第30話 公爵令嬢、真冬の航海。そして瓶詰の欠点
第1部&第2部はこちら https://ncode.syosetu.com/s0215k/
※第3部だけでも読めます。
12月下旬
シルバ教国、カレル港
「ご苦労様でした」
アリア皇国の作戦参謀、エヴァンス少佐である。立ち寄ったのはフリゲート一隻のみ。なにしろ亡命作戦はシルバの同意を得ていない。あくまで冬季調査中の補給、という名目で立ち寄ったのだ。いくらシルバの枢機卿と言えども、この北の果てにある小港まで気を配らない、という事情もある。
「エヴァンス様こそ、遠路はるばるお疲れさまでした」
応対するのはベアトリスであった。
「して、どうなりました?」
「無事に亡命のご決断を頂きましたわ。人数は確定しておりませんが、おそらく1000から2000名になるかと」
「であれば、十分ですね。段取りは?」
「そろそろクルスクを出立する手筈ですわ。ただ、ガストーネ軍の進軍も早く…」
「包囲される懸念があると?」
「ええ。ヨハン辺境伯閣下が脱出作戦の立案をしています。また、上陸ポイントは変更なしですわ」
「であれば、信じましょう。我らは予定通りフェンリル・ベルクへ向かいますので…。道中、お気をつけくださいませ」
「ご安心を。シルバは庭のようなものですわ。それに、冬の魚はシルバでも評判ですの。しばらくはシルバを行商する予定ですわ」
「はは…さすがベアトリス殿。では、いずれアリアにて」
「作戦のご成功、心よりお祈り申し上げますわ…そうそう、フランソワ様にご伝言を」
「承りましょう」
「例のものはフェンリル型として許可を頂きましたわ。それから、ハンス・ベルクは健勝でありました、とも」
「仔細承りました、ベアトリス殿」
もうすぐ年越しを迎えるわ。
新年を海上で迎えるのは流石に初めてね。二カ月の航海だし、この機会に積みっぱなしになっていた読書を進めようと思ったのだけれど、実はもう持ち込んだものは全部読み切ってしまったのよ。
久しぶりに手持ち無沙汰だわ。
私は今、ノイエ・エーテル号に同乗させてもらっているの。前回はセシルお兄様の無抵抗航行でかっ飛ばしたのだけれど、今回は艦隊と同行だから通常航行しかできなくて。
それは良いのだけれど。
「フランソワ、なんかない?」
「無いわよ…」
食事なのよね。最初の一週間は生鮮野菜を食べられたのだけれど、二週目からは堅パン、干し肉、干し魚、瓶詰鍋の四択しかなくて。干し肉を焼いたりふやかしたり、豚骨鍋の味変を試したり、色々やったのだけれど。
飽きるのよ。そう、糧食って飽きるの! 私もこんな長い航海は初めてだし、現場の苦労がようやく身に染みて分かったわ。
「はは…釣りでもしてみるかい?」
ギリアム先輩の提案は悪くないのだけれどね。
「…この荒波で?」
カレルを越えたあたりから、明らかに波が強くなったのよね。風も冷たいし、船室にいないと凍えてしまいそう。そりゃ、夏場ですらあれだけ寒かったのだから、冬場は想像を絶することは覚悟していたけれど…。本当に想像以上だったわ。
釣りは検討したのよ、私も。保存食に飽きたから、それこそシャケでも釣ってやろうかしら、なんて。ただ、もう少し波が落ち着いてくれないと…。今話しているだけでもぐらんぐらん、足元が揺れてるのよ。
「やっぱり、瓶詰のレパートリーは増やしたいわね」
甘味とか、お肉をしっとりしたまま保存するとか。
「酢味のムース?」
最悪だわ、それ。
「果実酢はどうだい?」
「リンゴ酢…ですかね。そうですね、それならギリギリ甘味になるかも?」
退屈していたし、思いつく限りのレパートリーを検討してみようかしら。
「お酢じゃなくても、酸があればいいと思うんですよね。あ、でも甘味はまだ簡単かも。薬効を無視して、砂糖でがちがちに固めたら…」
「気晴らしにはなりそうだ。ただ、薬効は捨てがたいね」
「ですよね」
二カ月に渡る航海なのだけれど、今のところ壊血病者や流行病の患者はゼロなの。この前第三艦隊のオズワルド提督がわざわざノイエ・エーテル号に来られたのよ。瓶詰の効果はてきめんですな、って、御礼に。実地実験が成功して何よりだわ。
「ラードで固めるのはどうだろう? コンフィというのがあるだろう?」
「油でじっくり煮込む料理ですよね。たしかに、空気の瘴気はシャットアウトできそうですけど」
その前に、どうして食物が腐敗するのかを知りたいわ。空気が悪いことは分かるけれど。
「顕微鏡で見た、例の小生物が原因だと思うんですよね」
はーあ、研究を続けたいわ。ニコラスとマルタに依頼はしているけれど。
流石に今回は顕微鏡を置いてきたのよ。荷物になるし。
「とりあえずさぁ」
シオンが言ったわ。
「クジラ、獲ろうぜ」
「流石に無理じゃない?」




