第20話 早朝のグルンクルス、開戦。
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11月下旬 グルンクルス
本当に…地平線までよく見えるんだ。
グルンクルスまで来るなんて。王立学院と同じくらい遠いや、とハンスは思う。ぽつんぽつんと、お情け程度に防風林。来る途中に見えた針葉樹の大森林ははるか後方。身を隠すところもろくにない。
ハンスらフィヨルド・シルバ連合軍がグルンクルスに到達したのは昨晩。ハンスの属するシルバ第一輜重隊は戦場からはるか後方ではあったが、視界を遮るものが無いせいで陣組の様子までよく見えた。
今日は前祝いだと聞いている。シャンパンをキンキンに冷やすように、とのお達しだった。
「戦は明日だな」
レニエ大尉だった。望遠鏡を覗きこんでいる。
「敵さん、準備は万端そうだ」
ごくり、と唾を飲んだ。
まさか僕が戦に参加するなんて。少し、身震い。
一方、本陣では最終軍議が行われていた。
「はっは、国王陛下よ、どん、と構えておるがいい。ガストーネの田舎者など、我が聖光燦然騎士団の前には赤子も同然よ! 我が魔導部隊が跡形もなく神の元へ…否、地獄へと叩き落とすであろう!」
シルバ救援軍総団長のマクシミリアン・アルブレヒト・オットーであった。麾下の兵力は3万。殆ど全員が魔導士という、ミルドガルド大陸でも随一の騎士団である。
五大属性が満遍なく配置されており、柔軟な魔法戦に対応可能な、大陸でも有数の魔導部隊である。
「お言葉でございますが、マクシミリアン閣下」
ヨハン辺境伯であった。
「ガストーネ軍は確かに魔導に不足あれど、彼奴直参の黒鋼疾風騎士団はフィヨルドでも最強最速、ゆめゆめご油断なされぬよう」
「騎馬兵など、魔法のいい餌食ではないか」
ふん、とマクシミリアンが鼻を鳴らす。
「彼奴等の騎兵隊が地平線に現れたが最後、我が魔導軍による長距離魔法にて殲滅必死よ」
「で、あれば安心ですな」
「彼奴等は大砲を二門、用意しているという話だが…」
一応上座を与えられたフィヨルド王エドワルドが問うた。
国際慣例上、エドワルドとマクシミリアンの立場は微妙と言わざるを得ない。宗教的な宗主国はあくまでシルバ教国であり、教皇名代として軍を率いるマクシミリアンの立場はある意味国王と同等と言っても差し支えがなかった。さらに立場が悪いことに、フィヨルド王国軍は国王直下の1万に、フェンリルベルク氷壁騎士団の5千を加えたとして1万5千と、シルバ教国軍の約半数。
上座を譲ってもらった立場であるエドワルドが、容易に発言できないのもこれに原因があり、マクシミリアンが見下すような態度を取る理由であった。
「ふん、大砲など。確かに命中すれば多少の被害はあろうが、あのようなまやかしの兵器など神の加護の前には児戯にも等しいわ!」
「であれば、構わぬが…陣立はどうなされる、マクシミリアン殿」
「無論、名誉ある中央軍はマクシミリアン閣下の他に適任がおりませぬ。如何にございましょう、閣下」
「ヨハンとやら、よく理解しておりではないか。当然に中央は我が聖光燦然騎士団の所管するところになろう。となれば、右翼はエドワルド陛下が適任であろうな」
「うむ…縦横無尽に駆け巡ってやろうぞ。ヨハン、お主は左翼を任せる。マクシミリアン殿をよく補佐するよう」
「御意にございます、陛下」
「では、軍議はここまでとする。会戦は明日の夜明けじゃ。各々英気を養われるが良い!」
マクシミリアンは不遜にも散会を宣し、威風堂々と天幕を去った。随伴するシルバ軍将校も同様である。
