第九十七話 卒業
数日後。
いよいよカムイとアリアがヴァルハートの屋敷に帰る日。
荷物を馬車に乗せる。
エレーナとレーゼは入り口で見守る。
カムイはエレーナと話す。
「エレーナ。 やっぱり残るの?」
「ええ」
レーゼはアリアとカムイとのお別れに、今にも泣きそうだった。
アリアが「終わったわよ」と歩み寄る。
エレーナはアリアにお礼を言う。
「アリアさん。 一緒に暮らせて本当に楽しかったです。
またいつでも来てください。
と言っても、もともとアリアさん達の家ですけど」
そう言って笑う。
アリアも微笑む。
「ええ。 こちらこそ、ありがとう。二人も娘ができたみたいで、私も楽しかったわ」
エレーナはカムイの方を向き、はっきりと言う。
「カムイ。 頑張ってね!
隊長としてしっかりやるのよ!」
カムイは突然、エレーナに抱きつく。
驚くエレーナ。
彼は声を震わせながら続ける。
「エレーナ! それにレーゼ!
ありがとう!
君達がいてくれたおかげで、僕もお母様も、毎日が本当に楽しかったよ!」
エレーナは笑いながら答える。
「バカね。 お礼を言うのは私たちだってば!」
少し間を置き、真剣な声で続ける。
「カムイと出会えなかったら、私たちは死んでいてもおかしくなかったのよ。
あなたのおかげで、人の優しさを知れた。
ヨルンの里しか知らなかった私たちに、外の世界の素晴らしさを教えてくれた」
エレーナは涙する。
「本当に……ありがとう」
カムイも泣きだす。
エレーナは彼の頭を軽く叩く。
「ほら! 騎士団の隊長でしょ? 泣いてどうするのよ!」
カムイは顔を上げ、笑う。
「へっ! お姉さん面するなよ」
「ふふ。 私の方が歳上だもん」
家の前で、四人の温かい空気が流れる。
馬車が静かに出発の準備を整えていた。
カムイはエレーナに言う。
「元気でな!」
「ええ」
彼はレーゼの方を向き、続ける。
「レーゼも元気でな!」
レーゼは泣きながら声を上げる。
「カムイお兄ちゃん……アリアさん。
また遊びに来てね!」
「ああ! 当然だ!」
馬車に乗るカムイとアリア。
彼はエレーナとレーゼに手を振る。
パラディンも、唸るように別れの吠えを上げる。
馬車がゆっくりと動き出す。
エレーナは最後まで手を振り続け、レーゼは袖で涙を拭う。
丘の上の家が、徐々に遠ざかっていく。
ヴァルハートの屋敷。
馬車から降りたカムイとアリア。
アリアが静かに呟く。
「ほんと……久しぶりね」
「うん」
中に入ると、大勢の侍女達が出迎えてくれた。
カムイがレオンハルトに勝利したことが伝わり、屋敷から離れていた侍女達が皆帰ってきてくれていた。
侍女達はアリアとカムイに頭を下げる。
「おかえりなさいませ。アリア様、カムイおぼっちゃま」
あまりの感動の瞬間に涙する者もいる。
すると、侍女のメーデルが車椅子を押してやって来る。メーデルも故郷から戻ってきてくれたのだ。
カムイはハッとする。
車椅子に座っていたのは、リーラだった。
リーラは二人に微笑む。
「アリア様。 カムイおぼっちゃま。
お帰りなさいませ」
騎士団の医療班のおかげで、リーラは一命を取り留めた。
まだ後遺症で足が不自由だが、いずれは日常生活を送れるらしい。
アリアは声を震わせる。
「リーラ……」
リーラが無事で、心から安心した様子だった。
カムイは車椅子のリーラにひざまづき、抱きつく。
「よかった! 本当によかった!」
大喜びで声を上げる。
リーラも彼を抱き返し、涙を流す。
「カムイおぼっちゃま……
本当にご立派になられましたね」
玄関ホールに、再会の喜びが静かに広がっていく。
侍女達も、二人の様子を温かく見守っていた。
ヴァルハートの屋敷で久しぶりの食事をするカムイとアリアとリーラ。
リーラはヴァルハート家の家族同然。
他の侍女達が食事の準備をしてくれる。
テーブルに料理が並ぶと、アリアが静かに言う。
「久しぶりね。 こうして食事をするのは」
「うん」
リーラも微笑む。
「本当に……久しぶりですね」
カムイは嬉しそうに、リーラに話を始める。
「あのねリーラ。
丘の上の家での暮らしとか、ハンター生活とか、色々あったんだよ!」
リーラは優しく目を細め、楽しそうに聞く。
「そうでしたか。 詳しく聞かせてください」
「うん!最初は大変だったけど、毎日楽しかったんだ」
大変だったはずなのに、楽しそうに話すカムイを見てリーラは静かに笑う。
「ふふ。 おぼっちゃまらしいですね」
アリアもそれを聞きながら、穏やかな表情で見つめる。
久しぶりの三人の食卓に、温かい空気が流れていた。
食事を終え、カムイは自室に荷物を運ぶ。
久しぶりの自分の部屋に、懐かしく思う。
夜になると、カムイはリーラの車椅子を押して部屋に連れて行ってあげる。
リーラは遠慮するように言う。
「おぼっちゃま……大丈夫ですよ。
一人で行けますから」
カムイは笑って答える。
「いいからいいから!」
車椅子を押しながら進むと、リーラが静かに切り出す。
「おぼっちゃま。私……夢を見ていました」
「夢?」
カムイは足を止める。
リーラはゆっくりと、あの日の話をする。
「あの日……私はレオンハルトに心身ともにメチャクチャにされて、もうこのまま死んでしまうのかと思っていました。
目の前が真っ暗になりながら、最後にカムイおぼっちゃまにお会いしたいと、心の底から祈りました。
そしたら、その願いは叶い、私を心配するおぼっちゃまと出会うことができました。
あのときのおぼっちゃまはまるで......神様のようでした。」
カムイは少し間を置いてから答える。
「僕も……あの日の夜。
リーラに呼ばれた気がしたんだ。
いてもたってもいられなくなって、お母様に嘘をついて、家を飛び出したんだ」
「そうだったんですか」
リーラは静かに目を見開く。
廊下に二人の声だけが小さく響く。
再会の喜びと、あの夜の記憶が、静かに重なり合っていた。
カムイはリーラの部屋に入り、リーラをベッドに寝かす。
リーラは静かにお礼を言う。
「ありがとうございます。 おぼっちゃま」
するとカムイはしゃがみ、少し甘えるように尋ねる。
「ねぇリーラ。一緒に寝てもいい?」
リーラは少し驚く。
しかしすぐに微笑みに変わり、小さく笑う。
「変わりませんね。いいですよ。」
カムイはニヤつく。
リーラのベッドの中に入る。
すると、扉がバンッと開く。
カムイとリーラはビクッとする。
アリアだった。
寝巻き姿で、乙女のように膨れている。
「も〜! カムイ!
