第24話 ハンスらの撤退戦、そして糧食問題。
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「いたぞ、エドワルドだ!」
「殺すなよ、生け捕りにしろとお達しだ!」
先行して撤退を始めたエドワルドであったが、その動きを察した一部の騎士団に追い詰められつつあった。
「陛下、ここは我々が!」
「すまぬ!」
「行くぞ! 勇者ども、ついて来い!」
約半数の騎士が隊列を離れる。
サレム聖堂まで、あと2キロあるかどうか。
冬場は夜が長い。忍び寄るような闇の中、エドワルドは僅かな松明だけを頼りにただ駆けた。
その時、盛大な篝火と共に、土煙が起こった。
「陛下! ご無事でしたか!」
ヨハン率いる氷壁重装歩兵団である。
「これより先、兵らが防いでおる!」
「我が! 半数ついて来い! 他は陛下の護衛だ!」
おう、と怒号。
氷壁重装歩兵団、士気なお高しである。
当時の聖堂はちょっとした軍事拠点として使用可能であることが常であった。そこで一夜を過ごし、日が上ると、敗残兵らが続々と集まったのだが…。
「おお、これも神のお導きか。遥かに多くの兵が生き残っておる」
エドワルドが神に感謝したのも無理はない。1万は切るだろうと想定していたフィヨルド王国軍であるが、1万三千もの兵が帰還したのである。欠損率は1割以下。この撤退戦を鑑みれば、十分すぎる戦果と言えた。
「それがよ、王様。敵さんの追撃が思ったより緩かったんすよ」
「これ、ガストン…お許しを、陛下」
「よい、よい。しかし、追撃が緩いとは如何に。ガストーネは好機を逃す男ではないと思うが」
「は、実は奇妙なものを見つけまして」
クリストフが兵に指示を出す。
木板の看板であった。
「なに…『シルバ産シルク、10銀貨相当』とな」
「そっす。あちこちにありやしてね、ガストーネの奴ら、同士討ちまで始める次第で」
「浅ましくもあるが、我が軍の崩壊を免れたのも事実…これもヨハンの策であるか?」
「否にございます、陛下。我ではシルバの輜重に手を出すこと叶いませぬ」
「シルバにも、まだ智者がおるのか。ぜひ礼をしたいのう」
「これほどの智者であれば、かの乱戦でも生き延びておりましょう。ともかくも軍容を整え次第、発ちたく存じます」
「うむ、ヨハンの言う通りじゃ。指揮は任せる」
「御意にございます」
こうして、フィヨルド王国軍は大敗戦にも関わらず、その軍をほぼ残したままの撤退に成功したのである。
歴史家は後に述べる。
グルンクルス会戦で軍を残していなければ、後の亡命作戦の成功は覚束なかったであろう、と。
「おら、いいから道を開けやがれ!」
一方、レニエ率いるシルバ残党は苦戦をしつつも、どうにか血路を開いている最中であった。
グルンクルス会戦から3日。追撃兵の姿は見えなくなったが、所々に現れる山賊、野盗、農奴の襲撃に晒されていたのである。戦の時より戦ってるや、と氷魔法を放ちながらハンスは思う。
ただ、歴戦の強者であるらしいレニエ以下、強者揃いだから、幸いにも死人を出さずに済んでいるだけで。
「伍長、面目ねぇ!」
とは言え、怪我人は出ている。ニルスは行軍中に足を挫いたのだ。折れてなきゃいいけれど…。添木に、ハンスの氷魔法で冷やす。これだけでもだいぶマシになるみたい。
「ハンス伍長、いいか?」
一息ついたところで、レニエ大尉が声をかけた。
「作戦会議だ」
「輜重が足りない…?」
実はそんな予感はしていたのだ。元々30名だった一団は、シルバの敗残兵が合流して100を超える人数になっている。
「ああ、魔導士のやつらが合流したからな」
今のところ文句も不満も出ていないのはレニエ大尉がきっちりと押さえつけたからだ。少なくともクルスクに戻るまでは、言うことを聞いてくれるみたい。
「魔導士なんか食わせる必要ないでしょうに」
ドルス兵長がぼやく。撤退戦の中で、なんとなくこの三人がリーダー格となっていた。
「そう言うわけにもいかねぇだろ」
「だけどよぉ」
「ともかく、ハンス。何かいいアイディアはないか?」
「ええと…」
困ったな、名案は無いのだけど…
「もう少し…行った所に村があった気がするんだけど…食糧を譲ってもらう…? 銀貨ならあるし…」
「銀貨、いくらある?」
「えっと…ざっと1000枚くらい…」
「そんなにあるのかよ!」
「何か…使うと思って…」
「でかしたぞ、ハンス。銀貨をガストーネの奴らにばら撒かなかったのは正解だ。少し色をつけて、交渉してやるか」
そこから半日後。
ハンスの言う村に着いたのだが…。
「シルバにやる食糧などない!」
こ、困ったな…村長さん、すっごい剣幕で…。
「すまねぇ、じいさん。何かあったのか…? シルバの奴らが略奪でも?」
「そうじゃ! つい一昨日じゃ、マクシミリアンとか言う奴が根こそぎ持っていったわ! わしらはどうすればいいんじゃ…! この冬を餓死しろと!? しかも奴ら、村人を殺すばかりか、若い女子にまで手を出しおって…!」
「そいつはシルバのクソ野郎だ…! 申し訳ねぇ。少ねぇが詫びだ、邪魔したな…」
レニエが銀貨50枚を置いた。
「こんなもの!」
投げつけられたそれを、レニエは黙って受け止め、踵を返した。ドルスは舌打ちこそしたが、何も言わない。
「どうすんでさ、大尉」
「この様子だと、行く先々の村でマクシミリアンが略奪を働く…と考えていいな。流石に参ったぜ。ハンス、糧食はあと何日分だ?」
「切り詰めれば…二週間くらい…」
「おいおい、クルスクまで、まだ一月くらいかかるぜ。残り二週間は木の根でも食うのか?」
「あとは…狩りとか…。シカとかイノシシなら…」
「現実的じゃねぇな。最短でクルスクに戻らねぇと、いつ追撃に追い付かれるか」
「じゃ、魔導士置いてこうぜ。銀貨渡してよ」
「それこそ略奪に走るじゃねぇか」
こ、困ったな…。あとは…。
地図を見る。
「あ、あの…この、アイゼンガルト砦は…どうかな…。フィヨルド軍と合流できるかも…」
「フィヨルドも俺らと同じじゃねぇか? 輜重の奪い合いになるだけだぜ」
「ど、ドルスさんの言う可能性もあるけど…でも、フェンリルベルク辺境伯なら、もしかしたら…うまい具合に撤退している…かも…」
そこでレニエ大尉が考え込んだ
「フェンリルベルク辺境伯といや、当代有数の名将、って噂だな。クルスクに向かうには回り道になるが…軍を整えるにはいい場所だ。敗残兵を編成し直して、クルスクに戻る…俺ならそうする。賭けるか、辺境伯に」
「いいけどよ、そこまで何日かかるんで?」
「えっと…二週間と少し…」
「外したら俺ら全員お陀仏って訳か」
「そう言う事だ…。行くぞ、1日でも無駄にできねぇ。ハンス、糧食管理を徹底しろ」
「は、はい…!」




