そろそろクルスクに戻っちゃいそうだけど。

 ハンスがようやくシルバの輜重隊と合流したのは、そんな折であった。


「フィヨルドのハンス伍長です! 輜重の支援に参りました!」

 なんだか…美味しそうな匂いがする。それに僕らの第三とは違って豪華な感じがするし。輜重に積み上げられた木箱には古代ロスタリア文字が記載されていた。えっと…ヴィンテージワイン? …ワイン?

「おう、話は聞いてるぞ」

 応対してくれたのは大尉…みたい。随分と階級が離れているけれど…。

「俺はレニエ大尉だ。読み書きができる奴を要望したが…おい、アレは読めるか?」

 レニエ大尉が野積みになった箱を指差した。

「えっと…チーズ…パルメジャン産…で、あります!」

 あぶない、普段通り話すところだったよ。

「ほう、流石だな。よし、それではお前には在庫管理を任せる。計算はどうだ?」

「四則演算、全て可能です!」

「益々良い。ハンス伍長と言ったな。下に三名つける。在庫管理を徹底させろ」

「サー、イエス・サー!」


 は、初めての部下だけど…大丈夫かな…。部下の名前はモーリスさん、ニルスさん、それにカールさんと言うらしい。モーリスさんは大分年上…ニルスさんとカールさんは同い年か、少し下みたい。

「えっと…よろしく…」

 はぁ? と、呆れた顔をされた…が、頑張らないと…。

「ふ、フィヨルドのハンス伍長だ! 貴殿ら、読み書きはできるか?」

「無理に決まってまさぁ」

「10までなら!」

「…」

 か、カール君…答えて欲しいな…。で、でも困ったな…。


「ま、まずは現在の在庫を確認する! それまでの在庫を把握している者はいるか!?」

「それなら、レニエ大尉でさぁ」

 モーリスさんが答えた。そ、そっか…。ど、どうしよう。そしたら、まずは一人でやるしかないよね…。

「在庫の確認は行軍が終わってからだ! 各自仕事に戻れ!」

「へぇ」

「はーい!」

「…」

 か、カール君…。お、怒っているのかな…?


 がたごと、馬車が進む。もちろん乗れるのは御者だけだよ。荷物を載せるだけ、載せないといけないから。どちらかと言うと車輪が泥にまみれないか、真っすぐに進むかの誘導の方が主な仕事になっちゃってるけど。モーリスさんは御者の経験があるみたい。慣れた手つきで馬車を動かしていたよ。馬車じゃなくて、正確にはロバ車だけれど。

「伍長~」

 ニルスさんが話しかけてきた。

「俺ら、どこ向かってるんすか?」

「あ、ええと…グルンクルスだよ」

「へ~。わかんねぇや!」

「フィヨルドの…だいたい真ん中で…だだっ広い大平原なんだ」

「そこで戦っすか?」

「そうだね…」

「ひゃーっ、なんか楽しみだ! 戦って、剥ぎ取り放題なんすよね? いやね、俺の村のじいさんが言ってたんすよ! 戦は良いぞ、落ち武者狩り最高、って! ま、じいさんが戦に行ったの、五十年前らしいから耄碌してるだけかも知れねぇっすけど!」

 よ、よく話す子だな…。僕にはありがたいけれど…。

 折角だし、色々と話、聞いておこうかな…。


「ニルスさんって…」

「伍長、よしてくださいよぉ。さん付けなんて、くすぐったいや」

「じゃ、ニルス…。ニルスは、この輜重の中身、見たことはある…?」

「あるっすよ。なーんか、高そうなやつばっかりで。ワイン…って言うんすかね。トラっぽい絵を書いてるやつが何本もあるっす。良いっすよね~。将官連中、毎日飲み放題で!」

「ワイン…」


 やっぱり、古代ロスタリア語で書かれていたのはワインだったんだ。こんな戦場にまでワインなんて。第三輜重隊は蕎麦とか雑穀ばっかりだったけれど。シルバって、そんなに裕福なんだろうか?


「他にも、干し肉とチーズとかっすかね。あと、パンが多いっす」

「この輜重隊は…将校向けなのかな…?」

「さぁ? 知らねぇっす! でも、大尉は毎晩ヘコヘコしてるっすけど」

「毎晩…?」


 どういう事だろう?

ハンス君ってば魔法使えるから古代ロスタルシア語は普通に読めるんですよね。

そもそもこの時代に学校に行けるってのは知識人ですし。軍隊向いてないですけど。

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