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第八十八話 神の怒り

 リーラをベッドで寝かせ、ベッドから降りるカムイ。

 侍女達に背を向け、リーラを見つめながら、握る拳はどんどん強くなる。

 彼は低い声で尋ねる。


「……レオンハルトは……どこにいる?」


 侍女の一人が、恐る恐る答える。


「こ、この時間ですと、街から少し離れた酒場にいらっしゃいます」


 カムイは短く頷く。


「すぐに屋敷に人を呼ぶ。

 みんなはリーラを見ててくれ」

「はい!」


 侍女はすぐに返事をする。

 そして振り返るカムイ。

 侍女達全員が思わず後ずさる。

 カムイの顔は怒りに満ちていた。

 神の怒りに触れたような雰囲気が、部屋全体を支配していた。

 目は冷たく、声は静かで、それでいて底知れない重みがあった。

 彼は何も言わずに歩き出す。

 廊下を通り、玄関を出る。

 侍女たちは固まったまま、彼の背中を見送るしかなかった。




 屋敷を出たカムイ。

 パラディンの前に立ち、静かに伝える。


「パラディン。 いいか?

 家に帰ってこの事をお母様達に伝えるんだ。

 レーゼがいれば言葉はわかるだろ?」


 パラディンは低く唸り、すぐに走り出す。

 夜の道を猛スピードで走り出す。

 カムイは一人、屋敷の門を超える。

 一歩一歩、怒りを込めて歩く。

 足音が、静かな夜道に鈍く響く。

 彼は心の中で、冷たく吐き捨てる。


(あのクソ野郎……待ってろよ)


 彼の表情は、すでに人間のものではなかった。




 シルバレインの屋敷。

 リディアが寝ようとベッドに入った時、ハッとする。

 何が嫌な予感がした。

 カムイに何かあったのでは?

 彼女は急いでリビングにいた父と母のもとへ走る。




 グリルが驚いて声をかける。


「リディア?」

「どうした?」


 レオナも心配そうに尋ねる。

 リディアは泣きそうな顔で、震える声を上げる。


「カムイが……」


 グリルが身を乗り出す。


「何だ!? 何かあったのか?」

「わからない。 でも、なんか嫌な予感がして……

 どうしても落ち着かなくて」


 何が何だかわからないグリル。

 しかし、レオナは娘の涙を見て、ただ事ではないと判断する。


「よし! 今からカムイの家に行こう!」

「お、おい!? 今からか!?」

「リディアがこんなに心配してるんだ!

 行かないわけにはいかないだろ!」


 レオナはきっぱりと言う。

 グリルは頷く。

「……し、仕方ない」


 すぐさま馬車の準備をするよう、侍女に指示を出す。

 夜のシルバレイン屋敷が、慌ただしく動き始める。

 リディアは拳を握りしめ、心の中で強く願う。


(カムイ……)




