第八十一話 元隊長の実力
数日後。
この日は騎士学校上等部の実践訓練の日。
カムイのクラスの生徒は訓練着に着替えて、訓練場へ向かう。
とても広い訓練場。
実務を担当するのは、ガルド・トールハイム。
去年までロイヤルフォース騎士団の第五番隊隊長を務めた騎士だ。
年齢的にも引退を決意した彼を、学校長のギルバートがスカウトして、騎士学校の先生として赴任させたのだ。
とても厳しそうな見た目だが、誠実そうな人柄が伝わってくる。
ガルドが静かに生徒たちを見渡す。
「今日から、諸君の実技を担当する。
手加減はしない。 覚悟しておけ」
するともう一人、臨時教師がいると紹介され現れた。
「みんなおはよう!」
現れたのは、リディアの母のレオナだった。
皆は平然と拍手する中、カムイだけが一人驚いている。
(な、なんでレオナさんが!?)
彼は思わず目を見開く。
訓練場に、ちょっとしたざわめきが広がる。
実務訓練が始まる。
何グループかに分かれて訓練が進む。
ガルドとレオナは別々にグループを回り、指導していく。
二人ともとても指導が上手い。
生徒たちは元気な返事を返す。
カムイとリディアは待機している。
「ねぇリディア」
「なに?」
「なんでレオナさんが学校に来てるんだ?」
彼は不思議そうに尋ねる。
リディアは少し呆れたように答える。
「えっ?
だって、お母様はこの学校の経営関係者の一人なのよ」
とんでもない事実を知らされ、彼は驚愕する。
「経営関係者……?」
カムイは初めて騎士学校の歴史を知る。
レオナの家系とギルバート校長の家系は親戚に当たる。
その昔、両家は国の未来を考えて騎士学校を設立した。
リディアの祖父。つまりレオナの父とギルバート校長は、共に先代から騎士学校を受け継いでいる。
ギルバートは校長を務め、リディアの祖父は経営関係を担当していた。
祖父が亡くなってから、レオナが騎士学校の経営と、ロイヤルフォース騎士団の第四部隊隊長を兼任している。
まさにパワフルな女性だった。
カムイは唖然とする。
(そこまでバイタリティ溢れる人だったのか……)
訓練場に、生徒たちの掛け声が響き続ける。
リディアは少し申し訳なさそうに続ける。
「そういえば、言ってなかったわね」
他のクラスの人は下等部の過程終了日にレオナの紹介を受けたので、驚いてはいなかった。
復学してきたカムイは知らなくて当然だった。
二人が話していると、突然レオナの声が飛んでくる。
「コラそこ! 授業中に私語はだめだぞ!」
二人は慌てて背筋を伸ばす。
「はい! すみません!」
「申し訳ありません」
レオナは二人を見て、ニヤリと笑う。
そして、ふと思いつく。
「全員注目!」
ガルドも「?」といった表情を浮かべる。
レオナは声を張る。
「カムイ・ヴァルハート! 中央に来い!」
彼は驚いて声を上げる。
「えっ!?」
「駆け足!」
「はい!!」
彼はすぐに中央へ走る。
ガルドはレオナに近づき、小声で尋ねる。
「おいレオナ。 どういうつもりだ?」
「ガルドさん。 カムイと手合わせしてみてください」
彼は目を見開く。
「何を言ってるんだ!? 相手は生徒だぞ!」
「ガルドさん。 あいつのこと知ってるでしょ?」
彼は思い出す。
「カムイ……ヴァルハート……そうか! あいつか!」
ガルドは、彼がレオンハルト・ヴァルハートの息子だと気づく。
レオナは続ける。
「それに、あいつは下等部の過程をギルドのハンター任務で免除になってる。
戦いにはもう十分に慣れてるはずだよ」
ガルドも噂には聞いていた。
隣の街のギルドに、最年少ゴールドランクのハンターが現れたと。
噂だからと気にしていなかったが、それが本当で、なんとレオンハルトの息子だったとは。
ガルドは当然の疑問を口にする。
「しかし……なぜレオンハルトの息子がハンターなんぞに?」
家庭が複雑な事情を知っていたレオナは、詳しく話さずに笑う。
「まぁ、そういうのはいいじゃないですか!」
彼女は彼の背中を叩く。
「とにかく。 カムイは強いよ。
多分この学校の中じゃトップだ!」
にわかには信じられないガルド。
しかし、彼の実力には興味が湧いていた。
訓練場に、ざわめきが広がる。
カムイは二人の様子を眺めながら思う。
(何を話してんだ?)
するとレオナが声を上げる。
「カムイ!」
「はい!」
「今からお前にはガルド先生と手合わせをしてもらう!
