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第29話 会議は紛糾する、そしてフィヨルド王の決断

第1部&第2部はこちら https://ncode.syosetu.com/s0215k/

※第3部だけでも読めます。

 12月中旬、クルスク城


 会議は紛糾を続けていた。


 則ち、王都決戦か、アリア亡命か、の二択である。

 紛糾をした理由の一つに、エドワルド王の態度が明らかにならなかった点があった。

 かつ、意外ではあるが、主戦派の主流は文官であり、武官は中立、もしくは亡命派が多かったのだ。

 則ち。


「我らの糧食不安はかの『瓶詰』にて解消されたし。本格的な冬が到来する、2月まで耐えればガストーネ軍はたまらずに撤退すること間違いなし」

「王の亡命など前代未聞である。残された民は不安と恐怖におののき、恐慌へ至るであろう」

「シルバ教国がここぞとばかりに介入を強めるかもしれぬ。決戦とは言わぬ、籠城であれば我ら文官であろうとも戦力にはなろう。さすれば3万程度はすぐに編成可能、ガストーネと言えども容易に手出しする事叶わず」


 一方、亡命派である。

「フランソワ卿は信用を置くに相応しい。であれば、その主たるビアンカ皇王もまた同様であろう」

「仮に2月に撤退したとして、春からの長期戦には耐えられませぬぞ。早いか遅いかの違いに過ぎませぬ」

 と言った具合である。


 連日となった会議の中、喧騒を打ち破る声が響いた。

「申し上げます、申し上げます! ガストーネ軍、グルンクルスを進発! その兵、8万! さらに増え、10万に届かんとも!」

「10万であるか」

 エドワルド王が重々しく述べた。

「り、理解ができぬ! グルンクルスでは5万であったと聞いておるぞ! この短期間で軍を倍にしたというのか!?」

「は、はっ! ガストーネ軍は『白き芋』なる農作物を手に、諸侯に対し帰順を迫っているとのこと、既に反旗を翻した諸侯は50を越えました! く、クルスク着陣までに80にすると豪語しているとか…」

「は、80!」

「それは…フィヨルド王国の9割がたの諸侯が反旗を翻すということではないか!」

「不忠ものどもが! この期に及んで国王を守らず、反乱軍などに手を貸すとは…」


 ヨハン辺境伯が一歩踏み出した。

「陛下。どうかご決断を。此度は人民の心が離れたわけではありませぬ。ただ、天候不順という天運に見放されただけ…。再起は可能にございます」

 エドワルド王が瞳を閉じた。沈思する。


「ヨハン辺境伯!」

 ずい、と足を踏み出したのはフロリーナであった。

 フロリーナもまた、態度を明らかにしてはいない。だが。

「他国にて生き恥を晒すこと、私は一切気にしてはおりません。天運に見放された、これも事実にございましょう。そしてビアンカ皇王は私が幼き頃から親交を深めた、素晴らしいお方。アリア亡命になんの不安もございませぬわ。

 ですが、私は王家なのです。王家とは何か。王権は神に与えられたものか? 否にございます。アリアでは統治法学も盛んにございますわ。そこで耳にいたしましたの。王権は、民の暗黙の了解により成り立っている、と。則ち、民あっての王、民あっての国なのです。その民を見捨て、我らのみが亡命するなど能わず。

 天運に見放され、民からも見捨てられたのであれば、潔く王権をガストーネに渡すべきではありませんか。その結果、私たちが一庶民となるか、亡命するか、或いは危険分子としてガストーネに処刑されるか…それは我らの運命として受け入れるべきにございます!」


「フロリーナ殿下、決してそのような…!」

 ヨハンが珍しく焦りを見せた。文官が勢いづく。

「であれば、王都を枕に抵抗すべきである! フィヨルド全ての民に見放された訳ではありませぬぞ、フロリーナ殿下! 王都の民はすべからずフィヨルド王室に忠誠を誓う者どもでありますば!」


「フロリーナの言う通りよ」

 エドワルドが、その重い口を開いた。

「我らは民を飢えさせない事と引き換えに徴税し、権威を誇り、この地を支配してきた。その民が飢えた時、我らができたことは極めて僅かであった…。フィヨルド王室の天命が尽きたことは間違いがあるまい。ガストーネは覇者であるが、かつ智者でもある。その『白き芋』なる作物でフィヨルドは立ちどころに再興するであろう…ただ、その『白き芋』がどこから入手したのか…それを危惧するのみ」

「発言の許可を…!」

 アルプミティ外務卿である。彼もまた、連日の会議に参加していたのである。余りのストレスに、多少痩せたようであるが。

「許可しよう」

「確定情報にはございませぬが、その『白き芋』なるものの原産は東方、シン帝国とテンジク帝国に囲まれた、天にも届かん大山脈のある場所、とのことにございます」


 議場がざわついた。

「ガストーネは如何にその東方の神秘を手に入れたのだ!?」

「まさか…ビザンティオンか?」

「異端ではないか、異教徒であるぞ! まさかガストーネに限り、そのような…」

「ヨハンの意見を聞こう」

 エドワルド王が述べた。

「ガストーネ領はそもそもビザンティオン王国へ睨みを効かせるための要所にございます。本来であれば虎の子の黒鋼疾風騎士団を長らく領地から離すなど、あり得ぬことではございますが…何らかの密約があるならば別の話」

