第八十話 想い
ある日の休日。
アリアは家事をしている。
レーゼはパラディンの散歩に出ている。
エレーナがカムイに声をかける。
「ねえ……ちょっと出かけない?」
「えっ!? なんで!?」
「いいから!」
彼女は彼の手を引き、玄関へ向かう。
アリアはそれを見て、穏やかに微笑む。
「あら? 出かけるの? 気をつけてね」
二人は近くの街まで出かける。
カムイは一人考え込む。
(急にどうしたんだ?)
街に入ると、エレーナがみんなに声をかけられて人気者だった。
ライデンビッヒ公国での一件で、ギルドがヨルンは悪い里ではなかったことを証明したくれた。
まだこの世界全域に伝わってはいないが、少なくともこの小さい街では、ヨルンへの偏見はなくなっていた。
「エレーナちゃん!今日もかわいいね!」
「レーゼちゃんは? 元気にしてる?」
彼女は笑顔で応じる。
カムイはそれを見て、安堵する。
(よかった……)
それと同時に、笑顔で街の人と話す彼女を見て、静かに思う。
(……可愛いやつだな)
二人は並んで、賑やかな街を歩いていく。
ふと露店を見る二人。
エレーナが目を輝かせる。
「これ、可愛い」
ブローチを指差す彼女に、カムイが頷く。
彼はすぐに店のおじさんに声をかける。
「おじさん! これ一つ!」
エレーナが目を丸くする。
「えっ!?」
なかなか高かったが、彼は平然とお金を出す。
「大丈夫大丈夫! ハンターの時のお金があるから!
それに……エレーナ。
もうすぐ誕生日だろ? ちょっと早いけど、プレゼント!」
誕生日を覚えてくれていたことに彼女は驚く。
昔、旅の時にサラッと言ったのをちゃんと覚えていてくれたのだ。
「も〜! なんでそんなサラッとできるのよ!」
彼女は顔を真っ赤にして、早足で歩き出す。
彼は慌てて追いかける。
「おい、待てよ!」
エレーナは歩きながら、心の中でイライラする。
(もー! なんで私が惚れちゃうのよ!)
自分が彼を惚れさせないといけないのに、自分が惚れ直してしまっている。
その事実に、彼女はますます顔を熱くする。
賑やかな街の中を、二人は並んで歩いていく。
二人はレストランで食事をする。
カムイがハンター時代にお世話になった店だった。
料理長が顔を出して茶化す。
「お! カムイ! 今日はデートか?」
「違いますよ、料理長」
彼は苦笑いしながら答える。
二人で食事を楽しんでいると、ある冒険者一行がやってくる。
スラっとした整った顔の冒険者だった。
旅をしてこの街に来たのだろう。
その冒険者はまっすぐエレーナに歩いてくる。
「君が……ヨルンの魔女、エレーナさんですね?」
どうやらこの辺りでヨルンの魔女が暮らしていると聞きつけたらしい。
「ぜひ、うちのパーティに入ってください。」
エレーナは困ったように言葉を濁す。
冒険者の男はマシンガントークで、言葉巧みに彼女をスカウトし続ける。
「君の力があれば、もっと先まで進める!
一緒に地位と名誉を手にいれよう!」
すると、カムイが我慢できずに口を挟む。
「おい! やめろよ。 今食事してんだよ!」
冒険者の男は彼を見て、軽く鼻で笑う。
「なんだ君は? 彼氏かい?」
「いや……そんなんじゃ」
「なら黙っててくれないか?
君みたいな子では、釣り合わないよ!」
その言葉に、エレーナが怒る。
「そんなことありません!
カムイは立派な人です!
私の好きな人を馬鹿にしないでください!」
店内が、一瞬で沈黙する。
カムイも「……」と固まってしまう。
公衆の面前で大声で言ってしまい、エレーナは顔を真っ赤にして俯く。
「……あ」
彼女は自分の発言に気づき、ますます恥ずかしそうにうつむく。
カムイが口を開く。
「何度も言うけど、いま大事な人と食事中なんだよ!
