第27話 アルプミティ外務卿、フィヨルド王へ瓶詰を献上する
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12月下旬、クルスク城
「陛下、よくぞご無事で…! グルンクルスの敗戦はすでに聞き及んでおりますわ。ガストーネがいつ攻めてくるものか、気が気ではありませんでしたが…。例え陛下が戻らずとも、城を背に最後の一兵まで戦う覚悟でしたの」
エドワード王を迎えたのは第一王女にして『プリンセス オブ フィヨルド』ことフロリーナ王女であった。
「はは、変わらず勇猛であるの、フロリーナ。この通り五体無事に戻ったわ」
「本当に…奇跡にございますわ。聞けば、ほぼ全ての兵が帰還したとか…」
「うむ、ヨハンと、ハンスなる智者のおかげよ。ガストーネは追撃すること叶わず、ホゾを噛んでいるだろうて。とはいえ、奴らもこのまま指を咥えているわけにはおるまい。次はクルスクが戦場になろう」
「徹底抗戦の所存ですわ、陛下。もう一つ、喜ばしい事がございましたの」
「喜ばしいとは?」
「アリアからの支援物資が届いたのですわ!」
「なんと…誠か。まさにフロリーナの誠意が通じたのであろう」
「そうに違いありませんわ。使者たるアルプミティ卿は数日前よりクルスクに逗留いただき、陛下とお会いすることを心待ちにしております。明日、予定を作りましょうか?」
「否、客人を待たすは忍びない。すぐに会おう」
「陛下の寛大なる御心、心より感謝申し上げますわ。アルプミティ卿もさぞかしお慶びになられることでしょう」
「だ、そうだ。ベアトリス、行けるか?」
客間を訪れた執事の言葉に、アルプミティが振り返る。「商人は、」とベアトリスは言った。
「いついかなる時でも、召集に応じるものですわ」
クルスク城、謁見の間----
「こちらに収めたるものは『瓶詰め』と申すもの。我が主たるビアンカ・レジーナ・ド・アリエル・アリアの命により、フィヨルドの凍土を溶かすべく編み出した『保存された生命の熱量』にございます」
朗々と、アルプミティ外務卿が述べる。
「この瓶の中には時を止める魔法…否、緻密な理を施しました。極限まで煮出された獣の骨と、厳選された薬草、そして腐敗を遠ざける聖なる雫にございます。これらを真空にて封じることで、何週間、あるいは何ヶ月という長期に渡り、瘴気を遠ざけ、腐敗から守り、薬効を維持し、そして何より輸送に容易な形状にしたものにございます。恐れながら陛下、長き戦陣の最中に流行する、不可思議な病にお困りになられたことはございませぬでしょうか?」
エドワルド王が静かに頷く。
「その病を予防し、空腹を満たし、天にも届くほどの士気を維持するにこれ以上の品はございませぬ。これこそ我が主にて皇王たるビアンカの親愛の証にございます。是非にお納め頂きますよう」
「うむ、ビアンカ皇王のお心づかい、誠に痛み入る。ぜひ活用させてもらおう。朕も初に見る、珍妙な品ではあるが…」
「恐れながら陛下、発言の許可を頂戴したく」
オットー・フォン・バルムンク内務卿である。
フィヨルド王国の重鎮であり、三代に仕えた忠臣中の忠臣であった。
「良いぞ、バルムンク」
「恐れながら…。アルプミティ卿、此度の支援について心より感謝申し上げる。けだし、貴殿は先ほど『獣の骨』と申したな。なにを煮込んだと言うのか?」
「僭越ながら、豚にございます」
「なに、豚とな!」
エドワルド王が顔をしかめた。
「ほう、アリアの皇王は我らが糧食は豚で十分と、そう述べるか。肉ではなく、豚骨という、本来は破棄すべき畜生の飼料で我慢せいと、そういう事か?」
「そのような事はございませぬ。確かに本来スープと言うものは鶏ガラを用いるもの、バルムンク内務卿の仰る通り、豚骨は我らに馴染みはございませぬが、遥か東洋では豚骨を用いたスープがあるとの噂、この瓶詰もビアンカ皇王自ら毒見をされたもの。貴国を卑下する目的はございませぬ」
「恐れながら、具申の許可を頂きたく」
続いて、ベアトリスである。
「商人が、なにを述べるのだ?」
バルムンク内務卿は苦言を述べつつも、許可を与えた。
「古来より革命をおこすものは初め、反発から入るものですわ。
例えば、鉄砲。弓矢に劣る、魔法には敵わぬ、臆病者の武器である…。そのような評価であったと認識しておりますが、果たして現代ではいかがでしょうか。既に弓よりも普及し、魔法とも対抗し、銃が無ければ国を守る事すら叶いませぬ。
