第九十話 二つの愛
ヴァルハート家の屋敷へと向かったレオナは、リーラの治療を行うために、シルバレイン家の屋敷へ連れて行った。
他の侍女達も、これ以上被害に遭わないために、帰れるものは家に、住み込みの者は一時的にシルバレインの屋敷に滞在することになった。
翌日の騎士学校。
休み時間。
中庭で食事をするカムイとリディア。
昨日は慌ただしくて話せなかった決闘の件。
リディアは苛立った声を上げる。
「もーー!!! なんでそんな危ない決闘を申し込んだのよ!」
「ご、ごめんリディア。
仕方なかったんだ。
あいつを後悔させるには、こうするしかなかったんだよ」
カムイは困ったように謝る。
リディアはふくれながら、俯く。
「……それでも、命を賭けるなんて……
絶対に嫌よ」
「わかってる。
でも、リーラをあんな目に遭わせたやつを、
このままにしておくわけにはいかないんだ。」
リディアは拳を握りしめ、小さな声で呟く。
「……勝ってよ。絶対に」
中庭の木陰に、二人の沈黙が落ちる。
すると、リディアがもじもじしながら切り出す。
「ねぇ……今日だけどさ……学校終わったら家来てよ……」
「えっ?」
カムイは目を丸くする。
リディアは視線を泳がせながら続ける。
「カムイが決闘を申し込んだから、
お父様もお母様も忙しくて今日帰ってくるのが遅いの!」
カムイはドキッとする。
リディアは顔を真っ赤にして、声を荒げる。
「言わせないでよ!!わかるでしょ?
……一人でいるの……嫌なの。
だから……一緒にいて」
カムイは彼女の様子を見て、優しく笑う。
「わかったよ。行くよ」
「……ほんと?」
リディアは顔を上げ、少しだけ安堵した表情を見せる。
学校が終わり、リディアの家に行くカムイ。
彼女の部屋に入る。
扉が閉まった瞬間、二人はすぐに穏やかな時間を過ごす。
リディアは情熱的だ。
彼女は先日の一件で、完全にカムイに夢中の様子。
カムイは驚きつつも、彼女の背中を撫でる。
「リディア、どうしたんだよ??」
「なによ……悪い?」
リディアは目を細め、恥ずかしがりながら返す。
カムイは彼女に触れながら、正直に答える。
「いや、むしろこういうの大好き♡♡」
「もー……スケベ」
リディアは顔を赤くして、軽く彼の胸を叩く。
窓の外では、夕方の陽が静かに傾き始めていた。
二人はしばらく愛し合う。
その最中、リディアは涙しながら話す。
「カムイ……お願い!どこにも、行かないで♡」
カムイはハッとする。リディアは怖がっている。
好きな男が決闘で死んでしまうかもしれない。
彼は安心させるために熱く答える。
「ああ!行かないよ!どこにも!
ずっと……リディアのそばにいるよ!」
「ありがとう……嬉しい♡」
しばらく夢中になっていると、部屋の外から大きな声が響く。
「リディア〜 帰ったぞ〜!」
レオナの声だった。
二人はビクッとして、すぐに体を離す。
慌てて片付けと着替えを済ませる。
シーツを整え、机に向かい、勉強しているふりをする。
レオナが扉を開けて入ってくる。
「あれ? カムイ、来てたのか!」
二人は机に向かったまま。
カムイは挨拶する。
「あ! レオナさん! お邪魔してます!」
レオナは、二人が何をしてたかなんてわからない。愉快そうに笑う。
「なんだお前! レオンハルトとの決闘があるのに勉強か!?
真面目だね〜」
カムイはへへへと笑う。
その隣で、リディアは顔を真っ赤にしたまま。
レオナはそれに気づかない。
「ゆっくりしてけよ。
夕食、一緒に食べるか?」
「はい! お願いします!」
その日は夕食をご馳走になるカムイ。
レオナは楽しく話をしてくれる。
「学校はどうだ? 実技の成績、上がってるらしいな!」
しかし、グリルはずっと黙っていた。
レオナが楽しく話していると、ようやく口を開く。
「カムイ……お前は、わかっているのか?」
彼が言いたいことはもちろん、レオンハルトとの決闘だった。
「奴は強い。 それは俺がよく知っている。
……それでもお前は勝つつもりか?」
レオナとリディアは黙って、二人を見つめる。
カムイは真剣な顔で答える。
「はい! 当然です!」
さらにグリルは続ける。
「仮に勝ったとして、その先に待っているのは、
ロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長の席。
お前の想像を絶する責務が待っているんだぞ!」
ハッとするリディア。
心の中でその事実に気づく。
(カムイがこの決闘に勝ったら……ロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長になる……)
今更ながら、その重みを理解してしまう。
カムイは迷わず答える。
「はい。 もとより覚悟の上です」
彼の目に、迷いはなかった。
グリルは長く息を吐き、静かに頷く。
「……そうか。」
食卓に、重い沈黙が落ちる。
レオナが優しく笑って、空気を和らげる。
リディアは俯いたまま、カムイの横顔を盗み見ていた。
カムイが帰宅をする。リディアは玄関でカムイを見送る。
彼は振り返り、優しく告げる。
「じゃあねリディア。 また学校で」
「う、うん」
リディアは少し掠れた声で答える。
帰っていくカムイの後ろ姿を、彼女はじっと見つめる。
夜風が髪を揺らし、彼の姿が徐々に遠ざかっていく。
リディアは静かに思う。
(カムイが騎士団に入ったら……学校……辞めちゃうのかな...)
胸の奥が、小さく痛む。
(……また、私、置いていかれちゃう……)
そんな考えが、頭をよぎってしまう。
彼女は拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように小さく呟く。
家に帰るカムイ。
風呂に入っていると、突然エレーナが入ってくる。
「お、おいエレーナ!? なんだよ急に!?」
慌てふためくカムイ。
エレーナは後ろから彼に抱きつく。
「なによ。別にいいでしょ!」
そして、カムイの耳元で囁く。
「どうせ...リディアちゃんといたんでしょ!」
お見通しだった。
カムイは言葉に詰まる。
エレーナは不満を爆発させる。
「もーー! ここ最近相手してくれないし!
変な決闘は決めるし!
ほんっと! 勝手ね!」
彼女はカムイに密着。
そしてすぐにわかった。
「なによ。もう♡」
「お前……」
エレーナは以前よりも変わっていた。
「エ、エレーナ......!?」
エレーナが勝ち誇ったように微笑む。
カムイは目を見開く。
ただ驚いている彼に、
エレーナは静かに告げる。
「あなたをメロメロにするなら、これくらいしないと♡」
カムイはまだ息を整えきれず、ただエレーナを見つめていた。
少し落ち着いたカムイは笑いながら、エレーナを茶化すように話す。
「エレーナ。お前変わったな♡
昔はあんなに嫌がってたのに。
「も〜。いいでしょ昔の話は」
エレーナは膨れながら答える。
二人は穏やかで暖かい時間を過ごす。
エレーナの表情はとてつもなく幸せそうだった。
カムイはそんな彼女を見て、優しく笑う。
(まったくこいつは♡)
愛おしさが、胸の奥に広がる。
カムイはエレーナをを抱きしめる。
彼女は小さな声で彼を呼ぶ。
「……カムイ……」
彼は彼女の頭を撫で、静かに答える。
「ああ。 ここにいるよ」
風呂場に残る湯気と、二人の穏やかな空気だけが、夜の空気に溶けていく。




