第七十九話 上等部
そして新学期。
ついにカムイが騎士学校に戻る日が来た。
学校指定の制服に着替えるカムイ。
ずっとハンターとして、動きやすいラフな格好で過ごしていたカムイ。久しぶりの制服に変な感じがする様子。
「なんか落ち着かないな〜」
玄関では、アリアとエレーナとレーゼが彼を見送る。
アリアが優しく声をかける。
「行ってらっしゃい、カムイ」
エレーナは腕を組みながら、少し呆れたように言う。
「モテモテの学校生活の再会ね。」
「お前な〜」
レーゼも元気よく手を振る。
「カムイお兄ちゃん、がんばってね!」
彼は三人に向き直り、明るく告げる。
「じゃ! 行ってきます!」
家を出ると、パラディンも出迎えてくれた。
戯れる白い狼の頭を、彼は優しく撫でる。
「はは! なんだよ! 寂しいのか?」
パラディンに乗っていくのも派手でかっこいいと思ったが、流石に騒ぎになる。
エレーナが呆れた声を上げる。
アリアとレーゼはそれを聞いて、楽しそうに笑う。
相変わらずのカムイを、三人は温かく見送っていた。
朝の光の中、彼は騎士学校へと向かう。
走って登校するカムイ。
ハンター仕込みの足は伊達ではなかった。
凄まじいスピードで駆け抜ける。
ギルド付近の街の人が驚いて声を上げる。
「あれ? 今のカムイ君?」
「あら! 制服だったけど……見間違い?」
ぼやく人々の声が、朝の街に溶けていく。
ギルドの前を通ると、顔馴染みのハンターたちが手を振る。
「おう! カムイ!」
彼は走りながらも、軽く手を挙げて挨拶をする。
「相変わらず忙しねぇやつだな〜」
「あいつ……王国の騎士になるかもしれないんだよな。」
なんだか、ここに初めて来たのがついこの間のように思えるぜ!」
皆、昔を思い出すように穏やかな声を交わす。
すると、アレンがやってくる。
「さあ! お前ら! 仕事だぞ!
メロンさんが今日もたんまりと用意してくれてる!」
ぼやきながらギルドに入っていくハンターたち。
アレンは走り去るカムイの後ろ姿を、静かに見送る。
(カムイ君……頑張るんだぞ!)
受付のメロンも、静かに思う。
(今日からカムイ君は騎士学校か……)
騒がしい日々がなくなり、少し寂しい気持ちが胸に広がる。
それでも彼女はすぐに表情を整え、やってきたハンターたちに仕事を振り始める。
「はい、今日の依頼はこちらです!」
ギルドの朝が、いつも通りに動き出していた。
騎士学校に着くカムイ。
相変わらず、デカい建物が目の前にそびえている。
近くではたくさんの馬車が止まり、生徒たちが降りてくる。
下等部の一年生だろうか。
初々しい子も多い。
「懐かしいな〜」
その光景を見ながら、彼はリーラのことを思い出す。
下等部の時は、いつも送り迎えをしてくれたヴァルハート家の侍女長。
(元気にしてるかな……)
校門の前で一瞬足を止め、彼は空を見上げる。
教室に向かうカムイ。
教室の扉を開けて入ると、すぐに一人の女子生徒が気づく。
「あれ? カムイ君?」
他の生徒たちも次々にこちらを向き、教室が大歓喜に包まれる。
時はたっているが、きちんと彼を覚えているようだった。
「カムイ様!!!」
崇めたてるようにやってくる一人の男とその仲間たち。
マールロイドだった。
「よく帰ってきてくれました!
