第16話 公爵令嬢、作戦会議に参加する。作戦名『オペレーション・カシオペア』
軍務局に入るのも初めてね。今日はちゃんと正装しているわ。ロレッツオ宮から馬車で仰々しく。如何にも公爵令嬢が所用あって訪れました、という体裁も必要なの。面倒くさいけれどね。
ロレッツオ宮にはドレスがいくつか置いてあるから、お気に入りの桃色のやつにしたわ。学院に進学してから、袖を通す機会がまるでなかったから。衛兵に付き添われて、作戦室へ。ホント、私が入っていいのかしら?
作戦室では奥の壁にミルドガルド全図がでかでかと掲示されていたわ。石造りのいかつい建物なのよ。見た目からアリア軍事の中枢、って分かるのよね。比較的シンプルな法務局とは対照的だわ。
作戦室の長テーブルには既に将校が何人か。全員起立のまま、作戦会議中という様子。
「フランソワ様、ご到着されました!」
案内してくれた衛兵の言葉に、全員が振り返る。一番奥にロックバード軍務卿、一番手前、下座にはセシルお兄様と、意外だけれどヨナスさんがいたわ。軍関係の人だったのかしら?
「ご足労痛み入ります」
「こちらこそ、若輩者をご招待賜り、心より感謝申し上げます。改めまして、シャルロイド公爵家は長女、フランソワ・アリエル・ド・シャルロイドにございます」
礼式に則って挨拶。すると、「初めての者も多いだろう」という事でご挨拶頂いたわ。
作戦参謀長 カレル・ヴォルフ中将
参謀補佐(作戦担当) ユーリ・エヴァンス少佐
同じく兵站担当 バート・ランドール少佐
同じく情報担当 ケイト・カトリーヌ大尉
同じく衛生担当 オリバー・グレース少佐
第三艦隊提督 グリム・オズワルド少将
以上六名よ。私たちを入れて10名、結構な大人数ね。
「それでは、仮称カシオペア作戦の会議を開始いたします」
参謀長の発言に、うむ、とロックバード卿が頷いたわ。軍事会議って初めてね…なんだか緊張するわ。
「改めて作戦内容を確認いたしますが…フランソワ嬢、本会議での話題は何卒ご内密に」
「天の名において誓いますわ」
「くれぐれもお願いいたします。まず、現状について。カトリーヌ大尉」
「現在、フィヨルド王国およびシルバ教国連合軍はフィヨルド反乱軍…通称ガストーネ軍との会戦を目的として東進しております。予想会戦地点はグルンクルス平原。予想会戦日は11月の25日~30日を想定」
「およそひと月後であるな。作戦参謀、意見はあるか?」
エヴァンス少佐がバインダーの資料に目を通したわ。
「現在の情報ではフィヨルド・シルバ連合軍…以下、連合軍といたしますが、兵力4万5千、反乱軍は約5万との情報です。相互の主力は連合軍は聖光燦然騎士団、すなわちシルバ魔導軍、およびフェンリル・ベルク氷壁重装歩兵団となります。対する反乱軍はガストーネ卿旗下の黒鋼疾風騎士団となります。兵数こそ不足も、軍容だけであれば互角、或いは連合軍が有利となりますが…」
「懸念事項があるか?」
「未確定情報ではありますが、ガストーネ卿がビザンティオン王国と何らかの取引を行った可能性あり。反乱軍は『白き芋』なる、冷夏にも耐える新穀物を入手し、兵站は極めて良好。飢饉にあえぐフィヨルド王国軍と比較し、士気極めて高し、とのことです。更に、騎兵隊に有利であるグルンクルス平原の戦いとなりますば、反乱軍極めて有利であります」
「ま、連合軍に勝ってもらったら我らのお役目は御免だ。敗北前提で話を進めたまえ」
ロックバード卿が指示したわ。ハンスは連合軍側ね…なんとしても、生き残って。
今は祈ることしかできないわ。
「承知いたしました。それではカシオペア作戦の骨子に入らせて頂きます。作戦概要は改めてとなりますが、最終目的はフィヨルド王室のアリア亡命となります」
はい!? なんだかいきなり大きな話となったわね!