邪魔しないでくれないかな?」
冒険者は関係ないとばかりに、エレーナの手を握ろうとする。
その瞬間、カムイは冒険者の腕をガシッと掴む。
鬼の形相で低く告げる。
「僕の大事な人に......手出すなよ!!!」
「カムイ……」
冒険者は手を下げ、苛立った声を上げる。
「まったく! なんなんだ!」
ふと「カムイ」という名前を聞き、彼は考える。
(ん? カムイ……どこかで聞いた気が……)
すると、ギルドのハンターたちがワイワイしながら店に入ってくる。
彼らはカムイを見つけるなり、大声で騒ぎ出す。
「お! カムイじゃねぇか!」
「なんだよ、またデートかよ!」
「しかも今日はエレーナちゃんか!」
「いいね〜!」
ハンターたちと仲良く話す彼を見て、冒険者は思い出し、青ざめる。
カムイ・ヴァルハート。
ギルドでも伝説級の超有名なハンター。
若いとは聞いていたが、自分と同い年くらいだと思っていた。
これほどまで若いとは知らなかった。
冒険者の仲間たちが、慌てて噂を口にする。
「カムイ・ヴァルハートといえば! 炎で一瞬で相手をチリにしたり……」
「気に入らないことがあれば相手をボコボコにしたり!」
少しおかしい噂もあるが、冒険者の男はすでに顔色を変えていた。
「す、すみませんでした!!!」
彼は仲間と一緒に、慌てて退散する。
店内にハンターたちの笑い声が響く。
エレーナは少し驚いた顔で、彼を見つめていた。
帰り道。
カムイは明るく笑う。
「いや〜 まいったねー」
楽しい食事の時間にアクシデントがあり驚きだった。
後ろを歩くエレーナは、黙り込んで考えていた。
(カムイが「大事な人」って……)
あれは一緒に住む者としてなのか、女性としてなのか。
彼女は確かめたいと思い勇気を出して尋ねる。
「ねぇ、カムイ。
昔一緒に旅したこと、覚えてる?」
「当たり前だろ。」
「帰りに...私がカムイのこと好きって言ったことも?」
「あ、ああ……」
エレーナは真剣な目で彼を見る。
「今の私……どうかな?
女性として……見れる?」
「えっ!?」
彼女はさらに踏み込む。
「私のこと......抱ける?」
「えっ!?」
彼は心の中で激しく動揺する。
「お、おいおい...」
(ど、どうしたんだ!? エレーナのやつ! 今日はやけに積極的に!)
見下ろすと、上目遣いに見つめてくる彼女。
正直、めっちゃ可愛い。
だけど……と思いながらも、気づけば彼は彼女を抱きしめていた。
つくづく、自分は欲望に弱いことを感じる。
二人は街の宿へと向かう。多くのカップルが愛を育むためによく使われる宿だ。
互いにシャワーを済ませ、ベッドで隣り合わせに座る。
エレーナは少し緊張した表情で、普段あまり見ない下着を着ていた。間違いなく勝負下着だ。
彼は優しく声をかける。
「綺麗だね」
「そう? 変じゃないかな?」
彼は彼女を抱き寄せる。
「そんなことないよ。とっても綺麗だ」
しばらく、二人は見つめ合う。
カムイは静かに確認する。
「本当にいいのか?」
彼女は小さく頷き、答える。
「うん……カムイがいいの」
二人の間に甘い雰囲気が流れる。
カムイとエレーナはキスをする。
初めてのキスに、お互いに興奮する。
エレーナは心の中で歓喜する。
(キス……しちゃってる!)
