第六話 出会い
ある日の夕方。
カムイは自室で、リーラに着替えを手伝ってもらっていた。
今日は、ロイヤルフォース騎士団の第二部隊隊長が主催するパーティが開かれる日。
ヴァルハート家も招待されており、当然出席することになっている。
「はい。おぼっちゃま。できましたよ」
リーラが最後のボタンを整え、一歩下がる。
赤い上着に金の刺繍。黒いベストと白いフリルのシャツ。
短いズボンに白い靴下、黒い靴。
(ほほ〜。本当、おぼっちゃまって感じだな〜)
神だった頃の華やかな神衣とは違う。人間らしい格式が新鮮だった。
そのとき、レオンハルトとアリアが部屋に入ってくる。
アリアはパーティ用のドレスに身を包み、優雅に微笑んでいた。
「準備はできたか?」
レオンハルトが低く尋ねる。
「はい」
リーラが静かに頷く。
三人は屋敷を出た。
玄関前には、すでに馬車が待っている。
リーラをはじめとする侍女たちが、整列して見送る。
「行ってらっしゃいませ。」
カムイは馬車に乗り込みながら、彼女に手を振った。
夕暮れの道を、ヴァルハート家の三人がパーティ会場へと向かった。
馬車の中で、アリアが口を開いた。
「私、グリルさんに会うの久しぶりだわ。」
「そうだな。俺はあいつとほぼ毎日会ってるからな。」
レオンハルトはそう返し、視線をカムイに向ける。
「カムイ。グリルのことを覚えているか?」
「ええっと……」
転生したカムイが知るはずもなかった。
アリアが代わりに笑ってフォローする。
「あなた。覚えてるわけないわよ。
まだカムイは幼くて、私が抱っこしてたんですから。」
「そうだな。」
レオンハルトはあっさり納得した。
その後、二人はカムイにグリル隊長のことを教えてくれた。
グリル・シルバレイン。
ロイヤルフォース騎士団第二部隊の隊長だ。
歳はレオンハルトより上。
代々、第二部隊隊長の座を受け継いできたシルバレイン家の当主。かなり由緒正しい家柄である。
新参者であるヴァルハート家とは、本来なら家の歴史も格も違いすぎる。
だが、現当主のグリルはそんなことを全く気にしない懐の広い男。
グリルとレオンハルトは互いに親友のように思っている。
「あいつはな、俺が第一部隊に入った時から、何かと目をかけてくれてな。家柄だの何だのを一切言わない男だ。」
レオンハルトが珍しく穏やかな口調で続ける。
アリアも優しく頷いた。
「本当に優しい人なのよ。今日もきっと、歓迎してくれるわ。」
カムイは二人の話を聞きながら、静かに頷いた。
(……どんな男なんだろうな。)
アリアが突然手を叩いた。
「そうだ!リディアちゃんにも会えるわね!」
嬉しそうな声に、カムイは首を傾げる。
「リディア?」
「グリルさんの娘さんよ。カムイと同い年じゃなかったかしら?」
アリアが優しく微笑む。
「仲良くなれるといいわね。」
カムイは「へえ」とだけ返し、特に深い関心は示さなかった。
そうこう話しているうちに、馬車が目的地に到着した。
シルバレイン家の屋敷。
三人は馬車を降りる。
ヴァルハート家の屋敷も十分に大きかった。
だが、このシルバレイン家の屋敷は、明らかにそれを上回っていた。まるで小さな城のようだ。
由緒正しい家柄という話は、伊達ではなかったらしい。
レオンハルトが先に立ち、カムイはアリアと手を繋ぎ歩く。
シルバレイン家の侍女に案内され、屋敷内のパーティ会場へと向かった。
大きな両開きの扉が開くと、そこにはすでに大勢の来客が集まっていた。
身なりを整えた、明らかに品格の高い人々ばかりだ。
華やかなドレスと礼服が交錯し、談笑する声が広間に満ちている。
(す、すげぇ人の数……)
カムイが小さく息を呑んだ直後だった。
「おお! レオンハルト!」
屈強な男の声が響く。
人混みを分けて近づいてきたのは、黒髪に無精髭を蓄えた長身の男だった。
白いシャツに黒いベスト、余裕の笑みを浮かべている。
「グリル!」
レオンハルトが笑顔で応じた。
カムイはその大男の威圧感に、思わず目を丸くする。
(この人が……グリル隊長か。)
アリアが進み出て、丁寧に挨拶した。
「グリルさん、お久しぶりです」
「アリアさん!お久しぶりですな!」
アリアがパーティへのお礼を述べると、グリルは楽しそうにレオンハルトを茶化した。
「まったく!こんな綺麗で若い人がお前の奥さんなんて、もったいないぞレオンハルト!」
「お、おい!」
「ははは!最初紹介された時は驚いたぞ!まさかこんな歳下の奥さんを手に入れるなんて……」
と言いかけたグリルの視線が、アリアの後ろで小さく隠れるカムイに止まる。
「おお!君は!」
アリアが優しくカムイの背を押した。
「ほら。カムイ。ご挨拶しなさい。」
カムイは前に出て、きちんと頭を下げる。
「こ、こんばんは。カムイ・ヴァルハートです。」
次の瞬間、グリルの顔が輝いた。
「おおおお!やっぱりそうか!大きくなったなカムイくん!」
まるで身内の叔父のように大喜び。大きな手でカムイの頭をぐるんぐるんと強く撫で回す。
「いや〜。昔会った時は、まだアリアさんに抱っこされてたな〜。」
(力、つよっ!!)
