第26話 公爵令嬢、瓶詰を量産する。そして輸送へ。
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※第3部だけでも読めます。
時系列は遡り、11月下旬。
グランクルス会戦の先端が開いたまさにその頃。
やっと!
やっと私のターンだわ! 危ないところだったわ、このまま『貧乏貴族ハンスのフィヨルド戦記』ってタイトルに変わりかねなかったもの!
という事で、10万本の『酢味豚骨スープ真空詰め』が完成したのよ。
まぁ…その…王都の異臭問題が貴族院で質疑される程度の紛糾があったのだけれど。あとね?
「も、もう限界や…」
「あ、あたしもでやす…」
ニコラスとマルタがログアウトしました。はい。だってだって、もう全員ほとんど不眠不休なんだもの! ちなみにエラリーさんは逃亡しました。
「あたしは学業優先⭐︎」
いやあなたいつも落第ギリギリじゃないの。
とりあえず工程を説明するわね。
・豚骨をガンガン炊く
・野菜をひたすら切る
・豚骨スープで野菜を煮る
・塩コショウと醬的なやつで味を整える
・ビネガー(大事)をガンガン入れて台無しにする
・瓶詰めする
・瓶詰めを煮沸して蒸気を出す
・軽くコルクを置いて、一気に冷却する
・真空状態になってコルクが密封される
・そのコルクに蜜蝋をかけまくる
完成!
なのだけど、とりあえず軍用の野外炊事ユニットをありったけ徴収、王都近隣のセザンヌ川の河原で100台くらいの鍋を並べて豚骨炊事(これが異臭の原因よ)、一方でかき集めた野菜をとにかく砕いて(ワイン瓶に入れなきゃいけないの!)、クタクタになるまで煮込んで、とにかくどろり、ととろみが出るまで濃縮して、塩コショウと香草で味を整えて、仕上げに全部台無しにするくらいビネガーを入れたら第一工程完成なの。
次は瓶詰め作業ね。
煮沸消毒した10万本の瓶に、漏斗で人力で入れていくわけよ。入れ終わったらニコラス特製の『瓶茹で機』(大鍋に凹みを作って瓶が倒れないようにしただけ)でガンガン茹でて蒸気を出すの。で、コルクを緩く(あっついままで!)軽く締める訳よ。
その後、水魔導士と氷魔導士総動員で瓶をひたすらに急速冷却。するとキュイってコルクが真空に吸い込まれるわけ。
最後は人力で、蜜蝋パック。
これを10万回。
…よくやったわね、こんな馬鹿げたやつ。
「専用の施設、作りましょ」
ビアンカの一言で、屋内施設を(異臭の不興がすごかったから)今度作ることになったのだけれど…。世界初の工場ってやつらしいわ。知らないけれど。
という事で全員疲労困憊、兵站担当のランドール少佐もダウン、訓練よりきついと精鋭のアリア軍が根を上げる始末だったのだけれど、私が寝るわけにはいかないわ。
これから、大事な商談なの。
「お初にお目にかかります。リデル商会のベアトリスですわ」
場所はロレッツオ宮にしたわ。アルフォンスも同席するから。
「初めまして、ベアトリスさん。いつもアルフォンスにはお世話になっているわ」
「愚弟がご迷惑をかけてないかしら?」
「やめてくれよ、姉さん」
そ、ベアトリスってアルフォンスのお姉様なの。商人一家だけあって、すでに独立して大きく商売をしているらしいわ。
「ベアトリスさんはシルバにもフィヨルドにも顔が効く、と聞いているけれど…」
「ええ、それなりに。商品の輸送との事ですが、お届けはどちらに?」
「フィヨルド王室に。これを運んで欲しいのだけれど…」
「こちらは…ワイン…ではありませんね」
「瓶詰めよ」
「瓶詰めとは?」
「簡単にいうと、魔法の食糧だよ。お酢と煮沸と密封で保存性を高めたものさ。最初は豚骨の臭みが鼻にくるんだけど、ビネガーのせいかな。思ったより食べやすくて。ちょっと酸っぱいけれど」
アルフォンスが解説してくれたわ。
「慣れないものだと思うから、ラベルに注意書きも書いたの」
ちなみにこのラベルもぜーんぶ手作業よ、印刷だけはしたけど、貼るのは手作業ね、十万本! あと開封時に空気を入れるための細い針、これも10万本作ったの!
