第36話 ノイエ・エーテル号急襲! そして公爵令嬢の神秘の声
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※第3部だけでも読めます。
「バルトロメ! フランソワだけは守れ!」
「当然でさぁ、セシルの旦那! てめえら、お嬢が傷ついてみろ、全員旦那に殺されるぞ!」
それは割と事実ではあるのだが。
「全弾発射!」
ノイエ・エーテル号から大砲が飛び出した。通常船舶からの砲撃は海の揺れで照準が甘くなるものだが、何しろ無抵抗航行の状態である。微動だにしない、大地に直立した砲台と同義であった。ノイエ・エーテル号からの予想もしていない精密射撃に密集していたガストーネ軍にはひとたまりもなかった。複数の着弾で、陣形が一気に乱れる。
「続け、続け、撃ちまくれ! それからさっさと小舟を出せ! 急げ!」
バルトロメは自ら小舟に乗り込み、10名の筋骨隆々とした巨躯だけを連れて浜へと急行した。他の船の倍以上の速度を出せたのはひとえにセシルが無抵抗航行の範囲を浜にまで広げた為だ。
「お嬢!」
「バルトロメ!」
「早く船に! てめぇら、全員殺せ!」
「おう!」
バルトロメが乱戦へと殴りこんでいく。バルトロメの戦斧が舞った途端、歩兵の頭蓋から血しぶきが噴き出した。
「フロリーナ殿下!」
フランソワ自ら手を携え、小舟に乗せる。次々と小舟が到着した。大砲が絶え間なく続く。
シオンとギリアム、そして負傷したクリストフを乗せて、ノイエ・エーテル号へ。
続いて、アリア救援軍、そして氷壁重装歩兵団の残兵。
そして。
「ヨハン殿!」
アレフが叫んだ。
「先に行かれい! 我は残り、ここで一兵でも道連れにするのみ!」
「おっさん、それなら俺も残るぜ!」
「ガストン殿も、無茶をいうな!」
その時だった。
「ヨハン様!」
フランソワの声だった。フロリーナの風魔法を借りて、拡声をしたのである。
「ここで死なないでください! 私は、まだ貴方に生きていて欲しいの!」
「だってよ、モテる男は違うね!」
「ヨハン殿、急がれよ!」
ふ、とヨハンが笑う。
「あい分かった! うら若き乙女にそこまで言われて悪い気分はせんよ…ガストーネに伝えい! 我はアリアに亡命す、グルンクルスの決着はいずれつけようぞ!」
ヨハン、乗船。
信じられない速度で浜を離れる小舟を、ガストーネ軍はただ見送る事しかできなかった。
だが。
一人。ただ一人、諦めていない男がいた。
「ディートリヒ殿、こちらで間違いなく…?」
部下に尋ねられた。
彼は旗下の兵を連れ、フィヨルド地形の奥地に陣取っていたのだ。
「間違いない…あの船はここを通った。ここから、狙撃する」
誰が乗っているのかは知らぬ。だが、国王がいる可能性はある。そうなれば。
暗殺する。さすれば、ガストーネ様が王権を問題なく受領できることであろう。
やがて、高速度で湾を進む、ノイエ・エーテル号が見えた。
望遠鏡を使う。やはり、ぼやけていて、よく見えない。
あれは…フロリーナか。国王は、不在であるが…。
否。標的はフロリーナに非ず。
「嫌な空気だ」
「ディートリヒ殿…?」
昔からの癖、もしくは能力と言うべきか。
何か特異な存在を見つけると、ディートリヒはその本能が騒ぐのである。
だからこそ、正確無比に将校らを仕留められていたのだ。
その、特異の中心は…。
「あの、娘だ」
ディートリヒ、銃を構える。
照準の先に、フランソワがいた。
「お、お兄様! 前、前!」
「わ、分かってる! バルトロメ!」
「舵変われ、俺がやる!」
外洋に出ようとした瞬間であった。バルトロメが操舵手を尽き飛ばす。
「なるほど、海流はこう動くのですね」
「ヨネス、感心するのは後にしてくれ! 取舵一杯!」
まるで山のような流氷が、目前に迫っていたのである。
「おいおい、ここでお陀仏かよ」
「縁起でもないことを…」
「あと一発かな」
ギリアム、詠唱。
「シオン、とりあえず消して!」
「だ、大分時間かかりそうだけど…!」
シオンが手を伸ばして、グーからパーに変える。ぼこっ、と流氷に穴が開いた、開いたが…。
「流氷、大きすぎじゃないの!?」
「だ、だから時間がかかるって!」
「では私の風魔法で!」
「フロリーナ様、それなら船を押してくれ!」
「承知ですわ!」
ぐん、と速度を上げた。い、一体何キロ出てるのかしら!? 70ノットくらい!?
その時。
あぶないよっ!
フランソワの脳裏に、何かが過った。
咄嗟に、殆ど無意識に、否。
何かに押されるように、背を屈める。
ギリアムが炎系最強魔法である炎龍を流氷に向けて放ったのは、その時だった。
「外した、だと…!」
ディートリヒのライフリング銃から、硝煙が登る。
「し、信じられませぬ…あ、あんな高速度の船、見たことが…」
「それではない!」
ディートリヒの放った銃は、確かに当たるはずだった。
船の速度は計算している。確かに思った以上の速度だったが、そんなものは誤差に過ぎない。必殺の距離で、必殺の瞬間に引き金を引いたはず。なのに。
あの娘は、自ら避けたように見えた…!
しかも、直後に流氷から大量の蒸気である。
同乗していた魔導士が、信じられないほどの巨大な炎を流氷に放ったのだ。そして、そこから生まれた水蒸気が、ディートリヒらの視界をも奪ったのだ。
「あの娘…神に愛されているとでも言うのか…! 信じぬ…信じぬぞ…!」
ディートリヒが標的を外したのは、人生で初めてのことであった。
「あの船、もうあんなところに…」
部下の言う通り。
ノイエ・エーテル号は既に外洋の、射程圏外のはるか遠くを悠々と航行していた…。




