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第八十九話 父と子

 フラスタリア王国から少し離れた街。夜でも賑やかな場所。

 騎士達もよく通う酒場や夜店が多い。

 そこにある一つの酒場。

 中では様々な職種の者が騒ぎまくっていた。

 笑い声と盃の音が交じり合う。

 一番隅の席で、一人で呑むレオンハルト。

 第一部隊の仕事がうまくいっておらず、イライラしていた。




 少し離れた別の騎士団の騎士たちが、陰口を叩く。


「おい……あれってロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長じゃねえか?」

「またあんなに飲んでるのかよ〜」

「最近評判悪いもんな〜。 ロイヤルフォース騎士団の第一部隊って」

「やっぱり成り上がりの騎士じゃダメなんだって……」

「女癖も悪いしな!」


 噂がはっきりと聞こえてくる。

 レオンハルトは盃を強く握りしめ、さらに一人でイライラを募らせる。


(まったく。 どいつもこいつも好き勝手言いやがって)


 イライラを解消するために、キョロキョロと手頃な女を探す。

 隣の席の二人の女魔法使いに目をつけ、声をかける。


「おい、ちょっといいか。 酒でも付き合えよ」


 二人の女性はビクッとして、すぐに顔を背ける。


「け、結構です!」


 そう言い残し、逃げるように去ってしまう。

 レオンハルトは舌打ちをする。


「ちっ……」


 最近、女癖の悪さが広まってしまっているのか、ナンパしても断られることが多い。

 彼は再び盃をあおり、酒を流し込む。




 酒場の外に一人の男が立っていた。

 カムイだ。

 立ち尽くしていると、二人の女性の魔法使いが出てきた。

 先ほどレオンハルトにナンパされた女性だ。


「大丈夫?」

「うん。 あの人だよね……最近噂の……」

「ロイヤルフォース騎士団のレオンハルト隊長」

「怖かった……」


 そんな話が、はっきりと聞こえた。

 カムイは静かに呟く。


(ここか……)




 カムイはゆっくりと、酒場の入り口へ向かい中に入る。

 酒場の中の様子を確認する。

 一番隅の席で、一人で酒を飲む男。

 少し雰囲気が変わったが、すぐにわかった。


(あれか……)