本気でやるように!」
「えーー!」
周りの生徒もざわつく。
リディアも目を丸くする。
レオナはカムイに確認する。
「カムイ! 自分の武器は持ってきているな!」
「は、はい!」
ガルドも驚いた表情を見せる。
レオナは彼にも声をかける。
「先生も準備してくださいね!」
「お前は全く……」
部隊長を共に務めたガルドも、レオナの推しには弱いようだった。
訓練室に、緊張と期待が混じった空気が広がっていく。
カムイはカバンから槍を取り出す。
コンパクトに縮まった槍に魔力を込めると、シュパッと伸びる。
クラスメイトたちは初めて見る彼の槍に声を上げる。
「おおお!」
「あれがカムイの武器か……」
ガルド先生も、自身の武器である巨大な棍棒を持ってくる。
彼の巨躯に合った、長く太い鉄の棍棒だった。
軽く素振りをすると、「ブォン!」と空気を切る音が響く。
噂を聞きつけて、他学年の生徒たちも集まり始める。
元部隊長の戦いが生で見られるとあって、ざわめきはさらに大きくなる。
生徒たちがガルド先生の噂を交わす。
「昔...あの棍棒でジャイアントオークを一撃で倒したらしいぞ」
「一振りで百体以上のモンスターを薙ぎ払ったって話もある」
「本物の部隊長の戦いが見られるのか……」
訓練室は、急に多くの生徒で埋まり始めていた。
カムイは槍の確認をする。
リディアが歩み寄り、心配そうに声をかける。
「大丈夫? カムイ」
「まあ……なんとかなるよ!」
「も〜」
中央に歩くカムイとガルド。
他の生徒たちが話し始める。
「ガルド先生と戦う生徒、誰だ?」
「さあ?誰だ?」
「見ない顔だな...」
カムイとガルドはお互いに見合う。
彼はガルドを見上げて心の中で思う。
(でかい人だな〜)
ガルドが静かに口を開く。
「カムイ・ヴァルハート。
お前は炎の魔法が得意だったな?」
「はい!」
「よし!できればしっかりと実力を見たい。
生徒たちに被害が出ない程度で魔法を使いなさい」
「わかりました!」
距離をあけて構える二人。
レオナが声を張る。
「はじめ!」
すかさずカムイは超スピードでガルドの懐に飛び込む。
(速い!)
ガルドは驚きながらも、すかさず棍棒を振る。
彼の槍とガルドの棍棒が衝突する。
凄まじい風圧と火花が飛び散る。
生徒たちは悲鳴をあげて踏ん張る。
「うわっ!」
「すごい……!」
凄まじい戦いの起こる予感が、訓練場に満ちていく。
カムイとガルドの力比べが続く。
槍などすぐに折れると思っていたガルド。
しかし、彼の武器は柔軟性が高く、折れない。
ガルドは心の中で感心する。
(なるほど……いい素材を使っているな)
二人は一度離れて距離をとる。
彼は早速魔法を発動する。
無数のファイアボールをガルドに撃つ。
しかし、ガルドはまるで打ち返すように棍棒を振る。
(おいおい……)
まるでスポーツをするかのように打ち返されてしまった。
「ははは! 孫と遊んでる気分だな!」
「なら手加減してくださいよ!お爺ちゃん!」
「言ってくれるな!」
訓練場に、さらに熱のこもった空気が広がっていく。
カムイとガルドの戦いは熾烈を極める。
もはや授業のレベルではなかった。
周りの生徒もざわめく。
「これが……元部隊長の戦い……」
しかし、何よりも驚かれているのは、ガルドの戦いに食らいついているカムイ。
「だ、誰なんだあの生徒は!?」
「元部隊長にこんなについていけるなんて!」
リディアはカムイを見て小さく呟く。
「す、すごい……」
マールロイドも取り巻きたちと声を上げる。
「流石はカムイ様!!!」
カムイは必死に喰らいつくので精一杯だった。
ガルドはまだまだ余裕そうに構えている。
(これが部隊長か……)
元とはいえ、ロイヤルフォース騎士団の部隊長の強さを思い知る。
(これじゃ......あいつを超えられない!)
レオンハルトの顔が頭をよぎる。
そして彼は決断する。
(仕方ない……できれば使いたく無かったけど)
神聖力。
できればこれを使わずにのしあがりたかった。
変に使いすぎて騒ぎになったり、天界から注目されたくなかったからだ。
今まで最大で出力したのはダリアンとの戦い。
短時間の戦闘で誰も見ていなかったため、下界では騒ぎにならなかった。天界にも注目はされるだろうが、数千年に一度の神聖力を持つ人間として知られているなら、特に違和感はないだろう。
相手は元部隊長だ。
生半可な出力じゃ勝てない。
彼は神聖力を出力する。
体から淡い光が漏れ始める。
訓練場の空気が、一瞬で張り詰めた。
カムイの全身から光が溢れる。
ガルドは目を見開き、不思議な力に驚く。
「!?」
レオナも声を上げる。
「あれは!」
かつてピクニックの時に見せた彼の炎魔法。
その時の雰囲気に似たものを感じる。
彼は神聖力でパワーアップする。
力もスピードも飛躍的に向上した。
すかさずガルドに突っ込む。
ガルドは棍棒でガードする。
とんでもない響きが訓練室に響く。
彼は驚愕する。
(なんだ!? こいつの力!