「失礼…。水で薄め、干し肉とパンをふやかして食べるわけですね」
「その通り! このスープにはお野菜をたっぷり入れたから、薬効が高いはずなの。比較実験はまだだけれど、壊血病にも効くはずよ」
「となると、軍用、あるいは海軍用…。なるほど、フィヨルドへの支援物資ですね」
「流石ね。その通り、戦地に行ってもらうことになるわ。無理は言わないけれど、その分支払いは弾むわ」
国庫から出すんだけどね。貴族院はやっぱり紛糾してたわ。フィヨルドへの防衛義務なし、王権の濫用だ、って。どの世界にも野党はいるのよ。
「いいえ、お代は結構ですわ」
「どういうこと?」
「その代わり、この瓶詰めとやらの独占販売権を我がリデル商会に…いかがでしょう?」
「勘弁してよ、姉さん! 俺だって扱いたいのに!」
「だーめ。他のにして頂戴」
「無料ならこっちも助かるんだけど…貴族院、紛糾してて」
「ふふ、国庫に手をつけてまでフィヨルドを救う義務はない…そんなところでしょうか?」
「よくわかるわね」
「商売人は情報と推理がキモですから」
「一旦ビアンカに確認するわ。本当は今日、見積もりが欲しかったの。無料なら断る理由はないわね。あと、もう二つ。これはフェンリル・ベルク辺境伯宛だけれど…」
取り出したのはコレットが以前持ち込んだ、フェンリルベルク産の蛍石を使った望遠鏡よ。
「二つ用意してるわ。それから、鯨油を一斗缶」
「構いませんわ。何かご伝言など?」
「そうね…納品が遅れた事をお詫びして…これは手紙を書くわ。あと一つ。この双眼鏡、ザハリアス工房の新型機として売り出したいらしいの。私に名付けて欲しいと言われているのだけれど…。許可が欲しいのよ」
「許可ですか?」
「ええ。ヨハン型望遠鏡、ってのはどうかしら、と思って」
私なりの感謝のつもりよ。ヨハン辺境伯の名前を頂きたかったの。
「承知いたしましたわ。こちらも無料にて受けさせていただきます…失礼…素晴らしい望遠鏡ですわ! 虹彩の揺らぎが微塵もない…! フランソワ様、こちらの独占販売権は?」
「んー、それはザハリアス工房と交渉ね。私に権限はないわ。その分だけ、別払いでもいいわよ」
「ふふ、女に二言は無いと申しますわ。無料にて引き受けさせていただきます。ところで、この瓶詰め、生産はいかに?」
「今回は軍に手伝ってもらったけれど…ビアンカは専用施設の設立を考えているわ」
「それはそれは…是非出資させていただきたいわ」
「わかったわ、伝えておくね」
「それ、僕も出資しようかな」
「ちなみにエラリーは出資する気満々よ」
製造作業からは逃げたけど。
ビアンカの即決で(アキテーヌ内務卿とカトリーナ財務局も即決だったけど)、ベアトリスに瓶詰めの独占販売権を与えることと引き換えに無料で輸送してもらう事が確定したわけ。貴族院では「一商人に国家の戦略物質を独占させるとは!」とか言ってやっぱり紛糾したらしいけれど、最後は数で押し切ったらしいわよ。どこも政治は大変ね。
で、ベアトリスに瓶詰め10万本のうち、1万本を輸送してもらう事で合意したわ。独占販売権付きで。
もう一つあってね。
「私も同行させてもらうよ」
アルプミティ外務卿よ。護衛の精鋭10名と一緒に。前代未聞の王族亡命だもの。正式な外交官が必要なわけ。
そんな流れで、ベアトリスが出発。エヴェイユ港からシルバに渡って、超特急でクルスクに向かってくれるって。途中の瓶割れを避けるために、何重にも緩衝材を置いたから多分大丈夫…でしょう。
予定では12月の下旬にはクルスクに入れる予定みたい。
残り9万本?
これは全部船に積むのよ。なにしろ陸路で1ヶ月のところ、船だと2ヶ月かかるからね…往復4ヶ月の大航海、しかも帰りは数千人増えるから、これでも足りるかギリギリのところなのよ。毎食豚骨スープである必要はないけれど。
そして、こちらも最終ブリーディングなの。
アリア海軍のね。とはいえ、作戦はもう殆ど詳細が固まっているの。ヴォルフ参謀長以下、こっちも休日返上で詰めてくれたみたいだから。
あとは懸案なのだけれど…。
「やはり、同行されるおつもりですか?」
ロックバード軍務卿に尋ねられる。そ、私の処遇よ。
「そのつもりですわ。ご安心を、ロックバード卿。これでも武芸は鍛えましたの。もちろん身は弁えているつもりですわ。王立学院はセドリック特別研究室より、2名護衛として参加させたく」
「上奏は受けております。ギリアム・ランス・ド・プロヴァンス、およびシオンの2名ですな」
「実戦経験は薄くとも、学院ではトップ2と言って過言ではない魔導士ですわ。十分な戦力であると。なにより、フェンリル・ベルクの地理は私の方が詳しいですし」
「では、あくまで道案内として…。ゆめゆめ、前線には立たれぬよう」
「承知いたしましたわ」
そんな訳で、どうにか同行の決裁を貰ったの。本当はニコラスとマルタも同行を志願してくれたのだけれど、今回は学院に残ってもらう事にしたわ。糧食にも限りがあるし…。
そして、12月1日。丁度ハンス達が絶望的な撤退戦を始めたころよ。
私たちフィヨルド王室救援軍が、エヴェイユ港を出航したの。