カムイは心の中で悲鳴を上げた。
頭が揺さぶられ、バランスを崩しそうになる。
グリルの手は、優しさの中に確かな力があった。
上機嫌で笑い続け、カムイの成長を心から喜んでいる様子だった。
グリルは思い出したように手を打った。
「そうだ!うちの子にも挨拶させねば!
リディア!!」
少し離れたテーブルで来賓と話していた女の子が、こちらの声に振り返る。
彼女は相手に一礼し、「失礼いたします」と静かに告げると、侍女とこちらへ歩いてきた。
「はい!お父様。」
銀色の綺麗な髪をまとめ、年齢以上に落ち着いた佇まいだった。
グリルが胸を張って紹介する。
「父さんの友人で、第一部隊隊長のレオンハルト・ヴァルハートだ!挨拶しなさい。」
女の子は姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「初めまして。リディア・シルバレインです。
本日はお越しいただきありがとうございます。」
とても可愛らしく、それでいて礼儀正しい態度。
その大人びた仕草に、レオンハルトは思わず目を丸くした。
続いてリディアはアリアにも同じように挨拶する。
アリアが優しく応じている間、レオンハルトはグリルのそばにすり寄り、小声で囁いた。
「お、おいグリル……あの子、本当にお前の子か?
可愛いし、礼儀正しいし……」
「なっ!俺の子だ!」
グリルが目を見開いて抗議する。
カムイはそんなやり取りを、静かに眺めていた。
銀色の髪の少女——リディア・シルバレイン。
同い年とは思えないほど、整った振る舞いを見せる少女だった。
リディアはカムイの前に進み出ると、改めて丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。カムイ・ヴァルハート様。
リディア・シルバレインです。」
その堅苦しい挨拶に、カムイは思わずたじろいだ。
それでも慌てて姿勢を正し、自分も頭を下げる。
「あ……は、はじめまして。カムイ・ヴァルハートです。」
するとリディアは、ふふッと小さく笑った。
その笑みが意外なほど柔らかく、カムイの緊張を少しだけほどく。
そのとき、アリアがグリルに尋ねる。
「そういえばグリルさん。奥様は?」
「ああ!妻は今日、仕事が入ってしまって来られないんです。
「あら、残念。」
「すみませんな!私から伝えておきますよ。」
グリルが明るく笑った直後、シルバレイン家の使用人が近づいてきた。
「旦那様。そろそろ、ご挨拶の時間かと。」
「わかった。ではな!」
グリルは手を挙げ、来賓たちへの挨拶に向かう。
リディアも一礼すると、父と共にその場を離れていった。
グリルの全体への挨拶が終わり、パーティは本格的に賑わい始めた。
その中でレオンハルトは、次々と来る賓客たちに囲まれていた。
第一部隊隊長としての顔の広さは凄まじい。
国の騎士であろう男や、貴族らしき男たちまでが、自然と彼のもとに集まっていた。
少し離れた場所から、その様子を眺めるアリアとカムイ。
「すごいでしょ、カムイ。
お父様はいろんな人から慕われてるのよ。」
アリアが誇らしげに微笑む。
「うん」
カムイは素直に頷いた。
天界にいた頃とは違う、人間社会での「慕われる」姿が新鮮に映る。
「カムイも将来は、あんなふうに皆に好かれる人になってね。」
アリアが優しく頭を撫でる。
しばらくして、数人の貴族のご婦人たちがアリアのもとにやってきた。
「アリア様、お久しぶりですわ。」
「今夜もお美しゅうございますこと。」
アリアは騎士団隊長の妻として、丁寧に、そして自然な笑顔で応対する。
元々は街の花屋をしていたアリア。
その店は花の質の良さから、貴族たちにもひいきにされていた。アリア自身も花や植物に詳しく、貴族達の要望を的確にかなえていた。
さらに、柔らかな人柄が、人を惹きつけるそれを後押ししていた。
カムイは母親のそんな姿を、静かに横から見つめていた。
父親だけでなく、母親もまた、多くの人に好かれているのだなと、改めて思う。




