第七十四話 第六部隊隊長
ある日。
ロイヤルフォース騎士団の第六部隊支部。
部隊長のナリア・ブランケットは、机に向かって書類を仕上げていた。
人間とドワーフのハーフである彼女。長い紫の髪を背に流し、紫色を基調とした装甲とマントを身に着けている。
ライデンビッヒ公国事件の後処理。
最後の書類にサインを終え、彼女は大きく体を伸ばす。
「ふ〜! できたぁ!」
椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
外では、部下たちがモンスターたちの世話をしていた。
ナリアは満足そうに目を細める。
「うんうん!
今日もみんな元気そうね!」
穏やかな午後の光が、第六部隊の敷地を照らしている。
ナリアはあの時のことを思い出す。
フラスタリア王国の貴族令嬢、カレン・アイゼンフォルクを保護した際。
カレンが駆け寄り、キスをした男の子。
どこかで見たことのある面影が、頭の片隅に引っかかっていた。
考え込んでいると、慌てた様子の部下が部屋に飛び込んでくる。
「ナリア隊長!」
「どうしたの!」
部下は気まずそうに報告する。
「第一部隊が、魔界のモンスター討伐を行っているのですが、かなり戦況が悪く、応援要請がかかりました!」
急な応援要請。
そもそも、魔界のモンスターと戦うなら、モンスターの扱いに長けた第六部隊と合同にするべき。会議でも話には出ていたのに、第一部隊は単体で討伐に向かったのだ。
ナリアは眉をひそめる。
「も〜! 急な要請は色々と困るのに〜!」
それでも彼女はすぐに部隊長室を飛び出す。
廊下を急ぎ足で歩きながら、さらに詳しい戦況を聞く。
しかし、伝えられる内容はあまりにも悲惨だった。
「なんでそんなになるまで放っておいたの!?」
部下が言い淀む。
「それが……」
言葉を濁す部下の表情に、ナリアは嫌な予感を抱く。
第六部隊の廊下に、緊張した空気が流れ始める。
遠く離れた戦場。
魔界のモンスターが激しく侵攻してきていた。
多数のゴブリンやオークが第一部隊を圧倒し、空には硬い装甲に包まれたワイバーンが複数飛び交っている。
第一部隊の隊員たちは次々に倒されていく。
部隊長のレオンハルトは、ただ絶望した表情でその光景を眺めるしかなかった。
そのとき、第六部隊が到着する。
隊員たちが飛竜に跨り、空から助太刀に入る。
空のワイバーンが次々と撃ち落とされ、地上のモンスターも連携した攻撃で倒されていく。
残った第一部隊の騎士たちも、ようやく反撃に転じる。
激しい戦いの末、なんとか勝利を収めた。
負傷者はかなり多く、救護班が次々に第一部隊の騎士を運んでいく。
ナリアは戦場を静かに見渡し、強い憤りを感じていた。
そして、遠くに佇むレオンハルトを睨む。
(ちょっと前までは……こんなことなかったのに。
一体何があったの!?)
かつての精鋭部隊の姿はそこにはなかった。
夕暮れの戦場に、重い空気が淀んでいる。
一方、騎士団第二部隊の隊長室。
グリルが静かに執務をしていたところへ、妻であり第四部隊の部隊長であるレオナが、イライラした様子で入ってくる。
「あ〜! もうなんなんだよ!」
グリルはビクッと肩を震わせる。
「ど、どうしたんだ!?」
「おい、聞いてくれよ!」
レオナの怒りはとんでもないものだった。
数時間前。ナリアと部下の会話の続き。
ナリアが部下からの報告を受け驚愕した。
「応援要請する部隊を間違えた!?」
「はい。
どうやら第一部隊のミスで、第六部隊へ応援要請をするはずが、間違えて第四部隊に応援要請をしてしまったみたいなんです」
訂正が重なり、騎士団本拠地では激しく混乱した。
その結果、第六部隊への正式な連絡が遅れ、戦況が悲惨な事態にまで悪化していた。
第二部隊隊長室。
レオナは強く息を吐く。
「第一部隊は何をやってるんだよ!」
グリルは苦い表情で、黙ってその言葉を聞いていた。
戦場。
ナリアは文句を言うために、レオンハルトに歩み寄る。
「レオンハルト隊長。
連絡ミスの原因を聞かせてください」
彼は黙ったまま、彼女を見ようともしない。
ナリアはイライラを抑えきれず、声を荒げる。
「部下の皆さんがあんな目にあって、辛くないんですか!」
すると、レオンハルトが激昂する。
「うるさい!
お前に何がわかる!