カムイ様がいなくなってどれだけ悲しかったか!」
周りの男子生徒も揃って頷く。
カムイは苦笑いを浮かべる。
「わ、悪かったな……」
すると、アリルがやってくる。
「カムイ君!」
彼は懐かしく声を返す。
金髪ショートだった可愛らしかったアリルも、少し大人びていた。
二人は自然に挨拶を交わし、教室の空気がさらに和やかになっていく。
みんなでワイワイしていると、突然声がかかる。
「カムイ」
彼が教室の入り口に目をやると、そこに一人の女の子が立っていた。
すぐにわかった。
リディアだった。
しかし、数年前のデートの時に比べて、明らかに綺麗になっていた。
銀の髪を高い位置で結んだツインテールが揺れ、制服姿がとてもよく似合っている。
リディアはゆっくりと歩み寄る。
「久しぶり」
「……リ、リディア。 久しぶり」
カムイはつい見惚れてしまい、少しだけたどたどしくなっていた。
リディアは首を傾げて、彼をじっと見る。
「どうしたの? そんなに固まっちゃって」
「い、いや……ちょっと驚いたというか」
彼女は少し照れたように、自分の髪に手を添える。
「あ〜♡もしかして私に見惚れてくれたの?」
「い、いや...そ、そんな...」
周囲の生徒たちが、二人の再会に興味深そうな視線を送っていた。
教室の空気が、少しだけ特別なものに変わっていく。
すると、一人の女子生徒が声を上げる。
「も、もしかして二人は付き合ってるの!?」
「ええーっ!?」
「やっぱりそうだったのか!」
カムイとリディアは慌てて否定する。
「ち、違う! 付き合ってない!」
「そ、そうよ! ただの友達!幼馴染!」
しかしクラスはますます色めき立つ。
「でも、下等部時代の舞踏会で二位を取ったコンビだよ?」
「あれだけ息ぴったりだったんだから、絶対何かあったでしょ!」
リディアは耳まで赤くする。
「も、もう……やめてよ、みんな」
カムイも苦笑いを浮かべながら、頭を掻く。
それでもクラスの盛り上がりは止まらず、教室全体が明るい笑い声に包まれていく。
女子生徒たちがカムイを取られて悔しそうな声を上げる中、教室の扉が開く。
「はーい。みなさん。席についてください」
ルーナ先生だった。
担任も変わっていないようだ。
みんなが席につき、ルーナ先生は優しく微笑む。
「上等部も引き続き、私が担任をします。
よろしくね。」
そして、彼女はカムイの方を向く。
「カムイ君。お帰りなさい」
その言葉に、クラス中が拍手を送る。
隣の席に座ったリディアが、小さな声で彼に囁く。
「おかえり」
「……ただいま」
ルーナ先生は満足そうに、黒板の前に立つ。
「さて、今日からまた一緒に頑張りましょう」
教室に、温かく新しい学期の空気が流れ始めていた。
ルーナ先生が上等部のカリキュラムを説明する。
基本的には下等部だが、圧倒的に実務授業が増える。
武器を用いた実践的な授業が中心になる。
生徒たちが息を呑む。
「実践が増えるのか……」
「厳しい先生ばかりだって聞いてるよ」
カムイは静かに思う。
(この授業で……対人戦を極めるんだ)
隣で彼の横顔を見つめていたリディアも、その決意のような表情に気づく。
彼女は小さく拳を握り、心の中で呟く。
(私も……頑張ろう)
ルーナ先生は黒板に簡単な予定を書きながら、優しく続ける。
昼休み。
リディアが照れながらカムイに声をかける。
「ねぇ、カムイ……その……一緒に食べない?
昔みたいに」
「うん。 いいよ」
二人は中庭に向かう。
中庭のベンチ。
二人がよく下等部の頃に一緒に食事をしていた場所だった。
リディアが感心したように言う。
「カムイのお弁当、綺麗だね」
アリアの手作りだ。
とても愛情がこもっている。
「うん。 お母様の料理はすごいからね!」
リディアも一緒に食べ始める。
食べている途中、カムイが「へ〜」と小さく呟く。
「どうしたの?」
リディアが尋ねると、彼は弁当の中の一つを指差す。
「これ、エレーナが作ってくれたおかずなんだ。
話には聞いてたけど、なかなか美味しかった」
その言葉に、リディアの表情が少しムッとする。
昔会ったエレーナ。
カムイを取り合う恋のライバルになりそうな女の子を、彼女は覚えていた。
「あっ……」
彼はすぐに失言だったと気づく。
リディアは「ふん!」と拗ねた声を出す。
「……エレーナさん、上手なのね!」
「ち、違うよ!本当にただのおかずの話で......」
必死に謝る彼に、彼女は少しだけ唇を尖らせたまま、黙って弁当を食べ続ける。
リディアは拗ねつつも、心の中では嬉しかった。
こうしてまたカムイと一緒に学校で食事ができること。
必死に弁明している彼の様子を見て、彼女はふっと笑う。
「な、なんだよ〜」
「別に〜」
とても幸せな日常が、また戻ってきたように感じた。
中庭のベンチで、二人は再び穏やかに食事を続ける。
すると、遠くで男の子と女の子が食事をしていた。
下等部の新入生だろうか。
ふと昔の自分たちに重なる気がして、カムイは微笑ましく思う。
だが、その光景を邪魔するとばかりに、因縁をつけてくる生徒がいた。
上等部の生徒。
カムイ達よりも歳上だろう。
下等部の生徒が怯えて震えている。
リディアが「大変!」と立ち上がると、カムイはすでに向かっていた。
怯える生徒を脅す先輩に、彼は声をかける。
「おい!!」
たくさんのハンターのおっさんたちを率いてきた彼にとって、上下関係など関係ない。
先輩たちはもちろん、無礼な後輩に怒る。
「なんだテメェ!」
「下級生を脅すなんて、小さいですね〜」
怒った先輩たちが手を出そうとした瞬間、彼は瞬時に返り討ちにする。
一人は腹部を殴られてうずくまる。
瞬時に動き、もう一人の後頭部に睡眠魔法をかけて気絶させる。
最後、殴ってくる男の後ろに回り、腕を掴んで骨を外す。
「お、折れたぁ〜!」
「折れてねぇよ!!」
もがく先輩に顔を合わせ、低く脅しつける。
「おい! いいか!