部屋にいないから、まさかと思って来てみたら!」
カムイは慌てて体を起き上げる。
「お、お母様!?」
リーラは目を見開き、驚愕する。
彼女の知っているアリアは、奥ゆかしく冷静な女性だった。
屋敷を出ていき、かなり性格が砕けたことは知らない。
「ア、アリア様!?」
アリアは構わずカムイに抱きつき、リーラと三人でベッドへ入る。
リーラとアリアでカムイを挟むようにして横になる。
アリアは彼にベッタリと寄り添う。
リーラは驚いたままだ。
カムイは苦笑いを浮かべて話す。
「ごめんねリーラ。 驚いたよね?」
アリアは甘えるように続ける。
「ふふ。 ごめんなさいねリーラ。
私……もうどうしようもないくらいこの子が可愛らしくて仕方ないの♡」
久しぶりの屋敷の夜が、仲睦まじくも騒がしい空気に包まれ始めていた。
数日後。
カムイの騎士学校最後の日。
クラスメイト達は皆号泣する。
次々と別れの言葉を告げられる。
「カムイ、元気でな!」
「隊長になっても俺たちのこと忘れんなよ!」
「また顔出してなよ!」
女子生徒も泣きわめく。
「カムイ君がいなくなるなんて...」
「私たちのこと忘れないでね。」
最後にリディア。
二人は微笑みながら会話する。
カムイは言う。
「またデート誘うからね♡」
「ちょっとカムイ! みんなの前!」
リディアは真っ赤になり、恥ずかしがる。
クラスメイトにすぐに茶化される。
「おお〜!」
「デートだってよ!」
「いいな〜リディアちゃん!」
そんな微笑ましい様子を、ルーナ先生は静かに見つめる。
心の中で思う。
(カムイくん……ほんとに面白くてすごい生徒だったわ)
教室に、別れの空気と、温かい笑いが同時に広がっていた。
すると、カムイのクラスの教室に学校長のギルバート先生が入ってくる。
ルーナ先生は驚いて声を上げる。
「校長先生!?」
ギルバートは静かに彼を呼ぶ。
「カムイ・ヴァルハートくん」
生徒達もざわつく中、カムイは返事をする。
「はい!」
ギルバートは今回の偉業を讃え、特別措置としてカムイに卒業認定を与えてくれる。
「君の功績を認め、卒業を認定する」
「えっ!? いいんですか!?」
カムイは目を見開く。
ギルバートは穏やかに笑う。
「ほほほ!
長年、校長をやって来たが、こんなことは初めてだ!君に最高の栄誉を讃える」
皆が拍手する。
ギルバートはさらに続ける。
「君のこれからの活躍を楽しみにしているよ!」
「はい!」
教室全体に、祝福の拍手が響き渡る。
学校が終わり、リディアと共に帰るカムイ。
彼は静かに呟く。
「騎士学校……本当面白かったな〜」
「そうね。」
リディア笑う。
カムイは立ち止まり、彼女にお礼を言う。
「リディア! ありがとう!僕を騎士学校に誘ってくれて!」
リディアは嬉しくなる。
だが、すぐに可愛く拗ねる。
「ふん! だったら一緒に卒業してくれればよかったのに!
在学中にロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長になるなんて、どうなってるのよ!」
二人は笑いだす。
そして、リディアは真剣な顔になる。
「約束!」
「えっ!?」
リディアはハッキリと告げる。
「私は……もっともっと努力して、お父様の後を継いで、第二部隊の隊長になる!
あなたは……今の地位にずっといて!
私が追いついて、一緒に任務をするの!」
カムイはフッと微笑み、答える。
「ああ! 約束だ!
僕はどこにも行かないよ!」
リディアも笑顔で返す。
「ありがとう!」
二人は並んで歩き出す。
カムイは心の中で思う。
人間としての人生はとても素晴らしい。
このカムイ・ヴァルハートの人生を全うしよう。
夕暮れの道を、二人の足音が静かに響いていく。