 冷たい視線をレオンハルトへ向ける。




 足を進めると、一人の男とぶつかる。

 酔っ払いのおっさんだった。


「おいガキ!どこ見て歩いてんだ!」

「......邪魔だよ......」


 カムイは男を睨む。

 男は顔を赤くして怒鳴る。


「なんだぁ!このガキっ!」


 カムイに手を出そうとする男。

 次の瞬間、カムイは男の腕を取り、軽く投げ飛ばす。


「どわぁぁぁ!!」


 おっさんの体が弧を描き、ちょうどレオンハルトの席へ向かう。

 レオンハルトは「!?」と驚き、椅子から飛び出すようにしてよける。

 地面に四つん這いになる。


「な、なんだ!?」


 辺りは一瞬で静寂に包まれる。

 酒を飲んでいた者たちも、話し声を止めてそちらを見る。

 すると、低い声が響く。


「へ〜。 酔っててもそんな動けるんだな〜」


 レオンハルトは声のする方を見る。

 そして驚愕する。

 目線の先にいたのは、自分の息子だ。


「お、おまえ……」


 カムイはゆっくりと近づく。


「よう!」


 地面にしゃがみ込むレオンハルトを見下す。

 そしてニヤリと笑い、はっきりと告げる。


「久しぶりなぁ〜 クソ親父!!」


 軽蔑を隠そうともしない声が、静まり返った酒場に落ちる。

 周囲の視線が、二人に集中する。

 空気が、一段階重くなる。




 レオンハルトは腰を落としながら、カムイを見上げる。

 怒りに満ちた息子の顔に、嫌な記憶が蘇る。

 彼は声を荒げる。


「お、お前……なんの真似だ!!!」

「なんの真似? それはこっちのセリフだな」


 カムイは冷たく返す。

 レオンハルトは困惑した表情を浮かべる。


「俺たちがいなくなってから……テメェがどれほどの愚行をしたか……

 リーラを……俺の大切な人に何をしたか……」


 レオンハルトは、息子の怒りを理解した。

 恐る恐る口を開く。


「お、お前......屋敷に行ったのか......」


 カムイの体から凄まじいオーラが溢れ出す。

 空気が一気に重くなり、酒場の客たちが息を呑む。

 誰もが二人の様子を見て固まっていた。


「ああ。ひでぇ有様だった......お前......やりすぎたな。」


 レオンハルトの顔から、血の気が引いていく。




 レオンハルトは挑発するように言う。


「お、俺をどうするつもりだ! 殺す気か!?」


 カムイは無言で、ただじっと見つめる。

 その沈黙が、かえって重い。

 レオンハルトは声を荒げる。


「俺を殺したら、お前は国の反逆者だ!

 アリアにも迷惑がかかるぞ!」


 カムイは短く笑い、冷たく吐き捨てる。


「なさけねぇな。

 ロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長様ともあろうお方が、そんなチンケな脅しをするなんてな〜」


 レオンハルトは悔しそうに歯を食いしばる。

 カムイは一歩前に出る。


「安心しろ。 ここではやらねぇ。

 ......ただ! この国のやり方でやってやる!」

「……何を言っている?」


 レオンハルトは困惑した表情を浮かべる。




 カムイは静かに告げる。

 それは以前、ナリアから教えてもらった騎士団の規定である。


 ロイヤルフォース騎士団の規定の一つ。

 隊長の役職を持つ者に、その座をかけた決闘を申し込むことができる。騎士団に所属しないものからの挑戦も、受け入れなければならない。


 カムイは、レオンハルトに第一部隊隊長の座をかけた決闘を申し込む。

 あたりがざわめく。

 レオンハルトは笑う。


「バカな!その決闘を申し込むには、騎士団の隊長の過半数の賛成がいる!

 ロイヤルフォース騎士団は俺を含めた六人の部隊長がいるんだぞ。

 俺以外の五人のうち、三人がお前の決闘に賛成するだと!?

 そんなこと......あるはずがない!

