第12話 ローランお兄様はもう少し冷静なタイプの予定でした。
同じころ。
王都アリア、軍務局海軍本部第三艦隊連絡室---
「セシルのアホはどこに行った!?」
ばたんっ、と勢いよく開かれた木造扉に、事務作業中の役人らが全員驚いて立ち上がった…訳ではなく、ああ、またか、といういつもの雰囲気が流れたのは、現れた人間が部外者であるにも関わらず顔見知り…ついでに毎回同じセリフ…が現れたからであった。
彼はローラン・アリエル・ド・シャルロイド。ご推察の通り、フランソワの兄の一人、シャルロイド公爵家長男、フランソワ曰く『頭の固い方』の兄である。
「ローラン殿、今は…指令通りなら、シャルルに停泊中のはずですよ」
応対したのはボリス主任である。
「あいつが指令通り動くと思うか!?」
「いやぁ…」
顔なじみになったのが悲しいが、一応ローランに同情はしているので、ファイリングされた指令書を差し出す。ローランはそれを奪うように受け取って、上から下まで隅々まで見渡した。きらり、と眼鏡の端が光る。ちなみに伊達眼鏡である。本人曰く、貫禄をつけたかった、のだとか。
「今週は…シャルル周辺の警戒…来週は…お! 定時報告でエヴェイユに戻るのか!」
「ああ、それ。ホントは9月末の予定だったんですが、急遽変更になったんですよ」
「変更?」
「ええ、例のグランド・ディベートの話、聞いてます?」
「うわさは聞いたが…詳しくは」
「あれ、ローラン様、アレ見てないんですか?」
別の女性職員が声を上げた。ステラ事務官である。
「アレとは?」
「これです! もう、ホント素敵で! 額縁に飾ろうか悩んでいるくらいなんですけれど」
取り出したのはかわら版であった。『オーロール・クロニクル』とタイトルが打ってある。
中央には、馬に跨った…どう見てもフランソワではないか!
「な、なんだこれは…!」
「素敵な妹様をお持ちでホント羨ましいです! あー、私もフランソワ様みたいに活躍できたらなぁ…、なんて、おこがましいですかね?」
「あー、うん、その辺にしておこうか?」
ボリスは知っていた。
ローランと言う男、冷静沈着に見えてやはりシャルロイド公爵家。
一度火がつくと暴走癖があることに。
「く、くわしく…くわしく、話を聞かせて貰おうか? こ、この…特に、フェンリル・ベルク特産の蛍石、とやらを」
「なんだか、フランソワ様自ら取りに行ったらしいです?」
あちゃー、とボリスが天を仰いだ。
こういう時の対応は一択である。
我関せず。
「借りてもいいか!?」
「え、絶対ダメです」
「わ、わかった! どこで売ってる?」
「どうでしょう…王都に回ってくるのが珍しいんですよね。私、シャルルの友人から回して貰っただけなので。でも、この回はすっごい人気で、何回か増刷してるみたいですよ? あ、そうだ! シャルロイド公爵様にお願いしたら、もしかしたら手に入るかも?」
「いや、いい、大丈夫だ! すまんが急用ができた! これで失礼する!」
といって、駆けだした直後に。
「あと、セシルが戻ったら、私のところに顔を出すように伝えてくれ。逃げたら分かってるな、とも!」
「承知しましたよ、ローラン様」
では! とローランが去っていく。
連絡室には、いつもの平穏が戻ってきていた…。
再び、王立学院
「でもな、不思議やんか。普通に瓶に詰めただけなら腐るはずやで?」
そうなのよね。実験するまでもないわ。ほら、あるでしょ? 蓋をしていたのに、ジャムが気づいたらカビだらけになってる、とか。
「何か特別なこと、したかしら?」
「そうでやすね…あの時は確か」
マルタが紙に書いてくれたわ。
・炭酸を入れた
・煮沸した
・密封した
「こんなとこでやすね」
確かに、あの時はビアンカに献上するから、って煮沸したのよね。お清め代わりに。
「どれが良かったのかしら…? もしくは、全部揃って『魔法』になるのかしら」
「せやな…こういう時は比較実験やな!」
「そうね! となると、サンプルはこうかしら?」
・何もせず放置
・炭酸を入れて放置
・煮沸して放置
・蓋を閉めて放置
・炭酸+蓋を閉めて放置
・煮沸+蓋を閉めて放置
・炭酸+煮沸して放置
・全部
「せやな」
「でも…炭酸って、液体じゃないと溶けなくない?」
「シロップにする、ってぇのはどうでやす?」
「シロップ…そうね、煮物とかでもいいかも」
「でしたら、炭酸ソーダを調達してきやす」
「お願い。あと、調理だけど…」
「それなら、リンダにお願いしてみようか?」
アルフォンスの提案。ご存じの通り、会食堂のメイドさんよ。レモンソーダを実際に作ってくれたのもリンダだし、彼女なら完璧だわ。
「…流石に、刺身は無理よね?」
「無理ちゃうか? 一日どころか数時間でダメになることもあるで」
「そんな危険なの、食べさせようとしたの!?」
「やだ、エラリー。アレは獲りたてだから大丈夫だって」
「大丈夫じゃない!」
「ともかく、リンダの所に行きましょう! レシピは…リンダにお任せで!」
と、研究室を出ようと思った時だったわ。
「ここにいるのか!? フランソワ!」
「え、え、なんで!?」
流石に驚いたわ! だって、あの真面目なお兄様がこんなところに、いきなり来るとは思わなかったもの!
「ろ、ローランお兄様!」
どうしてこうなった…。