では、活版印刷術はいかがでしょうか? 機械に頼るなど精霊への侮辱、一字一字に魂を込める写本こそが真実であり、機械による印刷は神への冒涜である、と断じられておりました。現代においては、聖書ですら印刷にて出版されるというのに。
すなわち、こちらの瓶詰も同様にございます。私も試食いたしましたが、確かに独特の味、慣れるまでに多少の時間が必要ですわ。ですが、この瓶詰こそ、ロジスティクスの革命でございます。それこそ、銃や印刷物に匹敵するほどの」
そこでベアトリスが言葉を置いた。エドワルド王が続きを促す。
「何分大陸初、いいえ、世界初の瓶詰でございます。慣れぬ兵もいることでしょうから、一つ一つのラベルに注意書きを記載しましたわ。この瓶詰を発明したるはアリア皇国が誇る天才科学者、フランソワ様にございます。瓶一つと沸かした湯、それに干し肉と堅パンを合わせて煮込むことで、一度に5名、あるいは10名の腹を満たすことが叶います。どうにも行軍中は食事が偏るもの、定期的な喫食にて軍の士気も高まりましょう。なにより、瓶にございますから、生鮮野菜と異なり、輸送が簡易にございます。瓶割れにお気をつけ頂くのみ」
「ベアトリスとやら」
ヨハン辺境伯であった。
「貴殿の申した、フランソワとやらは、フランソワ・アリエル・ド・シャルロイド殿であるか?」
「その通りにございます」
そうか、とヨハン辺境伯が口元を緩めた。
「恐れながら陛下。フランソワど…否、フランソワ卿はこの者が申す通り、天に寵愛されし、自然哲理学の天才にございます」
謁見室にて拝謁していた、将校閣僚がどよめいた。
あのヨハンをして、『卿』と敬意を示される女子とは、一体何者なのか。
「更に申し伝えますと、かの智者たるハンス・ベルクもまた、フランソワ卿の盟友にございます。けだし、フランソワ卿の前ではかのハンスであろうとも鳳凰の前の梟と同然。若輩の令嬢である故にその名を知るものは少なくございますが、いずれこのミルドガルド大陸にその名を轟かせること間違いございませぬ。フランソワ卿が作られた品であるなら、間違いなく科学の結晶、わが軍へ多大な利をもたらすことでしょう。陛下、よろしければ私自ら毒見を行う故、試食賜りたく存じます」
「ヨハンがそこまで評する令嬢とは…何者なのだ、そのフランソワとやらは」
エドワルド王が興味深げに身を乗り出した。
「かの者は我がフェンリル・ベルクの『蛍石』を求め、はるばるアリアより訪れました。なんでも『顕微鏡』とやらの性能を上げ、魔導士とのグランド・ディベートに勝利したい、とか…。その条件として、我はフェニ灯台の修復を命じました。体よく追い払うつもりであったのですが…。フランソワ卿とその一派は…無論、ハンス・ベルクもその一派にございますが、僅か一週間で灯台を修復いたしました。それだけにございませぬ。彼女は『ガス灯』なる新発明品を用い、灯台守が毎夜辟易としておりました、煤問題を解決いたしました。
『ガス灯』は煤を生じさせず、かつ従来の炎よりも遥かに明るい光源を発する事のできる、正しく未知の技術にございます。しかも、魔法の一切を使用せず、誰もが再現可能な技術にて…。おそらく、この瓶詰も、フランソワ卿の述べる『誰もが再現可能』な理を用いているに違いありませぬ」
「そのような賢者がアリアにおるのか…。ハンスもアリアにて学んだと聞いたぞ。アリア…面白き国じゃ。のう、バルムンク。確かに豚骨は粗悪品であると認識しておるが、色眼鏡を外し、一度食してみようではないか」
「御意に。陛下の御心のままに。我も試食に参加させて頂きたく存じます」
「アルプミティ殿、そしてベアトリスとやら。有難くこの瓶詰を頂戴するぞ…これでガストーネとの決戦にも目途がつくというもの」
「恐れながら陛下。我が主、ビアンカ皇王から、もう一つ奏すべき議がございます」
アルプミティ卿が述べた。
「ほう、他にも支援があるというのか? なんじゃ、申すがいい」
「ビアンカ皇王はこう申されました。エドワルド陛下以下、希望される全ての者にアリアはその土地を貸与する準備がございます。ガストーネとの決戦にて御身を散らすのではなく、どうかアリアにて再起をお謀り頂くよう…伏してお願い申し上げます」