「過去の作戦会議にて、陸路、海路双方で検討いたしましたが、陸路につきましては実現可能性極めて低し。我がアリア皇国はフィヨルド王国、およびシルバ教国いずれも軍事協定なく、また陸路では必ずシルバ教国を経由する必要があります。シルバ教国内にアリア皇国軍を派遣する事、極めて難しとなります」
「では海路は?」
「海路につきまして、フィヨルド北海岸は一般的に断崖絶壁が続き、『魔の海域』と恐れられる地域となります。かつ、冬場の救出作戦となりますば、流氷を越え、断崖絶壁をよじ登り、王家を亡命させるという極めて困難な作戦となります。通常であれば作戦不能の判断となりますが…」
「セシル。貴殿の意見を聞こう」
そこでロックバード卿がセシルお兄様に発言を譲ったわ。
「発言の許可に感謝申し上げます。改めて、ノイエ・エーテル号艦長のセシル少佐です。本年八月に我々はフェンリル・ベルク沖の精密調査を敢行、詳細地形図と海底図、および海流図を取得するに至りました。報告は二点。極めて航行難ではありますが、フェンリル・ベルクより北方三キロに位置する内湾にて上陸可能拠点あり。戦列艦はともかく、我がノイエ・エーテル号であれば十分な水深の確保が可能です。そしてもう一点。こちらはヨナスよりご報告いたします」
「恐れ入ります、ヨナス研究員です。今回の精密調査にて取得した海流図をご説明いたします。かねてより西大洋を流れる海流の存在は認知されておりましたが、仮説の存在、北大洋の最北端、北極より湧き出る新海流を突き止めるに至りました。西大洋海流と異なり、周囲の海域より温度の低い、『寒流』の初観測にございます。こちらを仮称、北大洋寒流と命名いたしました。この北大洋寒流は八月時点ではフェンリル・ベルクより遥か北方、百キロメートル地点にて西大洋海流と衝突しております。当該区域は天然の漁場としてアリア漁師には知られた場所でありますが、秋から冬にかけては」
そう言って、ヨナスさんが机上のフィヨルド詳細図を指差したわ。
「その影響を増し、南下するに至ります。フィヨルド北海岸が真冬に流氷に覆われることは既知の情報ではございますが、北極圏にて発生した流氷が北大洋寒流に乗り、北海岸を覆う事はほぼ間違いがございません。また、もう一つ。アリア漁師からの聞き込みとなりますが、1月~2月ごろは、漁場もまた南下するとのことです。その場所は…」
地図の一点を指差したわ。
「フェンリル・ベルク沖です。すなわち、このフェンリル・ベルク沖であれば、西大洋海流の恵みにより流氷に怯えることなく、作戦実行が可能と考えます」
参謀からどよめき。私だって、二月の北大洋はどこも氷だらけだと思っていたわ。でも、暖流がある以上、流氷だって限界がある、という事ね。
「全てのピースがフェンリル・ベルクに集約されるという事か…フランソワ嬢、フェンリル・ベルク辺境伯と対面交渉したと耳にしたが」
再びロックバード卿。指名を受けて会釈したわ。
「ご認識の通り、フェンリル・ベルク辺境伯と直接取引を行いましたわ」
「であれば、フェンリル・ベルク辺境伯を経由し、フィヨルド王室の亡命に理解を促すことは可能か?」
「確証はありませんが、恐らく可能かと」
「発言の許可を頂きます。我が妹フランソワは、フェンリル・ベルク辺境伯をして旧恩の徒と言わしめております。成功極めて高しかと」
「しかし、ロックバード卿。仮にフェンリル・ベルク沖に流氷が留まるとして、接岸が困難であることは変わりませぬぞ。北海岸の冬は一日のほとんどが闇夜に包まれるとか」
ヴォルフ参謀長の懸念は尤もだわ。だけれどね。
「ヴォルフ中将、ご懸念は尤もですわ。ですが、フェンリル・ベルクより北に三キロであれば、アレが使えると思われますわ」
「アレ、とは」
「フィニ灯台です。フェンリル・ベルク辺境伯の指示で、私が修理したばかりですの。最新型のガス灯を用いた、おそらくフェンリル・ベルクで一番明るい光源を放つ灯台ですわ」
ここから真面目回です! 多分…。