 カムイの家。

 リビングのテーブルで、アリアは頭を抱えていた。

 カムイはおそらく、直接ヴァルハートの屋敷に向かったのだろう。

 何で突然、こんな夜中に出て行ったのかはわからない。

 しかし、親として止めるべきだったかと深く後悔している。

 すると、声をかける者がいる。


「アリアさん?」


 エレーナだった。

 アリアは顔を上げ、静かに返す。


「あら、エレーナ。 起きてたの?」

「はい……ところでカムイは?」


 アリアは俯き、短く答える。


「……出かけたわ」

「えっ!? こんな時間に?」


 エレーナは目を丸くする。

 アリアは重い息を吐き、説明する。


「カムイはね……ヴァルハートの屋敷に向かったと思うの。侍女長の人を助けに。」

「……リーラさん……ですか?」


 彼女はアリアとカムイから、リーラの話を聞いたことがある。

 二人がこの家に来る前に住んでいた屋敷の侍女長。

 会ったことはないが、カムイにとってとても大切な人だと知っていた。


「そうなんですか……」


 静かな沈黙が落ちる。

 すると、レーゼも眠い目を擦りながらやって来る。


「お姉ちゃん……のど乾いたよ〜」


 エレーナに飲み物をお願いしていたようだ。

 エレーナは優しく謝る。


「ごめんね、レーゼ。 ちょっと待ってて」

「すぐ用意するわ」


 アリアはすぐに立ち上がり、笑顔を作る。

 彼女はキッチンへと向かう。

 夜の家に、穏やかな物音だけが響いていた。

 しかし、アリアの背中はどこか強張ったままだった。




 街のギルド。

 メロンが営業を終えて、扉を閉めていた。


「ふ〜!ちょっと残業しちゃったわね」


 帰ろうとすると、歩く人に見覚えがある。


「あら? あれって……」


 よく見ると、カムイだった。


「やっぱり!なんでこんな夜中に!」


 話しかけようとしたが、ゾッとして止まった。

 カムイが怒り狂ったような目つきで歩いている。

 片手には槍を持ち、周囲の空気を凍らせるような気配を放っていた。


(カ、カムイ君?)


 恐怖すら覚えてしまったメロン。

 いつもデレデレしていた彼と同じ人とはとても思えなかった。

 離れていく彼の背中を、彼女はただ見つめるしかない。


(何があったのかしら?)




 カムイの家。

 三人で座っていると、扉を叩く音がする。

 カムイが帰ってきたと思い、アリアが開ける。

 そこにいたのは、リディアだった。

 後ろにはグリルとレオナもいる。


「こんばんは...」

「リディアちゃん!?」


 レオナが申し訳なさそうに続ける。


「すみません、アリアさん。 夜分遅くに。

 カムイっていますか?」

「その……カムイは今出かけてて」


 リディアたちは驚く。

 すると、「あの...」と、もう一人の訪問者が現れる。

 ギルドのメロンさんだった。


「メロンさん?」


 メロンは来訪者の多さに一瞬目を丸くするが、すぐに話を切り出す。


「あの……ギルドの近くでカムイ君を見かけたんですけど」


 リディアとエレーナが同時に反応する。


「カムイを!?」


 二人の声が重なり、思わずジッと見つめ合う。

 グリルが低く尋ねる。


「……一体、何が起きているんだ?」


 アリアは俯き、重い空気の中で静かに息を吐いた。

 夜の家に、不安な人々が集まり始めていた。




 メロンはカムイを見かけた話をする。


「ギルドの近くで……カムイ君を見たんです。

 でも、いつもの彼じゃなくて。

 槍を持ったまま、すごく怖い顔で歩いていました」


 一同は何が起きているのかわからず、途方にくれている。

 すると、パラディンが帰って来る。

 レーゼがすぐに駆け寄る。


「パラディン!」


 パラディンはレーゼの前に立ち、低く鳴く。

 二人は言葉を交わすように、しばらく向かい合う。

 リディアは驚いて尋ねる。


「あの子……魔物と話せるの?」


 エレーナは答える。


「レーゼは魔物と話せるのよ」


 グリルが納得したように頷く。


「なるほど……話に聞いてたヨルンの魔女の力か」

「すごい力だね〜」


 レオナも感心した声を上げる。

 すると、レーゼが目を見開いて声を上げる。


「本当!?」


 エレーナが焦って尋ねる。


「レーゼ! 何があったの?」


 レーゼはパラディンから聞いた話を、急いで伝える。


「ヴァルハートの屋敷で、リーラさんっていう侍女長さんが、かなりの重症なんだって。

 カムイお兄ちゃんはそれを知って、酒場にいるお父さんに会いに行ったって……!」


 一同は驚愕する。

 すぐにレオナが動く。

 通信機を取り出し、指示を出す。


「騎士団の医療班を、今すぐヴァルハートの屋敷へ向かわせて。」


 レオナはグリルの方をむく。


「私は屋敷に行く!みんなはカムイのところに!」

「わかった!」


 レーゼがパラディンに跨がり、声をかける。


「パラディンに乗った方が速いよ!」

「悪いね!」


 二人はパラディンと共に、ヴァルハートの屋敷へ疾走していく。

 残ったアリア、エレーナ、リディア、グリル、メロンの五人は、すぐに馬車へ乗り込む。

 グリルが手綱を握り、低く告げる。


「酒場へ向かうぞ!」


 馬車が夜の道を走り出す。

 車内は重い沈黙に包まれていた。

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