第20話 グルンクルス会戦、午前。シルバ軍、崩壊寸前。
第1部&第2部はこちら https://ncode.syosetu.com/s0215k/
悪くない。ビザンティオンのお下がりでなければなお良かったのだが。
ディートリヒ・フォン・グライムは硝煙を上らせるライフリング銃を少し撫でた。次弾を装填。装填がやや厄介だ…。鉛玉をグリスに包み、銃口に掘られた施条に押し込めなければならない。火薬は変わらず黒色火薬。火縄銃の頃から変わってはいない。火縄が火打に変わっただけで。
そういえば、ユンバスとやらは申し訳なさげに言っていたか。
「あと10年あれば、後込めもできるはずですが。連射も容易になるはずですよ」
そんなものが果たして武器と言えるのか。わからない。ここにはいない、ビザンティオンの使いとやらの影を追い出す。
無心。
装填を終えて、次の標的を狙う。
シルバ軍は既に大混乱に陥っていた。ディートリヒ率いる黒鴉隊が敵の将校を射抜く。その隙に、わずかな高低差に身を隠している黒鋼疾風騎士団が蹂躙する。細分化された騎士団は一団が100名程度。
逆にいえば、無数とも思える騎馬隊がグルンクルス平原に散らばっている、ということでもある。一撃を与えて、即座に撤退。その隙に黒鴉が別の将校を正確無比に射抜く。
無様よな。
ぼう、と風が舞った。
静かな詠唱。そして、引き金。
さらに一人、天へと召された。
「まさに神がかりの采配にございます。シルバの聖光燦然騎士団が見る影もない」
ガストーネが本陣を置いたのは、僅かな起伏の頂上だった。馬上に跨がれば、戦場の全てを見通せる。太陽がのぼり切り、霞は消え果てた。明瞭な視界が広がる。
「我がビザンティオンが誇るライフリング銃を魔力で強化し、有効射程を引き延ばすとは…。我が国にも魔導士科学者多数あれど、軍事においてガストーネ卿はまさに当代一の名将にあられますな」
「人の動き、心を読めば容易かろう」
ユンバスは軍事顧問という名目で同行を許している。
実態は『白き芋』との交換取引だ。フィヨルドとシルバの戦ぶりを徹底的に研究する気なのだろう。仰々しく、20名ほどの視察団を押し込んできたのだから。
「流石はガストーネ卿、心理学にもご興味をお持ちとは。人は『得体の知れないもの』に対する恐怖症を持ちますば、射手すら見えぬ遠隔攻撃はまさに神罰にも等しいもの。それも将校クラスに限定されるとなれば、兵卒らの恐怖が恐慌に変わるのも必然でありますな」
「心理、という学問は解さぬ。ただ、羊飼いのいない羊はただ迷走するのみ」
それまで覗き込んでいた望遠鏡を置いた。これは確かに便利だが、裸眼より霞がかるのは頂けない。
「左様、統率のない羊の群れなど、狼の格好の餌食にありますな」
「ところでビザンティオンでは、望遠鏡の改良も盛んなのかね」
ガストーネがユンバスに問うた。
「目処はついているのですが」
ユンバスが首を横に振った。
「素材と研磨技術に不足がありましてね。当面はガラス製にてご容赦を」
手にしている望遠鏡はビザンティオンの最新型というが…。これならばザハリアス印の方が優れておろう。それを述べる必要性を感じず、ガストーネはただ口を継ぐんだ。
戦場はさらに鮮血に覆われつつあった。中央を占拠するシルバ軍が崩壊するのも時間の問題だろう。
「中央の圧力を強めよ」
御意、と伝令が走る。諸侯連合の歩兵らが、出番は今か今かと待ち構えていた。先陣でシルバを蹂躙する黒鋼疾風騎士団に目立った被害はない。もうしばらく撹乱を続け、歩兵団と合わせて総攻撃。これでシルバは崩壊するだろう。
一方。
「敵右翼は…フィヨルド国王軍でしょうか?」
ユンバスもまた、望遠鏡に目を張り付ける。ガストーネ、小さく首肯。精鋭を中央軍に集中させているとはいえ、よく戦っている。士気極めて高し。率いるのはクリストフとガストンであろう。
「左翼に伝達。中央軍崩壊までは深入りするな」
再び、伝令。
そして、敵左翼。
こちらは完全に硬直していた。変化の激しいグルンクルスの中で唯一、戦端が開かれず、ただ互いの罵り合いが続くのみ。
「右翼をけしかけますか?」
ユンバスの問いに、首を横に振る。
「右翼はこのままだ…勝ち戦に無駄な犠牲を払う必要はあるまいよ」
敵左翼、フェンリル・ベルク氷壁重装歩兵団。ガストーネ連合軍の進撃を許さず。
「全方位防御じゃ、全方位防御魔法!」
中央を預かるマクシミリアンが無策であった訳ではない…。神の加護を祈る前に、自分の命を守る程度には俗物であったし、何よりも損失はほとんど将兵に偏っており、兵数の損害はまだ軽微と言って差し支えがなかったからだ。
事実、開戦から2時間を経過した午前9時の段階で死傷者は2,000程度、損耗率1割以下である。兵数だけは充分な数を残していた。
だが、当然頭を失った兵らにまともな統率を取れるわけもない。
だからこその全方位防御であるが…。
「閣下、しかし全方位は…」
「黙れ! どこから飛来するかわからぬ攻撃に怯えて戦ができるか! 短期じゃ、短期決戦あるのみ!」
参謀の懸念を一喝する。参謀の述べる通り、全方位魔法は消耗が激しい。使えても一時間だろう。そして、指揮系統が寸断されていても使える戦法はただ一つ。
「全軍突撃じゃ! 異教徒どもに神罰を! 歯向かうものは老若男女容赦はするな、全て神に仇なす悪魔どもよ!」
マクシミリアンは理解していた。
この戦、負けると。
だが、こんな荒涼とした北の果てで尽きるものか! 全ての兵を犠牲にしてでも、生き残ってみせるわ!
聖光燦然騎士団、無謀の突撃が始まった。
全方位防御魔法と聖光燦然騎士団の突撃が始まった。ガストーネが右手を挙げる。
麾下のガストーネ親衛騎士団。
黒鋼疾風騎士団の中でも、選りすぐりを集めたガストーネ最大の兵団である。
その2000騎を、ガストーネは遊兵としていた。
「ユンバス殿、本陣を預ける」
「は…は? まさか、ガストーネ卿自ら突撃を!?」
「その通りよ」
「む、無謀ですぞ、だ、第一我らはある意味で敵にございますば」
「小人は小利を求むる。大器は大利を求めり。貴殿、否、貴国の求める利は小戦の勝利か、否か?」
「…否、にございます」
「であれば、500の歩兵を残すゆえ、存分にお守りいただくよう。しかと見届けると良い。我が精鋭、黒鋼疾風騎士団の真の実力を!」
ガストーネが動き出した。ユンバス、小さく舌打ち。
「我がビザンティオンにあれほどの勇者があろうか…。大陸統一はまだ遠い…!」
動いたのはガストーネだけではなかった。
「これより、右翼救援に参る!」
最強の盾、ヨハン辺境伯率いる氷壁重歩兵団、いよいよ不動の山を動かす。
そして、ハンスは…。