閑散とした本陣に残されたのは4名。
国王エドワルド
辺境伯ヨハン
そして、国王直下のクリストフ准将とガストン大佐である。
「相変わらずいけすかなねぇやつだぜ」
ガストンが舌打ち。やめたまえ、とクリストフが嗜める。
「ヨハンよ」
「はい、陛下」
「勝てると思うか?」
「否、にございます。つきましては、多少の策を」
ヨハンが声を潜めて、策を伝える。
全員が神妙に頷いた。
明朝、薄明のころ。
鐘が鳴り響き、喇叭が天を切り裂いた。
ミルドガルド史に名を残した大会戦、グルンクルス会戦が今、まさに始まった…。
初手を打ったのはマクシミリアンだった。全軍を前に出す。
恐ろしいほどに冷える。防寒の用意はしていたが、底冷えする冷酷な冷気は毛皮のマントすら貫通してくる。北国は敵わん、流石に口には出さないが心底思う。
それでも、マクシミリアンはまだマシだったのだ。暖房を思う存分に炊いた天幕の中で、キンキンに冷えたシャンパンを堪能できたのだから。野外宿営を余儀なくされた一般兵らと来たら…。
最前線で大楯を構えるジョンもまた、その一人であった。彼は平民の出で、魔力を有しない。魔力を有しないものが軍に参加するには、方法は一つしかない。
自ら盾となり、鎧となって魔導兵を守るのだ。
それにしても。
寒すぎる。フィヨルドに侵攻してからというもの、まともに熟睡できた日など一日だって無かった。寝るたびに寒さに震え、僅かな篝火の温もりを唯一の頼りに寝たふりをする。そんな日がもう半月は続いていた。北国は寒さが厳しいから、と連れが用意した手袋は既に意味を為さなくなっている。盾を持つ手の感覚が鈍い。このまま盾ごと、凍りついてしまうんじゃ無いか。そんな恐怖すら覚える。
ちくしょう、得意の魔法でさっさと反乱軍とやらを燃やし尽くしてくれ。そうすれば、少しは温まるだろうし、何よりあの懐かしきシルバに帰ることができる。どこか優しい、あの寒さの温もりの中に。火鉢一つで十分に暖の取れる、我が家に…。
ひょう、と天が鳴いた。大砲だ。あんなのが当たったらひとたまりもないが…。
魔導軍が即座に防御魔法を展開し、土魔導士が鏃のような岩石を砲弾めがけて放った。命中し、砲弾が粉々に砕け散る。歓声。
「見よ、我ら神の加護を受けた聖光燦然騎士団に大砲などは当たらぬ! 進め進め、神を讃えよ! 異教徒共を殲滅するのだ!」
少尉の鼓舞。鬨の声に続き、讃美歌の合唱が始まった。自発的に、うねりのように。
この時、聖光燦然騎士団の士気は最高潮に達した。魔導兵が身につける、真白に神の紋様である五芒星を大きく模った法衣がようやく顔を出した朝日に照らされて燦々と輝く。
やがて、敵の兵団との距離が近づく。まだ弓矢、鉄砲の類は聞こえない。当然だ、ヒトが作ったモノが、この長距離を狙撃できるわけもない。
「詠唱開始!」
「詠唱開始!」
少尉の指揮に全員が従う。朗々と、歌うような詠唱が始まった。ジョンにとっては何を言っているのかさっぱりだが、結果はわかる。
矢も鉄砲も届かない場所から、一方的に敵を蹴散らすのだ。
さあ、早く異教徒とやらを懲らしめてやってくれ!
だが。
「ぶへっ!」
響いたのは、発動の指示ではなかった。
頭部が破裂した少尉に、それを期待するのは酷というモノであった。
「少尉!」
「何やつ!?」
軍曹らが駆け寄る。何が起こったのか、微塵も理解できない。直後。
馬蹄が響いた。
まるで黒き壁。
死神が現世に降臨したかのよう。
「お、おっかぁ…」
ジョンは人生で初めて、心から神と…そして連れに祈った。
それがジョンが見た、現世最期の景色だった。




