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第七十三話 女の戦い

 二人はソファで隣り合わせに座る。

 少し緊張した空気が流れる。

 二人きりなのだから当然だった。



 リディアが意を決したように、カムイに体を寄せる。


「ねぇカムイ?」

「ど、どうした!?」

「……カムイってさ。

 どんな女性がタイプ?」


 彼は思わず目を丸くする。

 リディアは不安そうに続けて尋ねる。


「歳上の……綺麗な人が好き?」

「い、いいや! 別にそんなこと!」


 彼が慌てて手を振ると、彼女の表情が少し明るくなる。


「ほんと!?」


 リディアは彼の手をそっと握り、声を震わせながら告白を始めようとする。


「あ、あのね! わ、私! カムイが……」




 その瞬間。

 奥の扉が開く音がした。


「は〜。徹夜して魔導書読むんじゃなかった......」


 眠そうな声とともに現れたのはエレーナだった。

 長いピンクの髪を下ろし、白いチュニックに薄紫の羽織、水色のズボンというラフな部屋着姿。

 素足のまま、あくびをしながらリビングに入ってくる。

 彼女の視線がソファに座る二人に向く。

 カムイと知らない女の子が手を握っている現場。

 エレーナの動きが完全に止まる。

 リディアも握った手のまま固まる。

 カムイは顔面蒼白になる。

 部屋全体に凍りつくような沈黙が落ちる。



 エレーナは目を見開く。


(この子……もしかして!)


 話に聞いていたリディアという女の子だと、すぐに確信する。

 リディアが戸惑ったように声を上げる。


「えっ?」


 彼女はカムイに向き直り


「ねぇ! カムイ! この子......誰!?」

「ええっと!その!」


 彼が言い淀む中、エレーナが先制攻撃を仕掛ける。




 得意げな表情でハッキリと名乗る。


「初めまして。

 カムイと《一緒に!》暮らしている、エレーナ・ウィッチフォールです!」


「一緒に」という言葉をわざと強調する。

 リディアの目が見開かれる。


「い、一緒に!!!」


 カムイが慌ててフォローに入る。


「ち、違うよリディア!

 その、エレーナは僕がギルドの任務の時に……」


 言いかけたところで、リディアが負けじと立ち上がる。


「そうですか!

 私はリディア・シルバレインといいます!

 カムイとは《幼馴染!》で、一緒に騎士学校に通ってました!今は手紙を送り合う中です!」


「幼馴染」という言葉を強く強調し、自分とカムイの良好な関係をアピールする。

 二人は静かに睨み合う。

 リビングの空気が一気に張り詰める。

 カムイを取り合う女の子同士の戦いが、今まさに始まろうとしていた。




 エレーナは得意げに微笑み、静かに返す。


「ふ〜ん。手紙ね〜」

「な、なに!?」


 リディアが反応すると、彼女はさらに続ける。


「少しの間……手紙のやり取りしてなかったでしょ?」

「えっ!?」


 リディアは思わず声を上げる。

 確かに、少し前にカムイからの返事が来なかった時期があった。

 ハンターの仕事が忙しいのだろうと思っていた。




 エレーナは余裕の表情で告げる。


「だってその時、カムイは私と二人きりで旅をしてたんだから!」

「なんですって!」


 リディアは目を見開く。

 エレーナはさらに、とっておきの情報を重ねる。


「ええ。何日もね。

 一緒にテントで過ごしたりもしたわ。」


 かなり深い仲であることを、ハッキリとアピールする。

 リビングの空気がさらに熱を帯びていく。

 カムイは二人の間で、完全に言葉を失っていた。




 リディアは食い下がる。


「で、でも! ただ旅をして一緒に過ごした。それだけですよね!」


 エレーナさらに得意げな顔になり


「いいえ!それだけじゃないわよ!私!彼に告白して、キスまでしたんだから!」


 とんでもない爆弾を投下してきた。

 リディアは驚く。


「な、な、なんですって!!!」


 カムイは慌てる。


「お、おいおい!エレーナ!!」




 リディアは強がって反撃する。


「べ、別に...大したことないわよ...わ、私だって!今ちょうど……」


 カムイは「えっ!?」と驚く。

 何から何まで、とんでもない会話に突入している。


(な、なんなんだ! この喧嘩は!?)


