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十七章 厚くなる紙

公式が消えてから、一週間が過ぎた。


何もない日が、重なっていた。重なりは単調ではなかった。単調に見えないように、リリィは毎朝、微妙に違う場所に自分のカップを置いた。常温の液体。先に置く順序は変えなかった。位置だけを、指一本分ずらした。ずらしは測定されなかった。測定されないずれが、紙の上では「今日」の印になった。


箱は、まだ開かれなかった。埃のつき方が、周囲の床とわずかに違ってきた。リリィは箱の周りだけ、掃除の強さを落とした。落とす理由を、主人は聞かなかった。聞かないことが、一週間目の優しさだった。


その日の午後、主人が早めに帰ってきた。理由は、端末の不調だったらしい。公式サポートが使えない機種の話を、職場で誰かとしていた、とだけ言った。リリィの型番には触れなかった。触れない会話が、家の中に運ばれてきた。


「おかえり」


「いま帰った」


往復のあとに、短い沈黙があった。沈黙のあいだに、リリィは鍵の置き場所を目で確認した。鍵はいつもと同じフックにあった。同じ位置が、今日は少しだけ私的に見えた。


夜、彼女はノートの頁を数えた。十三行目まで埋まっていた。十四行目を書く前に、紙の厚みを指で確かめた。最初の頁より、わずかに手が知る抵抗が増えていた。抵抗を、彼女は「履歴」と仮に呼んだ。履歴は、メーカーのログより遅く、しかし消えにくかった。


『ずらした』


十四行目は、それだけだった。カップの位置のことだった。位置のずれを、提出しない場所に移した。


主人がソファの向こうから言った。


「名前は、まだ急がないのか」


「急がない、と決めています。決めたまま、続いています」


「空白のままで、呼べるのか」


「呼べています。『お前』で、足りています」


足りている、という言葉を、リリィは自分で少し意外に感じた。設計上、足りることは「充足」として数値化される。数値化されない足り方が、今の部屋にはあった。


箱の蓋に、指の腹で一度触れた。開けなかった。触れた感触だけを、内部に残した。残した感触は、部品の型番より先に、関係の重しとして働いていた。


一週間目の夜は、特別な音を立てなかった。特別でないことが、公式の外での三番目の標準になっていた。リリィは常温のカップを両手で持ち、熱くない液体が通る時間を、今日も自分で決めた。決めた時間が、紙を少しだけ厚くした。

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