さっきよりも強い!)
防戦一方になるガルド。
レオナは目を輝かせる。
(すごい!
やっぱりカムイは本物だ!)
彼の強さに、彼女は素直に感動する。
生徒たちも息を呑んで、二人の戦いを見守っていた。
(くそ! これでも耐えるのか!)
ほぼ全開の神聖力でも、ガルドを圧倒できない。
(やっぱり……)
彼は最近気にしていた。
神聖力の向上が見られないことを。
最近はどうも向上率が悪い。
ルミエル時代の力の半分もない。
(何が……何が足りないんだ!)
考えるのに夢中で、隙ができてしまう。
「隙あり!」
ガルドの攻撃を胴に喰らってしまう。
遠くに吹き飛ばされるカムイ。
ガルドも力を入れすぎてしまい慌てる。
「しまった!」
訓練場の壁に激突するカムイ。
皆が不安そうに見つめる。
すると、壁の向こうから元気な声が響く。
「いってぇぇぇ!!!」
どうやら無事なようだ。
リディアも安堵の息を漏らす。
「よかった……」
ガルド先生も彼のタフさに驚く。
手合わせは終了。
レオナは大爆笑する。
「ははは! 面白かったな!」
訓練場に、緊張が解けた空気が広がっていく。
素晴らしい戦いに生徒たちからの拍手が。
リディアは壁にぶつかったカムイを心配し、すぐに駆け寄る。
「本当痛いなこれ!」
彼女は安心して、少しだけ微笑む。
ガルドが慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!!」
「あ! 大丈夫です!
魔法ですぐ治りますよ!」
「そうか……」
ガルドは少し安堵しつつも、念を押す。
「とにかく! すぐに医務室に行くんだ!」
リディアがすかさず申し出る。
「私が連れて行きます!」
彼女は彼を支えて、医務室へと向かう。
心配そうに二人を見つめるガルド。
レオナが歩み寄る。
「大丈夫? ガルドさん」
「あ、ああ」
訓練室に、余韻が残る空気が広がっていた。
職員室。
ガルドは先ほどの手合わせが気になっていた。
(あの光……普通の魔法ではない。
まるで……神の加護のような)
戦った者にしかわからない感覚に驚いていた。
ふと、他の先生が声をかけてくる。
「ガルド先生、見ましたよ! さっきの戦い!」
「カムイ・ヴァルハートもよくやりましたけど、やっぱり先生には敵いませんね!」
先生の一人が続ける。
「それに最後! 先生も優しいですね!
あの局面で手を抜いて胴を打つなんて!」
そう。ガルドが最も気になっていたのは、その件だった。
(あの瞬間……私は決して手を抜かなかった)
カムイと戦っているうちに、彼は感じていた。
何かとんでもないものと戦っている気分。
魔界の魔物。
そんなレベルのものではない。
思わず必死になってしまい、力加減を誤った。
一瞬、殺してしまったかと思った。
しかし、彼は痛がるだけで無事だった。
歴戦の騎士の彼ですら、何が何だかわからなかった。
職員室に、静かな空気が流れる。
先生達が話す。
「それにしても……カムイ・ヴァルハートには期待できますね!」
「ええ! 流石は第一部隊隊長の息子!」
「ゆくゆくは父親の跡を継ぐんですかね?」
ガルドも少し気になった。
去年引退したロイヤルフォース騎士団の第五部隊隊長。
引退して唯一の心残りは、最近弱体化している第一部隊だった。
レオンハルトの異変から、彼が原因であることに間違いない。
そして、息子のカムイが騎士学校の下等部を休学して、ハンターをしていた。
(何か関係があるのか?)
彼は静かに考える。
職員室に先生たちの話し声が続く。
医務室で治療を受けるカムイ。
勤務医に魔法で治してもらう。
すぐに治った彼に、医者も目を丸くする。
「すごいね、君!」
彼は笑いを浮かべる。
リディアと共に廊下を歩く。
彼女は驚いている。
「ほんと...あなたの体どうなってるの?」
「へへへ! すごいだろ!」
教室に戻ると、皆が駆け寄ってくる。
ピンピンしている彼を見て、皆が安堵する。
すると、マールロイドが声を上げる。
「当たり前さ! カムイ様はいずれ、ロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長になる方だぞ〜!」
彼は苦笑いを浮かべる。
(レオンハルトを引きずり下ろすには……もっと力をつけなきゃ)
教室に、賑やかな空気が戻っていく。