 二人の女の子が、彼を巡って本気でぶつかり合っている。

 リビングの空気は、ますます熱を帯びていく。




 二人の言い合いは止まる気配がない。

 エレーナが静かに切り出す。


「ところでリディアさん。

 カムイの女性のタイプ知ってる?」


 リディアは先ほどの会話を信じる。


「カ、カムイは別に……極端な好みはないですよ!さっきだって...」


 そう言いかけると、エレーナはフッと笑い冷静に告げる。


「甘いわね。カムイは大人っぽくて、胸の豊かな人が好きなのよ!」

「エ、エレーナ! お前!」


 カムイが慌てふためいて制止しようとするがもう遅い。




 リディアがゆっくりと彼を睨む。


「カムイ〜!」


 さっきの話と違うじゃない。と言わんばかりの鋭い視線。

 エレーナはさらに追い打ちをかける。


「今のあなたじゃ無理よ!」

「それはあなたも同じでしょ!」


 リディアの反撃がエレーナの痛いところを正確に突く。

 彼女も言葉に詰まる。

 リビングの空気は、もはや修羅場そのものだった。




 エレーナは痛いところを突かれ、顔を赤くしながらも負けじと返す。


「今はまだ全然だけど!

 これから大人な女性になるんだから!」


 リディアもすぐに食らいつく。


「私だって!」


 そして、彼女は一気に話す。


「あなたより先に、彼に愛してもらうんだから!」


 エレーナの目が見開かれる。


「なっ!わ、私の方が先よ!」


 何から何まで、とんでもない会話に突入している。

 ソファに座っていたカムイは慌てふためく。


「お、おいおいおい! ちょっと待て!

 何言って!」


 二人の女の子は、もはや彼の制止など聞こえていない。




 一方その頃。

 レーゼはアリアと一緒に、パラディンの散歩から帰ってきていた。


「アリアさん、一緒にパラディンの散歩に来てくれてありがとう。

 お姉ちゃんったら、昨日徹夜で本読んでて……」

「ええ。大丈夫よ。一人じゃ危ないからね」


 二人が家に到着し、扉を開ける。

 中に入った瞬間、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 リディアとエレーナが、至近距離で激しく言い合っている。




 エレーナは声をあげて言い切る。


「私はカムイの好みを知り尽くしてるわ!

 将来は私の方が、彼好みの女性になれるはずよ!」


 リディアも言い返す。


「そんなことないわ!

 見たところ……あなた魔法使いでしょ?

 剣士の私の方が、彼をしっかり支えられるはずよ!」


 二人とも、羞恥心というものを完全に捨て去ったのか。

 とんでもない言い合い発展していた。

 ソファに座っていたカムイは、完全に驚愕している。


(エレーナだけじゃなくて……リディアまでも……)


 アリアとレーゼは、その光景を呆然と見つめていた。




 アリアが入口で目を見開き、声を上げる。


「リディアちゃん?」


 その声に、リディアはやっと正気を取り戻す。


「ア、アリアさん!

 お久しぶりです!

 ごめんなさい! こんな見苦しいところを!」


 彼女は慌てて深く頭を下げる。

 エレーナも妹の姿に気づき、姉としての冷静さを取り戻す。


「レ、レーゼ!? 帰ってたの!」


 レーゼは純粋そのもので、今までどんな会話をしていたのかまったく理解できていない。

 ただ首を傾げて、

「?」と不思議そうに見つめる。

 リビングの熱気が一気に引き、カムイは額の汗を拭いながら、ようやく息を吐いた。




 エレーナとレーゼは自室に戻り、残されたカムイ、アリア、リディアの三人はテーブルに座る。

 リディアは顔を真っ赤にしたまま、内心で強く後悔していた。


(どうしよう! つい勢いで、はしたない姿を......)


 カムイも気まずそうに視線を彷徨わせている。

 そんな二人を見て、アリアはふふっと小さく笑い、静かに紅茶を淹れて出す。




 彼女は先ほどの修羅場には一切触れず、自然な調子で切り出す。


「リディアちゃん、ほんと久しぶりね」

「は、はい……」

「お父様とお母様もお元気?」

「はい! とても元気です!」


 普通の穏やかな会話。

 その機転に、カムイは心の中で


(さ、さすがお母様!)


