第32話 追うジギスムント、フロリーナ殿下に届かず
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※第3部だけでも読めます。
クルスクに到達したジギスムントを迎えたのはバルムンク『元』内務卿であった。
「これはこれは、ジギスムント殿。やはりヨハンの見立ての通り、先遣隊であられますな。ガストーネ殿のご到着はめでたき新年を迎えてからになりましょうか」
「そ、その通りよ、ガストーネ閣下は陛下との謁見を希望されておる! 陛下は、陛下はいずこに!」
「残念にございますが、我はガストーネ殿に忠義を果たすべく、先日陛下より追放の処分を受けましてな。さて、今頃どこにいかれたのか…皆目検討も尽きませぬ」
ジギスムントの顔が瞬時に蒼白となった。
「バルムンク殿、仔細は後程…! 我は先を急ぐゆえに!」
騎兵団が立ちどころに去っていく。やれやれ、とバルムンクは首筋を抑えた。
「若いのは元気があっていいのう。儂なんぞ、内務卿の重圧から開放された途端に肩こりがひどくなったというのに…誰か、良い按摩師は知らんか?」
問われた若い文官は、答えに窮するような微妙な顔つきをしてから、こういった。
「王都に触れをだしましょうか?」
「やめい、恥ずかしいわ」
クルスクより北方へ五十キロ離れた地点に、フロストという村がある。
ヨハンが選定した迎撃地点はその付近、フェンリル・ベルクへと向かうにあたり、必ず通らなければならない場所…通称、フロスト・フロー渓谷であった。
フィヨルド王国のほぼ全域を占める大平原は北に向かえば向かうほど見当たらなくなり、標高こそ低いものの、起伏の激しい丘陵と、至る所に点在する湖沼が増えてくるのだ。
フロスト・フローはそんな、フェンリル・ベルクへと至る侵入口の一つであり、王都から最も近い天然の関門であった。
ヨハンは望遠鏡を最大限に活用し、重装歩兵を操りつつ、騎兵との距離を保ちつつ進んだ。だが、それでも限界はある。
翌日、1月1日。元旦のその日。
「見つけたぞ! 追え、追うんだ!」
ジギスムントがヨハン率いる第二軍に追いついたのは、元旦の昼頃であった。フェンリル・ベルクについては詳しくはなかったが、それでも歴戦の猛者である。その地が峡谷であり、死地であることにすぐに気がづいた。
「防御魔法だ、防御魔法を展開しろ! 上空からの伏兵に気を付けるのだ!」
騎兵団に所属する魔導士らが詠唱し、防御魔法を展開する。以前マクシミリアンが施した全方位防御ではあるが、騎兵の機動力を以て一気に突撃、乱戦に持ち込めば伏兵を仕掛ける隙は無い…それまでの短時間であれば、全方位防御は十分に威力を発揮する。
そのような判断である。かつ、ジギスムントは極めて冷静であった。
「2000は峡谷の外に待機せよ、背後からの伏兵や落石に警戒すべし!」
恐らくガストーネであっても同様の指示を行ったであろう。
だが、峡谷に侵入した直後、ジギスムントはその選択を大いに後悔することとなった。
「フォンヂィ・シェンリン、ユィチィ・シェンシィ」
まるで歌うような、美しき女神の詠唱。
「ヤァスゥォ・ダァチィ、フォンスゥォ・コンフォン」
「ふ、フロリーナ様だ!」
誰かが叫んだ。
「フゥアシェン・ジュドゥン、ブゥバァ・ヂィヂェン」
「お、おい、走れ、止まるんじゃない!」
その野生を残した騎馬が、途端に足を止め、本能が告げる恐怖のあまりに、進行を拒み始めたのだ。
「ワンウェイ・シュゥジン、パイジィ・ワンディ」
「て、てった…!」
ジギスムントの声は届かなかった。それよりも先に、最後尾にいたフロリーナがきっ、とジギスムントらを睨みつけたのである。
「この、不届き物らが、下がりなさい! 蒼天重圧!」
途端、峡谷の空気がぎゅむ、と圧縮した。風と言う風がフロリーナを起点に、ジギスムント隊へ一挙に流れ込んでくる。まるで粘性を持ったような圧縮された大気がジギスムントを包んだ。
「お、おふっ…」
空気が詰まりすぎていて、呼吸すら難しい。まるで水中に放り込まれたかのよう。
実際にフロリーナの魔法を体験するのはジギスムントと言えども初めてであった。
だが、その威力は十分に聞き及んでいる。
当代最強。
その魔力は、エドワルド王のそれを遥かに越える。
否、歴代でも最強との噂すら。
その全てが真実であることを、ジギスムントは身を以て知ることとなった。
巨大なスライムに押し返されるように、ずるずると後退するほかにない。
「言い忘れていましたけれど」
フロリーナの声だけが、妙に響いた。
「私、この魔法ならあと10回は放てますわ。もちろん、一日あたりの目安ですの」
こ、この超魔法を…毎日、10回も…。
「それから、貴方たちの防御魔法。私の魔法の前ではお役に立たないことも、身を以てお知りになったはずですわ」
そ、その通り…我は全方位防御を…なんということだ…!
「それでは、ごきげんよう」
その直後に、魔法の効果がふわり、と溶けた。およそ半数が落馬し、腰を抜かしたまま動かなかった。否、動けなかった。
どうにかたてがみにしがみ付き、落馬こそ避けたジギスムントであったが、最早戦意は失われていた。
視界の先に、氷壁重装歩兵団に護衛されたフロリーナが、悠々と撤退していく。
最強の風魔導士に、空間が圧縮される峡谷。そもそも騎兵にとって、峡谷は死地である。
相性があまりにも悪すぎたのだ。これが大平原であれば、背後からフロリーナを急襲することもできたろうに!
「た、体制を立て直す…! ガストーネ様と合流するのだ…!」
ジギスムントはそう告げるのが精一杯であった。