二度と偉そうな態度取るんじゃないぞ!」
とても後輩とは思えない恐怖感に、先輩は青ざめる。
「は、はい!」
「ならいいんです! さすが先輩!
すぐにわかってくれた!」
先輩は「ひぃぃ!!」と怯えながら、気絶している仲間を連れて逃げる。
下等部の生徒たちは、呆然と彼を見つめていた。
リディアも、少し離れた場所からその様子を見ていた。
中庭に一瞬の静けさが戻る。
リディアが駆け寄ってくる。
「カムイ! 大丈夫?」
「ああ! あんなの軽い軽い!
ハンターのおっさんが酔い潰れた時の方が大変だよ!」
二人の下級生に歩み寄る。
「大丈夫?」
下級生たちは目を輝かせて、深く頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「お! 元気いいな!」
カムイは楽しそうに笑う。
その笑顔がとても自然に見えた。
リディアは少し離れた場所から、そんな彼を見つめる。
(しばらく会わなかった間に……とても頼もしくなったな〜)
昔から頼もしくはあったが、さらに頼もしくなったと感じる。
(ちょっと荒っぽくもなったけど)
心の中で苦笑いしながらも、彼女は静かに微笑む。
学校が終わり、下校するカムイとリディア。
彼はそのまま歩きだが、リディアは馬車が迎えに来ていた。
彼女が提案する。
「途中まで一緒に乗っていく?」
「いいの?」
「うん。 せっかくだし」
馬車で進む中、リディアは少し照れながら切り出す。
「ねぇ……今度、また一緒にどこか行かない?」
「もちろん。 いいよ」
彼はすぐに頷く。
彼女の顔が、嬉しそうに緩む。
カムイはリディアを見つめる。
(本当に……綺麗になったな……)
彼は思わず、胸元に目をやってしまう。
昔に比べて豊かに成長した彼女に、一瞬息が止まる。
(いかんいかん)
慌てて目を逸らす。
リディアは気づかずに、赤くなっている彼を気にかける。
「どうしたの? 顔、赤いけど」
「だ、大丈夫!」
彼はすぐに取り繕う。
やがて分かれ道になり、彼は馬車を降りる。
「じゃあ!明日また!」
「うん。 また明日」
去っていく馬車を、彼は静かに見つめる。
家に帰るカムイ。
アリアが出迎える。
「おかえりなさい、カムイ」
しかし彼は、どこか上の空だった。
(どうしたのかしら?)
アリアは少し心配そうに彼を見る。
食事の時間になっても、彼はボーッとしながら食べている。
「カムイ? 大丈夫?」
アリアが声をかけると、彼はハッとして顔を上げる。
「あ……うん!大丈夫だよ」
無理に笑顔を作って、いつも通りを装う。
そんな様子を、エレーナは一人で怪しむ。
(学校に行ったってことは……あのリディアって子に会ったってことよね?)
彼女は静かに箸を進めながら、彼の顔を見つめていた。
夜。
アリアはカムイの体調が悪いのかと思い、今日は夜這いをしなかった。
寝室では、彼が静かに横になっている。
一方、エレーナとレーゼの部屋。
すやすやと眠るレーゼの寝息が静かに響いている。
机では、エレーナが考えていた。
(リディアって子に...負けたくない。)
その感情がより一層高まった気がする。
(そのためにも……まずはもっと距離を縮めないと!)
彼女は小さく拳を握り、決意を新たにする。




