第5話 ハンスの手紙、そしてガストーネ辺境伯の覇道
いつものお茶会会場(私たち専用の日陰場所)に行くと、シオンにニコラス、マルタとエラリーも顔を出していたわ。ギリアム先輩が来るのは初めてよね。全員深刻な顔をしているわ。余程悪い知らせかしら。
「これ、フランソワ」
アルフォンスから手紙を受け取る。他の皆はもう、読んでいるみたい。
「…ハンス!?」
それはハンスの手紙だったわ。
アルフォンス、君にこの手紙を託します。
アリアへ届く最後の郵便になるかもしれないから…。
僕は残念だけれど、学院には戻れそうにありません。
フィヨルドの『南の辺境伯』ガストーネ辺境伯が挙兵したようです。
フランソワたちは知っていると思うけれど、あの時、フェンリル・ベルクは板金工が総出で武具を作っていました。バルトロメさんが言う通り、戦争の準備だったみたいです。
ガストーネ辺境伯が反乱を起こすのは、信じられなかったけれど…。
フェンリル・ベルク辺境伯は、王都を守るために遠征を決意しました。
僕もフェンリル・ベルクの郷紳家として、軍に参加します。
まもなく、フィヨルド王都のクルスクへ出発します。
必ず帰ってくるから、それまで待っていてください。
PS. 今日もフィニ灯台は明るい光を放っています。ありがとう、皆。
フィヨルド王国。
ミルドガルド大陸最北端に位置し、西にシルバ教国、東にビザンティオン王国と国境を接する、広大で平坦な大地が特徴の国家である。国土には南方のアルビオン大山脈を端とした複数の大河が流れ、王国の中央地帯には穀物生産が約束された、豊富な黒土地帯を有していた。
一方で北方は先日フランソワらが訪れた通り、国名の由来ともなったフィヨルド地形が北大洋と接している。耕作不適の不毛な地帯であった。
その中央地帯の一角、国土の中心よりもやや西よりには王都クルスクが位置している。そこで生産される穀物は遠くシルバ、アリアまで届き、国の外貨獲得を一手に担う形となっていた。
だが、異変が起きた。
まず初めに、冷夏。昨年来から続く冷夏により、穀物生産高が激減した。
続いて、今年の蝗害である。
わずかばかりの穀物は、全て蝗に食べつくされた。
王家は備蓄庫を開放し、民の安寧を図ったが、狂い始めた歯車はもう、誰にも止めることができなかった…。
9月下旬
フィヨルド王国、ガストーネ辺境伯領
「いかがでございましょうか、今年の収穫は?」
「…悪くない」
片方は豊富な口ひげを蓄えた壮年の男。無駄のない筋肉に、掘り深い顔。そして、すべてを見通すかのような青い瞳。
ベルシュタイン・フォン・ガストーネ辺境伯である。
通称、南の辺境伯。彼が有する黒鋼疾風騎士団は縦横無尽に大地を駆け回り、速度と攻撃力をなにより重視する、大陸最速にして最強とも噂される騎士団であった。
一方の、黒色に身を包んだ青年。瞳も髪色もブラウン。二十代前半、あるいは十代の後半。ビザンティオン王国から派遣された軍事顧問として、ガストーネ辺境伯にあるものを提供し、収穫させていた…。
「この土の卵のおかげで、今年は飢えるものがおらぬ」
「それは僥倖にございます、辺境伯。そしてまさに今、天命尽きたるフィヨルド王を討たんとするわけですな」
「貴殿が極めて平和的に、周辺諸侯を調略したことについては感謝しておる」
「恐縮にございます。既に閣下を主と仰ぐ諸侯は二十を超えました。この『土の卵』を分け与え、彼らの腹と心を支配すれば、もはや戦わずして王家を凌駕したも同然…」
「分かっておる」
「そろそろ、王都クルスクに使者が到達する頃合いでしょう…進軍はいつ?」
「神の月、上旬に」
「半月後にございますな。その折はぜひ私めも末席に」
「好きにせよ」
「辺境伯のご厚意に心より感謝申し上げます…否、ガストーネ陛下」
「やめい!」
一喝。だが、青年は微笑みのまま。
「これは出過ぎた真似を。されど、フィヨルド王家に最早天命はなく、人の和と地の恵みはすでにガストーネ閣下の手中にございます。閣下が鍛え上げられた黒き疾風が、四海を平伏させることは目前にございますれば」
「世辞はよせ」
ガストーネが立ち上がった。
その姿は、すでに覇者。
「戦は時の運よ」
客間を離れ、城を離れ、ガストーネが馬上の人となった。
所々の黒色。その景色は三年前とはまるで異なる。黄金色に輝く小麦の海は最早過去のもの。かの黒土には無数の卵…。『白き芋』が植えられていた。北の一角で、農夫が芋を掘り起こしている。文字通り芋づるに土中から次々と掘り起こされる芋に、子供らが歓声をあげた。
果たして、良かったのか。
自問する。
我はただ、民を救いたかった。
数年続いた冷夏に、小麦は容赦なく枯れた。収穫が覚束かず、飢えた村が現れた。痩せ細り、腹部が奇妙に膨れた幼子がいた。道には、野垂れた死骸に溢れた。僅かな希望を胸に、ガストーネ城を訪れた者らに、施しをした。
最初は良かった。だが、流民は留まることを知らなかった。やがて蔵の底が見え始めると、今度は奪い合いが始まった。僅かな麦一房のために、何人もが死んだ。子が親を殺し、親が子を食った。王都へは何度も救援を出した。だが、何も来なかった。何度も、何度も…。
黒衣の青年が来たのは、そんな折だった。彼は臆することもなくこういった。
「この土の卵は、辺境伯のお心をすみやかに晴れ渡らせることでしょう」
青年はそう言って白き芋を植えた。僅か数週間で、それは倍になった。さらに数ヶ月後には、ガストーネ領の至る所で植えられた。次々と芋は掘り起こされた。
民はようやく、笑顔を取り戻した。
その頃に、青年は告げた。
「私めはビザンティオン王国のユンバスと申します」
初めは、殺そうと思った。だが。
「早まらない方が御身のためかと…。魔法のような土の卵にございますが、ある疫病に極めて弱くございます。我らがその気になれば、瞬時に全ての卵を枯らすことも可能…いかがなさいますか?」
結局、我は彼の交渉を受け入れた。
他に、方法などなかった。
王家よりも、民。
民を失った王家に代わり、このフィヨルドを統べるべく…。
我は、修羅になろう。
西をひたすらに睨む。
その先には、王都クルスクがあった。
悪役ってのはですね。
格好良くないとダメなんですよ!
果たしてハンスの運命や如何に?
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タイトルの通り、今回は戦記モノです。
戦記物お好きな方ぜひ! ブクマとか評価お願いします!
※この作品は『カクヨム』様と『アルファポリス』様にも連載しています。