「であれば。このフィヨルドをルグ教徒の手に落とすわけには行くまいよ」

 抗戦で確定か。

 誰もがそう考えた時であった。


「恐れながら陛下。申し上げたき議がございます」

 バルムンク内務卿であった。

「良い策があるのか、バルムンク」

「否にございます、陛下。ただ、私も高齢となりましたので、お暇を頂戴したく」

 議場のどよめき。

 当然である。バルムンク卿と言えば、三代仕えた忠臣中の忠臣ではないか。

 それがこの後に及んで、暇などと…。

「理由を聞こう」

「なに、今後は陛下の御身ではなく、民のためにひと働きしようと思ったまで。敗戦を分かりながら陛下のお傍に居続けるより、余程民のためになりましょうぞ」

「なにを言われるのだ、バルムンク卿!」

「陛下になんと不遜な!」


「バルムンク卿」

 ヨハンが問うた。

「火中の栗にございますぞ」

「はて、何のことやら」


「陛下、恐れながら申し上げます」

 フロリーナが、一心にエドワルド王を見つめた。

「我らは忠臣にも見放されましたわ。いずれ民にも見放されることとなりましょう…。既に王権は我らにございませぬ。ですが、ガストーネに…いいえ、異教徒どもにおめおめと王権をくれてやる必要もございませぬわ。古来より簒奪に理なく、禅譲こそ至上とされております。ガストーネに簒奪の『名誉』を与えましょう」

「あいわかった」

 エドワルド王、決断す。


「我らはアリアに亡命し、正統なるフィヨルド王家として生き恥を晒しつつ存続を図るのみ。そしてバルムンクよ。王家の危機に貴殿の不忠、許すまじ。暇は与えぬ。追放じゃ、バルムンク。せいぜい民のために、その余生の全てを賭けるが良い。それに、一人では難しかろう。全ての兵と文官に降伏の許可を与える。バルムンク、最後の指示じゃ。貴様はガストーネの奴らが狼藉を働かぬよう、ゆめゆめ怠らぬように」

「はて、陛下。追放者とされた以上、陛下の指示はお受けいたしませぬぞ。我が意志により、民と兵の命を預かりましょう」

 エドワルド王とバルムンク卿の目が合った。

 そして、二人で大笑いしたのであった。



 国王、亡命。

 その伝達が王都を巡り、一時的に混乱は生じたものの、それが比較的短時間で収まったのはバルムンクに率いられた文官が総出で民の安撫に走ったためであった(なお、文官の殆どが『降伏』ではなく名誉ある『追放』を選択した)。


 それだけではない。やはりグルンクルス会戦での損害率が低かったことが大勢に大きく影響したのである。王家に対する信頼は大きくは損なわれていなかった。だからこそ暴動も起こらず、むしろ王の決定に理解を示したのであった。



 一方、第三輜重隊である。

「俺らはそろそろ、国に戻るぜ。ハンス、お前はどうするんだ?」

 レニエ大尉であった。シルバ軍の残党は以前より更に兵数を増やし、1000名近くになっていた。誰も彼も、あの地獄を生き延びた猛者どもである。そのような中でも、レニエ大尉がリーダー格であるのは奇妙というか、追い詰められた時こそ人間は正しい選択をする、と言うべきか。

「僕は…亡命に帯同する…よ。アリアには戻りたいんだ…友達が、待ってるから…」

「フランソワ、ってお嬢さんか」

 レニエが瓶詰を手にした。

「戻ったら伝えといてくれ。もう少し食いやすいヤツを頼む、って」

「わかった…よ。あ、あと…瓶詰、好きなだけ持っていっていいって…必要でしょ…?」

「ああ、助かるぜ。これがあれば飢えることも無いし、略奪も必要ないからな。安心しろ、シルバの残党は俺がきっちり送り届けるからよ」

 うん、と頷く。レニエさんなら、大丈夫…。安心、だよね…。

 少し、寂しいや。この数か月、本当にお世話になったから…。

 マクシミリアンに冷やしたワインを持って行ったこと。

 道中のたわいもない雑談。(大抵ドルス兵長が拳骨を落とされていた)

 そして、生死の狭間で過ごした撤退戦。

 今になったら、全部全部、大切な経験だった。


「そういえばよ」

 出立間際に、レニエが言った。

「おめぇさん、アリアの王立学院だったよな?」

「そうだけど…」

「じゃ、セドリックは元気にしてるか? 確か教授になったとか…聞いたが」

「え…!?」

 予想外の人物に、ハンスは目を白黒させた。

「せ、セドリック先生なら…フランソワの担当教授で…。今、フランソワはセドリック先生と研究会を作っているんだ…知り合いなの…?」

「ああ、古い馴染みでな…ってことはこの瓶詰、あいつが絡んでるのか。はー、昔から研究馬鹿だったけど、確かにこの味はあいつの味かもしれねぇ。効率と効能重視で新奇なものばっかり夢中になるからよ…。バジルの坊主も元気してるか?」

「ば、バジルさん…?」

「息子だよ、セドリックの」

「わ、分からないけれど…息子さんがいるのは…聞いたことがあるよ…」

「なら大丈夫だ。アリアに戻ったら伝えといてくれ。レニエは元気にしてるってよ」

「わ、わかった…!」

「じゃあな、ハンス。達者でな。シルバに来る機会があれば教えてくれよ。俺はアルバ・フェリスっていう街に住んでる。歓迎するぜ」

「うん…! 本当に…本当に、ありがとうございました…!」

 そこで二人は、がっちりと握手した。

 戦友の、しばしの別れであった。

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