 そもそも、騎士ですらないお前に、賛成を得られるはずが...」




 すると、カムイは懐から書類を取り出す。

 三枚の書類を、レオンハルトの目の前に突きつける。

 青ざめるレオンハルト。

 ナリアから決闘の件を提案されてから数日後。カムイは賛成の書類を作ってもらっていた。

 もう二枚は、リディアの両親であるグリルとレオナのもの。

 二人はもう、レオンハルトの悪行を見逃すことができなかった。

 レオンハルトの手が、小刻みに震え始めていた。




 数日前。

 シルバレイン家。

 カムイはグリルとレオナと三人で話をしていた。

 内容はもちろん決闘について。

 レオナは最初から賛成だった。


「私はいいと思う。

 あいつのやり方は、もう限度を超えている」


 しかし、グリルは最後まで渋っていた。

 切磋琢磨してレオンハルトと騎士団を支えてきた。

 彼のことを友のように慕ってきた。


「……簡単には決められん。

 最近のあいつは確かに問題がある。しかし、第一部隊を強くした男に変わりはない。」


 すると、カムイがある写真を取り出し、テーブルに置く。

 そこには、レオンハルトがグリルの部下である第二部隊の女性騎士と関係を持った瞬間が写されていた。

 カムイがハンターの知り合いに頼んで撮ってもらったもの。

 グリルは目を見開き、言葉を失う。


「……こ、これは」


 どうやらレオンハルトは、自身の第一部隊だけでは飽き足らず、他の部隊の女性にも手を出していた。

 別の部隊の女性との不純な関係の現場。さらにそれだけではなく、職務中に娼婦と会っている現場まで。

 グリルは深く落胆し、写真から目を離せなくなる。

 レオナも腕を組み、静かに俯く。


「……最悪だね」


 長い沈黙の後、グリルが低い声で尋ねる。


「……カムイ。 お前に......できるのか?」

「はい。」


 彼は答える。

 その目に迷いはなかった。

 グリルは長く息を吐き、ゆっくりと頷く。


「……わかった。」


 部屋の空気が、静かに変わった瞬間だった。




 現在。

 騎士団の規定により、決闘を行うための過半数の賛成を得たカムイ。

 レオンハルトは青ざめる。


「な、なんだと……グリルにレオナ……それにナリアが!?」


 カムイは冷たく告げる。


「あの人たちは、もうお前の悪行を見逃せないんだとよ。

 ナリアさんに至っては……テメェ!差別発言が多かったらしいな!」


 ぐうの音も出ないレオンハルト。

 しかし、彼はまだあきらめない。

 悪あがきに声を上げる。


「ま、待て!まだだ!決闘にはまだ必要なものがある!お互いの対価だ!それを決めなければ成立しない!同等の対価をだ!

お前にそんなものが......あるはずない!」


 カムイは不気味に笑う。


「必死だね〜。そんなに俺と戦いたくないか?

 俺が怖いか!」


 レオンハルトは黙り込む。

 カムイは臆さずに言う。


「あるじゃねぇか! とっておきのもんがよ!」

「なに!?」


 レオンハルトは目を見開く。

 カムイははっきりと言う。


「命だよ。 俺とお前の」

「お前……正気か!?」

「ああ! 正気だぜ!

 俺とお前、負ければ死ぬ戦いさ!

 これ以上同等なもんはねぇ!」


 酒場の空気が、一気に凍りつく。

 客たちは息を飲み、誰も声を出せなくなっていた。

 カムイの目は、冷たく輝いていた。




 レオンハルトは心の中で激しく動揺する。

 目の前にいる息子。

 しかし、どう考えても息子と話している感じがしない。

 何か得体の知れないものと対話している気分。

 以前にも感じたことがある。

 アリアに手を出し、止めに入ってきたカムイ。


(あの時と同じだ……)


 彼の喉が、乾いた音を立てる。

 カムイは短く告げる。


「日時は任せたぜ。そっちの担当だからな。

 ......せいぜい楽しませてくれよ」


 背を向け、去っていく。

 そして、去り際に足を止める。


「あ、そうだ」


 振り返り、再び凄まじい形相で告げる。


「逃げようなんて思うなよ?

 もし逃げたら……俺はあの世だろうが、どこだろうが......死ぬまでお前を追いかけに行くからな」


 その声は静かだったが、酒場の隅々まで届くほど重かった。

 レオンハルトは言葉を失う。

 息子の背中が残した威圧だけが、胸に重くのしかかっていた。




 酒場を出ると、馬車が止まる。

 中からアリア達が出てきた。

 アリアはすぐさまカムイに駆け寄る。


「カムイ!」


 リディアとエレーナも、すぐに寄り添う。

 アリアは彼の体を上下に確かめながら、焦った声を上げる。


「大丈夫? 怪我は!?」

「大丈夫だよ! お母様!」


 カムイは優しく笑う。

 グリルが尋ねる。


「レオンハルトは?」

「中にいるよ。

 たった今、決闘を申し込んだから。」


 グリルが目を見開き、声を上げる。


「お、お前! 本当に申し込んだのか!?」

「うん!」


 グリルは唖然として立ち尽くす。

 心の中で呟く。


(まさか本当に……)


 メロンが心配そうに尋ねる。


「カムイ君……大丈夫なの?」

「あ!メロンさん♡♡うん!大丈夫だよ!」


 そこにいたのはいつものカムイだった。




 リディアとエレーナは、黙って彼の横顔を見つめていた。

 カムイは皆を見渡し、短く告げる。


「みんな、心配かけてごめんなさい。

 でも、もう決めたことだから」


 アリアは彼の手を握り、何も言えずに俯いた。

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