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第七話 身分

 両親が来賓の人たちとの話に夢中になり、カムイは一時的に暇になった。

 パーティの料理を少しずつ取り分けて楽しんでいると、遠くのテーブルの方から騒がしい声が聞こえてきた。

 どこぞの家の子供たちなのだろう。三人組が走り回っている。

 周囲の大人たちも、少し迷惑そうな顔を浮かべていた。

(まったく〜……)

 カムイは呆れたように小さく息を吐く。

 天界にいた頃、ルミエルとして下界を眺めていたとき、ああいうバカ息子を何度も見てきた。

 正直、嫌いな部類。

 祖父である大神ユリスに、こんな提案をしたこともある。

『ああいう、なんの才もない地位だけのやつは、滅ぼしておいた方がいいんじゃないのですか?』

 そのとき、ユリスに怒られた。

『下界にはさまざまな人間がいて、バランスを保っているんだ。

 神の気まぐれで消すことなど、決してあってはならない!』

 人間の世界は、自分が思っていたより複雑だと感じた。



 仕方ないな、とカムイは椅子から降りた。

 騒がしい三人の子供たちに近づき、静かに、はっきりと声をかける。

「おい。走り回るな。迷惑だよ。」

 三人は足を止め、こちらを見た。

 威勢だけはいい。

「なんだお前?生意気だな!」

「僕たちが誰だかわかってる?」

「騎士団には僕のお爺様がお金を出してるんだぞ〜」

 カムイは冷ややかに彼らを睨む。

「迷惑だよ……周りの人に。」場が凍りつく。

「身内の地位に自惚れたバカ息子君たち。」

 なかなか汚い言葉遣いに、子供たちは一瞬たじろぐ。



 だがすぐに「なんだと!」と怒りを露わにした。

 離れたテーブルで来賓と話していたレオンハルトが、ふと子供たちの怒声に気づく。

 振り返ると、自分の息子が三人と言い争っているのが見えた。

(カ、カムイ!?まずい!)

「ちょっと失礼!」

 来賓に短く断り、急いで現場へと向かう。

 レオンハルトが到着したとき、カムイはまだ父親に気づいていなかった。

 彼は三人を見据えたまま、言葉を続けていた。

「偉いのは君たちじゃない。そこまで努力した君たちのご両親だ。それも知らずに好き勝手に暴れ回って、パーティに参加している人たちを困らせるなんて……いっそ人生やり直したらどうだい?」

 子供たちはぐうの音も出ない。



 その沈黙を破ったのは、近くにいた大人の声だった。

「あれ?あの家紋……ヴァルハート家の息子様じゃ?」

「えっ!? あのレオンハルト様の息子様!?」

 三人は一気に青ざめた。

 騎士団第一部隊隊長の息子に喧嘩を売り、しかも注意までされていたのだ。

 そこへ、別の声が飛んできた。

「こら!あなた達!」

 リディアがこちらへ歩いてくる。

 子供たちは「げっ!リディア!」と顔をしかめた。

「またみなさんに迷惑かけてるの?

 去年もそうだったわよね!

 これ以上迷惑をかけるなら、お父様に頼んで、次回のパーティにはあなた達のご家族は招待しないわよ!」



 三人は慌てふためき、逃げるようにその場を去った。

 周囲の大人たちから、小さな拍手が起きる。

「さすがはシルバレイン家のご令嬢様」。

「いや、さっきのヴァルハート家の息子様も、迫力あったぞ。」

 その様子を、少し離れた位置からレオンハルトが見ていた。

 息子の意外な一面に、彼は静かに目を見開いている。

(あいつ...あんなこと言えたのか...)

 自分の息子が、あんなに真っ直ぐで、厳しい言葉を投げつけるなど。

 想像したこともなかった。



 リディアはカムイの方を向いた。

「怪我はありませんか?カムイ様?」

 心配そうな瞳で尋ねてくる。

 カムイは肩をすくめて笑った。

「なんてことないよ!

 てか、カムイ様じゃなくていいよ。同い年なんだし!」

 その気さくな返事に、リディアは安堵したように小さく息を吐く。

 そして、ふっと表情を崩した。

「それじゃ、カムイ君!

 ……いや、カムイ!」

 いきなりの呼び捨てだった。

 カムイは思わず目を丸くする。

 だがすぐに理解した。

(これが、リディア・シルバレインの素なのだろう。)

 常に礼儀正しく振る舞ってはいるけれど、まだまだ年頃だ。無邪気に遊びたい時期なのだと思う。

 格式ばった場では大人びていても、心の奥では同年代の相手とくだけた関係を望んでいるのだろう。

「ああ。よろしく、リディア。」

 リディアもつられて微笑む。

 二人の間にだけ、穏やかな空気が流れた。



 逃げていった三人の子供は、シルバレイン家の廊下まで走ってきて、ようやく足を止めた。

「お、おい。どうするんだよ?

 あいつ、騎士団の第一部隊隊長の息子だってよ。」

「ああ。まずいよ……僕のお爺ちゃん、第一部隊隊長の人のこと気に入ってるから...怒られちゃうよ……」

「どうしよう……」

 三人ともすっかり凹んでいた。

 そのとき、一人の子が窓の外で何かが動いたことに気づく。

「ん?」

 彼が窓を開ける。

「どうした?」

「いや……今、あそこで……」



 次の瞬間だった。

 凄まじいスピードで、何者かが窓から舞い込んできた。

 三人は腰を抜かして尻餅をつく。

 黒ずくめの男が、ニヤリと笑った。

「へへへ。ありがとよ!

 おかげで楽に侵入できたぜ!」

 どうやら盗賊だった。最近幅を利かせている大型組織の盗賊団。貴族や騎士の豪邸を狙うことで有名。時には皆殺しにすることも。今回は大仕事ということで騎士団部隊長のシルバレイン家の屋敷のパーティを襲撃。

 男が手招きをすると、さらに数十人の仲間が次々と窓から入り込んでくる。

「簡単に入れたな!」

「おう!手間が省けたぜ!)

「へへへ!今夜は大仕事だ!」

「金目のものガッポリだぜ!」

 彼らは短く言い交わすと、屋敷の奥——パーティ会場の方へと走っていった。

 1人の男が3人の子供を見てニヤリと笑う。「お前達。ちょっと協力してもらうぞ。」

 三人の子供は、怯えた顔でただ呆然とその場に座り込んだまま、動けずにいた。



 パーティ会場で、カムイとリディアは隣同士の椅子に座っていた。

 リディアは感心したように言う。

「あの子達、いつも大人の人を困らせるから……

 カムイが注意してくれて嬉しかった!」

「いやいや、僕もああいうのは許せなかったから」

 カムイは肩をすくめて答えた。

 リディアは彼の横顔を見ながら、心の中で思う。

(お父様から聞いてた感じと、ちょっと違うな……

 もっと引っ込み思案な子だと思ってた……)

 グリルから聞いていたカムイの人柄とは、印象が異なっていた。

 でも、はっきりしていて嘘のないこちらの態度の方が、リディアとしては好感が持てた。

 そのとき、カムイがふと彼女の方を見て、茶化すように言った。

「リディアさ、さっきの挨拶の時は、猫被ってた?」

 リディアの顔が一気に赤くなる。

「べ、別に猫かぶってたわけじゃないわよ!

 お父様の顔に泥を塗らないように、常日頃から気をつけてるだけだもん!」

 ぷりぷりと怒った顔も、年齢相応に可愛らしかった。

(……怒った顔も、可愛いな)

 華やかなパーティの喧騒の中で、二人の会話だけが少しだけ特別な空気をまとっていた。

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