この半端な血筋が!」
明らかな悪口。
ナリアはショックを受け、声を震わせる。
「な、なんですか! その言い方は!」
彼は「フン!」と鼻を鳴らし、そのまま背を向けて去っていく。
一人残されたナリアは、その場に立ち尽くした。
ナリアは決して間違ったことは言っていない。
それなのに、ハーフである自分を差別するような発言。
両親までもが侮辱されたような気分になり、彼女の目に涙が浮かぶ。
第六部隊の部隊長室。
ナリアは机に向かい、ただ黙って座っていた。
レオンハルトから浴びせられた言葉が、いつまでも耳から離れない。
数百年前。
彼女は人間の母とドワーフの父の間に産まれた二人姉妹の妹。
当時、異種族の結婚はあまり良く思われていなかった。
そのため、ナリア達家族は街から少し離れて人目を避けてひっそりと暮らしていた。
人間の母親が病気で亡くなったあと、ドワーフの父親と姉の三人暮らしになった。
そんなある日。
フラスタリア王国の貴族が、異種族結婚をした父を「不純」と判断し、騎士を差し向けて家族三人を処刑対象にしてきたのだ。
父親は娘二人を庇い、命がけで逃がした。
父はそのまま処刑され、ナリアと姉は国の外で密かに暮らすことになった。
暮らしが安定してきた頃。
二人を訪ねてきた者がいた。
それは、当時のロイヤルフォース騎士団の団長だった。
ロイヤルフォース騎士団は、この時期でも数百年続いた歴史ある騎士団だったが、まだ国に直属と認められるほどではなかった。団長は騎士団を強くするために、ナリアの「モンスターを手懐ける力」が必要だと語った。
もちろんその誘いは断った。
自分たちを追い出したフラスタリア王国のために働くなんてまっぴらだ。
それでもその団長は、根気よくナリアを誘い続けた。
時には姉が激怒し、団長を追い返すこともあった。
転機が訪れたのは、ロイヤルフォース騎士団が貴族たちの異種族同士の愛に対する偏見を打ち砕いたときだ。
団長はナリアを説得するために、まずは偏見そのものから変えていったのだ。
その事実を知り、ナリアは自ら足を運び、ロイヤルフォース騎士団を訪れた。
団長にお礼を言い、忠誠を誓って働くことを決めた。
彼女の加入により、騎士団は強い存在となっていった。
第六部隊という新しい部署を作ってもらい、部隊長としてモンスターの飼育に専念できるようになった。
ロイヤルフォース騎士団は巨大な組織へと発展し、ついには王国直属にまで上り詰めた。
ドワーフと人間のハーフであるナリアは、突然変異なのか寿命が凄まじく長い。
多くの部下との出会いと別れを繰り返した。
騎士団の部下達は、何度入れ替わろうともナリアを慕ってくれた。
誰も、彼女の血筋を理由に酷いことを言わなかった。
だからこそ。
数百年ぶりに気にしていたことを面と向かって言われ、ショックが大きかった。
机に突っ伏したまま、ナリアは小さく息を吐く。
部隊長室に差し込む夕日が、彼女の紫の髪を静かに照らしていた。
ロイヤルフォース騎士団の部隊長会議。
あまりレオンハルトと顔を合わせたくないナリアは、ただ書類を見つめていた。
淡々と会議が進む中、ふと気になって彼の方を見る。
顔つきは、さらに悪くなっていた。
そして、ついに彼女は気づく。
あの時、カレンが駆け寄ってキスをした少年。
どことなく、レオンハルトに似ている気がする。
(確か……レオンハルト隊長には息子さんがいたはず......
でも、あんなところに部隊長の息子さんがいるなんて......)
ありえないことだと思い、彼女は再び書類に視線を落とす。
食堂で食事をするナリア。
あの少年は、レオンハルトに関係があるのではないかと思っていた。
食事を終え、食器を返却しようとしたとき。
角のテーブルで、第一部隊の騎士たちが小声で話しているのが聞こえてきた。
「レオンハルト隊長さ、奥さんに逃げられたらしいぞ!」
「えっ!? マジかよ!」
「ああ。 息子も一緒に出て行ったってさ!」
その会話を、ナリアはこっそりと耳にする。
彼女はハッと目を見開く。
「もしかして……」
返却口の前で、彼女の手が小さく止まる。
食堂の喧騒の中で、ナリアの胸に確かな予感が芽生え始めていた。
ナリアは、やっぱりあの少年はレオンハルトの息子だと確信する。
第一部隊の部隊長の息子が、賊やハンターと共謀していた。
最近のレオンハルトの変化に、何か関係があるのではないかと思った彼女は、すぐに一人で支部を出る。
紫のマントが、風に軽く揺れていた。




