第23話 グルンクルス会戦大勢決する、そして決死の逃亡
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「お、おい、あれ…」
聖光燦然騎士団の最後尾にいた、魔導士のルシアンはグルンクルス会戦が初陣であった。シルバの魔導士教育機関である、聖教都中央大聖院を極めて優れた成績で卒業し、自らの魔法を披露する場を心待ちにしていたのである。この戦いで戦功を上げて、マクシミリアンの将校の一人となることを夢見る、一般的なシルバの魔導士であった。むしろ後衛を命じられて、唇を噛んだ程である。前衛に出してくれれば、今頃敵将の一人や二人、打ち取っているだろうに!
だから、全軍突撃命令に対し、何の疑問も持たないどころか、むしろ喜び勇んだのである。
ようやく、僕の活躍の場が与えられた、と。
ルシアンがふと後ろを振り向いたのは、だから疑惑や懸念ではなく、本当に偶然…。
なにか、とてつもない衝撃波のようなものを感じたためだった。
実際、それはガストーネとヨハンが打ち合ったその瞬間であったのだけれど。
彼の目に入ったのは、それではなく。
一目散に逃げる、マクシミリアンの他より目立つ、白色に派手な刺繡を幾重にも施した、法衣のマントであった。
そして、もう一つ。
まるで悪魔のような、黒い一団。
先頭の男が吠えた。
「貴様らの総大将、マクシミリアンは無様にも逃亡したぞ! 腰抜けどもめ、我らが誅してくれる!」
魔法の詠唱をする間もなく、ルシアンは飛び込んできた騎馬に頭蓋を蹴り飛ばされた。
一方、右翼である。
「おいおい、ヨハンのおっさんの言う通りになったぜ!」
ガストンが大剣を振り回すと、敵兵の数名が一度に吹き飛ばされた。常人では持って立つことすら難しい超重量武器である。
「流石ヨハン辺境伯というところか…」
クリストフは馬上から華麗な槍捌きを見せる。
右翼はガストーネ連合軍よりも少数にも関わらず、良く持ちこたえていた。
だが、ガストンの言う通り、中央軍であるシルバ聖光燦然騎士団の統率は完全に失われている。
「ありゃー、ガストーネのおっさんも、やりがいが無くて不満なんじゃねぇか? フレッシュチーズの方がまだ固ぇぜ」
「そろそろ機であるな」
「おう、とりあえず王様に伝えてくれよ。ここはしばらく俺がやっとくからさ」
大剣をもう一振り。今度は騎馬を真っ二つに一刀両断する。
「無理するなよ」
「俺はまだ若いんでね」
「そういう奴から死んでいく」
ま、奴が死ぬとは思わんが。
クリストフ、本陣へ撤退。フェーズは次の段階に移った。
ここから王都まで、決死の撤退戦である。
「国王陛下!」
クリストフが本陣に帰還した時、すでにエドワルド王は準備を終えていた。
「機であるな」
凛として、エドワルド。老いたとはいえ、まだその血気に衰えはない。
「殿は我とガストンにお任せあれ」
「武運を祈るぞ、クリストフ!」
エドワルド、麾下の兵100を連れ、撤退。
段取りはこうだ。
クリストフとガストンが殿としてガストーネ軍団を引き付ける。
国王は精鋭を率いて西進。
ヨハン辺境伯と合流。
殿が破れたる時はヨハン辺境伯が殿とし、エドワルド王の撤退を幇助。
ヨハンとの合流地点はグルンクルスより西に10キロ、サレム聖堂であった。撤退に必須の輜重隊らはすでに、早朝よりサレム聖堂へ向かわせている。
この時、11月30日14時。
その頃…。
「テメェら、死にたくなきゃ死ぬ気で走れ!」
レニエ大尉が喉を枯らす。すでに聖光燦然騎士団は見る影もない。命からがら戦場から逃げてきた魔導士、一般兵、その他もろもろ、片手を失った者、地を這いつくばる他手段を持たない者、そして微動だにしない者。
