第35話 公爵令嬢、フィニ海岸にて死闘す
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※第3部だけでも読めます。
翌、2月3日
一日目の輸送は滞りなく終えた。早朝、第六陣の進発である。
「父さん、本当にいいの…?」
ハンスは、父親との別れを惜しんでいた。
「構わんよ。私はここに残り、民のために働こうと思う。ハンス、お前は将来がある。お前はここで終わってはいけないよ。アリアで大成し、成功を治めるんだ」
「…ありがとう、父さん」
固く、抱擁。
ハンスら、第六陣が進発。
「ガストーネ軍、20キロ先まで迫っております!」
「あと5時間というところか」
残された兵は僅か。既に500を切っているもの。
最終搭乗はアレフの100に、ヨハン旗下の精兵中の精兵100、それにガストンとクリストフ、そしてフロリーナ王女、それから私、シオン、ギリアム先輩。
「あんたがアレフか? 今度手合わせしてくれよ」
「構わないが…」
「辞めないか…申し訳ない、アレフ殿」
「お気になさらず。あとはガストーネ軍を如何にいなすか、ですが」
「この猛吹雪だ、フェンリル・ベルクに入城したとして、我らの不在を知り、追撃するまでに時間はあろう」
ヨハン辺境伯の分析よ。それに対して、アレフが首を横に振ったわ。
「ただ、こちらも時間が無いのです。昼までには全軍の撤収を完了したく」
「それは如何に?」
「我が方の予測では、午後にはこのフェンリル・ベルクに流氷が訪れると」
「確かに、時期であるな」
「私の風魔法で追い返しましょうか?」
「俺も『消せる』ぜ」
「炎で溶かせばいいんじゃないかな?」
シオンとギリアム先輩だけでも化物なのに、フロリーナ殿下も相当な猛者よね?
「ヨハン辺境伯閣下、出立前に、少しラクガキをしたいのですが」
「ラクガキ?」
「あら、楽しそう」
なんとなくこのフロリーナ殿下の事が分かってきたわ…。
ビアンカが親友と言っていたけれど、確かに気が合いそうね?
向かったのは地下倉庫よ。昨日のうちに、ハンスに運んでもらったの。
というか、驚いたのよ。輜重隊を任せている、というから一般兵かと思ったのだけれど、文字通り『フェンリル・ベルク軍の輜重隊の責任者』だったなんて! なんでも、撤退戦で大功を上げたらしいわ。私も鼻が高いわね。
「瓶詰が3000本ほど、残っているようでして」
「ほう」
「これ、いっそのこと差し上げようかと」
「で、あるな」
「ふふ、であれば、よい文言を思いつきましたわ」
フロリーナ殿下が筆を取ったわ。壁にそのまま、書きなぐる。
「なら、私は」
私も同じく、筆を取ったの。
最後に、ヨハン辺境伯。
「はは、これは愉快。ガストーネのやつ、腰を抜かしますな」
「ええ、これで思い残すことはありませんわ。我らも出立いたしましょう」
「御意に」
ガストーネ軍がフェンリル・ベルク要塞に到達したのは、それから僅か1時間後の事であった。今回はガストーネ自ら先陣を切っている。
甘かった!
ガストーネが歯ぎしりをした。フェンリル・ベルクの冬は流氷に閉ざされると聞いていたのだ。だが、見える範囲に流氷の影はない。
アリアの海軍とやらは、この海を越えてくるというのか!
「どこに向かったのか!」
「ガストーネ様、あちらは?」
ディートリヒである。シルバの聖光燦然騎士団を散々に打ち破った狙撃部隊、黒鴉の隊長であった。
「あの光…灯台であるな」
「先に」
「我も続く、急げ、逃がすものか!」
ガストーネ軍、強行軍にて進軍。
「ヨハン殿、フェンリル・ベルク要塞より信号、ガストーネです!」
クリストフが叫んだ。フランソワらは、丁度フィニ海岸に到達したところであった。
天候は益々ひどくなり、ブリザードに近い吹雪となっている。
「アレフさんよ、フィニ灯台を消灯すればいいんじゃねぇの?」
「ガストン殿、それではセシルが目標を失う」
「ちっ、面倒だな」
その通り。ノイエ・エーテル号は未だ第9軍の輸送から戻っていなかった。
「我らで防ぐほかあるまい」
「しゃあねぇな」
「少し広い場所ですが…視界が取れず、敵の動きも悪くなりましょう。遅滞戦術に申し分ないかと」
全員、抜刀。
正規軍と戦うのは、初めてだけれど。
やるしかないわよね、勝つしかないのだから!