「エレーナ。綺麗だね」
「カムイのために頑張ったんだよ」
時には、エレーナが不安そうな表情を浮かべることもあった。
それに気づいたカムイは、優しく彼女を抱き寄せる。
彼の優しさは知っていた。けれど、こういう時の彼は、いつも以上に温かい。
彼女はそっと彼の胸に身を委ねた。
「ありがとう……」
カムイは彼女を優しく抱きしめ、二人は静かに寄り添っていた。
カムイの優しさは、これだけではなかった。
時が進むにつれ、エレーナは緊張から、思わず息を詰めた。
好きな人との大切な時間。少し戸惑いながらも、彼女は彼の腕をぎゅっと握る。
彼は心配そうに声をかけた。
「大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
そして彼女は彼を抱きしめ、嬉しそうに囁いた。
「嬉しい♡」
その言葉に、カムイは改めて、エレーナが本気で自分を好きでいてくれるのだと感じた。
またしばらく時が経ち、二人はようやく落ち着いた。
ベッドで寄り合う二人。
エレーナが小さく告げる。
「カムイ。大好き♡」
「うん。僕もだよ♡」
二人の絆はより深まっていた。
その日の夜中。たまたま家の廊下ですれ違ったカムイとエレーナ。
二人とも照れ臭い表情をする。
エレーナがカムイに聞く。
「ねぇカムイ......リディアちゃんとは?」
「な、なんだよ急に...」
「答えて」
カムイは少し考える。
「......ま、まだだよ...」
その言葉を聞いて、エレーナは笑顔になる。
リディアより先にカムイと愛し合えたことを嬉しく思う。
「そっか♡」
彼女はルンルンで部屋に戻っていく。
去っていくエレーナを見つめるカムイ。
愛されることは本当に嬉しく幸せなことだが、リディアとそこまで張り合うかと驚きはある。
翌朝。
アリアが起きてキッチンに向かうと、エレーナがすでにカムイのお弁当を作っていた。
「あら、エレーナ。 早いのね?」
「はい。 今日は全部作ってみたいなと思って」
やがてカムイとレーゼも起きてきて、四人で朝食を食べる。
エレーナが彼にお弁当の話をすると、二人は自然と盛り上がる。
「今日は卵焼き多めにしたよ」
「ありがとう。 嬉しいな」
アリアは静かにその様子を眺める。
(なんだか……今日の二人は、とても仲がいいわね)
食卓に、穏やかな朝の空気が流れていた。
騎士学校のお昼休み。
中庭のベンチ。
弁当を見るカムイ。
これまた美味しそうだった。
アリアのものとはまた違う美味しさに、彼は感心しながら食べる。
「すごいな〜」
すると、隣のリディアがまたしても膨れている。
彼が「あっ」と気づくと、彼女は拗ねた声で言う。
「ふん! いい愛妻弁当ね!」
「ち、違うよ!そんなんじゃないから!」
彼は慌てて弁明する。
リディアはますます膨れっ面になる。
「はいはい。 わかりましたよ!」
中庭に、気まずい空気が流れていく。
夕方。
シルバレイン家。
リディアがプンプンしながら廊下を歩き、侍女たちに願い出る。
「料理を教えてください!」
あまりの頼みに、侍女たちは目を丸くして驚く。
しかし、彼女は本気だった。
学校の勉強と同じくらい、必死に学ぶ。
そんな様子を、こっそりと見ている父グリルと母レオナ。
グリルが小声で呟く。
「リディアのやつ……急にどうしたんだ?
今日は稽古ではなく、料理なんて……」
「さあ?
この間はカムイと久しぶりに会えて、ルンルンだったのに……」
レオナも首を傾げる。
二人は不思議そうに、娘の真剣な姿を眺めていた。
屋敷の厨房に、熱のこもった空気が広がっていく。
すると、レオナが「よーし!」と腕まくりをする。
グリルが慌てて止めようとする。
「お、おい……お前何を!?」
レオナはすでにキッチンに入っていた。
「リディア! 母さんが料理を教えてやろう!」
「本当ですか!」
リディアは目を輝かせる。
グリルと侍女たちは、一斉に青ざめる。
実はレオナは料理が全くできない。
作ればキッチンはメチャクチャになり、作る料理も食べられたものではない。
しかし、なぜかはわからないが、リディアはレオナの料理が大好きなのだ。
レオナ自身も自分の料理は美味しいと感じるらしい。
どうやらとんでもない味覚の遺伝をしている。
侍女たちが必死に止めに入る。
「レオナ様! それは……!」
「遠慮するな!」
レオナは意気込んで材料を掴む。
グリルも止めに入る。
「お、おい、レオナ。 リディアの邪魔になるかもしれんぞ」
するとリディアは笑顔で答える。
「いいえ! お母様の料理を作れるようになりたいです!」
感覚が完全にレオナ側だった。
グリルは頭を抱える。
キッチンに、危険な空気が広がり始めていた。
レオナは豪快に食材を切り、とにかく火だとばかりに炒め始める。
まるで戦闘をしているかのようだった。
「もっと火力を! ここは攻め時だ!」
侍女たちはもう手がつけられないと観念し、距離をとる。
グリルが頭を抱えていると、なぜか顔スレスレに包丁が飛んでくる。
彼は青ざめて後ろに下がる。
「あ、すまん」
レオナが平然と謝る。
「もうやめろぉぉぉ!」
流石に我慢できなくなったグリルが、止めに入る。
キッチンはすでに、戦場のような惨状になっていた。