 テーブルの上に湯気が立ち上り、少しずつではあるが、気まずい空気が和らいでいく。




 三人の話は徐々に盛り上がっていく。

 アリアがふと、イタズラっぽく茶化す。


「リディアちゃんが、カムイのお嫁さんになったら楽しそうね♡」

「はい!?」


 リディアが飛び上がるように反応し、カムイも慌てて声を上げる。


「お、お母様!?」


 アリアはふふっと微笑むだけだった。




 やがて会話が一段落し、リディアが帰宅することになる。

 カムイが屋敷まで送るため、二人で家を出て行く。

 アリアは静かにその背中を見送る。

 リビングに戻ると、エレーナが部屋から出てきていた。

 彼女は少し不満そうに口を開く。


「も〜。 アリアさん。

 あのリディアって子に肩入れするの?」

「そんなことないわよ。

 エレーナもカムイのお嫁さんにピッタリよ♡」

「そ、そこまで言わなくても……」


 エレーナが顔を赤くすると、アリアは優しく微笑む。


「でも……最終的に選ぶのはカムイよ。

 負けないようにしないとね」


 その言葉に、エレーナは静かに唇を引き結ぶ。




 シルバレイン家の前。

 リディアが恥ずかしそうに頭を下げる。


「今日はごめんね!

 つい頭に血が上っちゃって……」

「全然いいよ!

 ……むしろごめんね。

 エレーナ達のこと……話してなくて」

「ううん」


 二人はしばらく黙り込む。

 そして、同時に口を開く。


「あの!」


 お互いに遠慮し合い、カムイが先に続ける。


「リディア……僕は……リディアのまっすぐなところが好きだよ」


 その言葉に、彼女の胸がきゅんとなる。

 彼は優しく微笑む。


「これからもよろしくね!」

「うん!」




 さらに彼は続ける。


「あと数年ハンターとして頑張れば、また騎士学校に戻れる。

 その時まで待っててね!」


 リディアは力強く頷く。


「待ってる!

 カムイが戻ってくるの!」




 そして彼女もハッキリと告げる。


「私もね!カムイが大好き!あなたが学校に戻ってくるの...ずっと待ってるから!」


 夕暮れの屋敷前で、二人は初めて素直に気持ちを伝え合った。

 お互いに、まずは気持ちだけでも届けられた瞬間だった。




 カムイの家では、エレーナが自室で魔導書を読みまくっていた。

 ヨルンの里に行ったときに持ち帰った書物を必死に読んでいる。

 いくら探しても、すぐに大人っぽく成長させる魔法は見つからない。


「あ〜〜!! ない!」


 彼女は本を閉じ、悔しそうに声を上げる。


「やっぱり魔法でなんて、考えが甘かったわね...」


 すぐに別の本を開き、今度は成長に良いとされる植物や薬草を調べまくる。

 絶対にリディアには負けない。

 その強い思いだけで、彼女の目は真剣に燃えていた。




 家に帰ってきたカムイ。


(エレーナ……怒ってるかな?)


 彼は彼女の部屋の前に立ち、軽くノックする。

 中でエレーナがビクッと肩を震わせ、慌てて振り返る。

 扉が開き、カムイが入ってくる。

 彼女は急いで本を閉じ、顔を強張らせる。


「な、なに!?」

「ごめんな、今日は。

 突然リディアを連れてきて」

「べ、別に!

 一度、どんな子か見ておきたかったから大丈夫よ!」


 彼は苦笑いを浮かべる。



 部屋を出る直前、カムイは振り返り自然な調子で告げる。


「あんまり夜更かしするなよ?

 せっかく可愛いんだから、寝不足でしんどそうな顔してたら台無しだよ?」


 ナチュラルに顔を褒められたエレーナは、一気に顔を赤くする。


「もー! なんなのよ!」


 彼はへへっと笑い、静かに扉を閉めた。

 部屋に一人残されたエレーナは、閉じた本を見つめながら、小さく息を吐く。


「……ばか」


 それでも、口元にはほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。




 シルバレイン家の食卓。

 リディアはいつも以上にたくさん食べていた。


(カムイの理想の女性になるために、栄養を取らないと!)


 彼女は願いを込めながら、夢中で食べ進める。

 ふと、視線が牛乳に止まる。


(これだ!)


 彼女はグラスに入れると、すごい勢いで一気に飲み干した。




 その様子を向かい側で食事をしていたグリルが、唖然とした表情で見つめている。

 隣のレオナは、娘の様子を楽しそうに眺める。


「お! リディア!

 今日はよく食べるな!」


 彼女の本当の思いなど知らずに、ただ盛り上がっている。

 周囲で控えていた侍女たちも、令嬢の異常な食欲に目を丸くしていた。

 シルバレイン家の食卓に、いつもとは違う熱気が漂う。

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