2月3日、午前11時。
「いたぞ! ヨハン辺境伯だ! 打ち取れ、打ち取れ!」
ガストーネ軍が我武者羅な突撃を開始した。数に任せた力押しである。
第一撃を氷壁重装歩兵団が受けたが、流石に多すぎる。じり、と後退しかける。
「本気、出させてもらいますわ」
フロリーナが無数の風刃を作り上げた。フロリーナの魔力であれば、初級魔法の風刃程度なら詠唱は一言二言で十分なのだ。
押しまくるガストーネ軍を各個に切り裂いていく。
「へぇ、やるじゃん。あの姫様」
シオンもまた、魔法を放った。見えない壁に衝突したように、苦悶の表情を見せた兵が…数名が喉を搔きむしりながら、バタバタと気絶していく。
「少しは温まるんじゃないかな?」
ギリアムもまた、複数の火炎弾を一度に放った。手袋の加工はこうだ。
指先を銃口と模し、そこから連続弾を放つ。
実質的に連射が可能な銃と同義であった。
「戦場だと、速度の方が大事だと思ってね」
「強すぎじゃない!?」
言いつつ、フランソワが騎士の防御のすき間を的確に突いた。
「レイピア、得意なのよね」
敵の攻撃が緩んだ最中に、アレフ、ガストン、クリストフが突撃。
「馬の足を狙え! 行動を防げば十分だ!」
「おうよ!」
ガストンがひとたびその大剣を振るうと、複数の騎馬が一斉に落馬した。
「歩兵戦闘は不得意だが…」
とぼやきつつも、馬を置いてきた以上仕方がない。クリストフは剣術も一流であった。
「ふん!」
ヨハンら氷壁重装歩兵団が押し返す。
「にしても、きりがないぜ。いつ来るんだよ」
シオンがぼやいた。
「シオン君、前から思っていたのだけれど」
「なんすか、ギリアム先輩」
「キミ、詠唱を覚えたほうがいいと思うね」
「なんでっす?」
「魔力9999は魅力的だけどね…よっと」
ギリアム、三発打って敵を足止めする。
「魔法が勢い任せなんだ。魔力切れの心配はいらないのかもしれないけれどさ。その分、攻撃が単純になっているよ」
「…覚えとくっす」
あらやだ、あのシオンが素直だなんて。やっぱりギリアム先輩には一目置いているのね。でも、確かに先輩の言う通りだわ。
「さ、流石に疲れてきたわね!」
一体何人と切り合ったのかしら? 相手側からの魔法攻撃は、シオンが全部消してくれているから、まだマシなのだけれど。
「魔力消費が激しいですわ。このまま続きますと、不味いですわね」
フロリーナの額からも汗が滲んでいたわ。この極寒なのに…!
「気合い入れろ、気を抜いたら死ぬぞ!」
アレフが喝を入れる。
「お嬢さんらはそろそろ浜に戻ってな! ここは俺がきっちり締めとくからよ!」
そういうガストンも返り血で真っ赤であった。
「遅滞後退せよ!」
ヨハンの命で、徐々に戦線を下げる。一般兵らの犠牲が増えていく。すでに4分の1、50は倒れただろうか? アレフが今一度、刃を振り下ろした。
「刃が欠けてきたな…」
構わず、鈍器として振り続ける。
「あっ」
ぱき、と響く。フランソワのレイピアが折れたのだ。
「覚悟!」
戦斧を振り下ろした男はしかし、シオンの魔法で腕から先を『消し飛ばされた』。
「フランソワ、下がるぞ!」
「ええ…! 皆、お願い!」
損害が増えた。死者、70名。
ブリザードに覆われた白い砂浜が、赤い血で染まっていく。
ヨハン、更に撤退を指示。
フランソワとシオン、浜辺まで撤退。足を取られる。
アレフ、剣を失うも敵兵の槍を分捕り、更に抗戦。
クリストフ、流れ弾により右肩を損傷。同じく撤退。
死者、100名。半減している。
「お兄様…!」
波の音と剣戟、そして耳を切り裂くような暴風の最中。
フランソワが思わず、祈ったその時。
砲弾が、天を舞った。