まだハンス達はマシだったのだ。狂気の坩堝の只中に、彼らは足を踏み入れなかったのだから。
蜘蛛の子を散らすように、指揮も指示も何もない中を、シルバ軍はただ逃げた。どこに逃げているのかもわからないままに。
そして、次々と殺されていった。
大地が血に染まる。染まっていく。
後にグルンクルス・クレムゾンと呼ばれた凄惨な追撃戦が始まったのである。
ハンスらはその中を、ひたすらに走っていた。持ち出せたのはロバ車一台分の僅かな糧食のみ。これで、30人はいる輜重隊の全員でクルスクまで逃げなければならない。
日が、翳り始めた。
「今夜だ、今夜が勝負だ! テメェら気合い入れろ! できるだけ距離を稼ぐんだ!」
レニエ大尉の鼓舞。
氷点下まで下がり始めた大地を、ただひたすらに駆ける。
「クリストフよぉ、勝負するんなら日があるうちに、だぜ」
「で、あるな。幸いに黒鋼疾風騎士団は見えぬし」
「ヨハンのおっさんの言う通りだな。虎の子を追撃には使わねぇってよ」
二人はフェンリルベルク南部に僅かに生える森林を背に、ガストーネ連合軍をひたすらにいなしていた。これもヨハンの策である。曰く、ガストーネは苛烈なれど冷静沈着、虎の子である黒鋼疾風騎士団を森に向かわせることはない。
まさしくその通りであった。追撃の中心は同じく反乱軍に加わった諸侯らの歩兵である。少しでも軍功をあげようと躍起になっているのだ。
「では、先に行くと良い、ガストン」
「はぁ? 年寄りには優しくしろって教わったぜ!」
「まったく…」
言っても無駄、とクリストフが下がる。森の中を、交互に撤退していくのである。
「おらおら、もっと骨のあるやつはいねぇのか!」
ガストン、吠える。
すでに返り血で全身が染まっていた。
「おい、なんだこれ?」
ガストーネ軍、まさに戦功を焦る追撃兵らが足を止めた。
「なんか書いてあるぞ…」
「おい、文字を読めるやつ、いねぇか!?」
「多少は…ええと、シルバの高級ワイン…? 1銀貨相当…」
「おいおい、あいつら戦場にワインを持ってきたのかよ!」
「一銀貨か…おっかぁの土産にするか!」
「バカいえ、売っちまおうぜ、略奪してください、って置いてったんだろ、いい心がけじゃねぇか!」
「それよりも飲んじまおうぜ! こんな高級ワイン、一生に一度飲めるかどうかだ!」
一つ、ワインが開けられたらもう止まらなかった。回し飲み、取り合い、取っ組み合い。
他の場所では、法衣の取り合いが起こっていた。
また、別の場所では金貨の奪い合い。
とうとう同士討ちまで始まる、乱気騒ぎである。
ハンスの罠は確かに効果を発揮したのだ。
だが、敵はガストーネ軍だけではない。
すっかりと日が落ちた闇の中を、ハンスらはひたすらに西進していた。もう空腹も限界に近い。誰も彼も、気力だけで走っている。
レニエ大尉が足を止めた。
「30分休憩だ! 火は使うなよ、その分チーズは齧り放題だ! ワインは一口だけにしろ、酔ったら元も子もない!」
その時だった。
「テメェら、有金全部置いていきやがれ!」
こんな所に敵兵が?
ハンスが身構える。気づけば囲まれていた。
「ちっ、情報が速ぇ。落武者狩りだ! ドルス。行けるか?」
「あたぼうよ」
「痛い目に遭いたくなきゃ、さっさと帰るんだな!」
レニエ大尉以下、全員が抜刀。一刀でリーダー格の者を切り捨てる。勝負まで、ほんの数分だった。
「そ、そんなに強いのに…どうして輜重隊に…?」
思わず尋ねたハンスに、ぺっ、とレニエ大尉が毒付いた。
「魔法が使えねぇからだよ」




