第五話 侍女長
翌日から、カムイは意識してリーラと接する時間を増やした。
朝食の時。カムイはリーラに向かって手を振った。
「リーラも一緒に食べようよ!」
リーラは一瞬だけ戸惑った顔をした。
「お、おぼっちゃま、私は侍女ですので……」
遠慮がちにそう返すが、隣で食事をしていたアリアが優しく口を挟む。
「いいんじゃない?たまには。リーラも一緒に食べましょう。」
アリアの言葉に、リーラは小さく息を吐き、静かに椅子を引いた。
4人で囲む食卓は、いつもより少しだけ和やかだった。
午後になると、カムイはリーラの仕事を積極的に手伝った。
掃除を手伝い、洗濯物を畳み、庭の手入れまで一緒にする。
「おぼっちゃま...今はお勉強の時間では?」
リーラが目を丸くして驚く。
「大丈夫大丈夫!リーラのお手伝いしたいんだ!」
カムイは笑って、ほうきを持ったまま答えた。
リーラは困ったような、しかしどこか嬉しそうな表情を浮かべる。
だが、その平和は長く続かなかった。
「カムイお坊っちゃま———!!!」
屋敷から怒った家庭教師の先生の声が響き渡る。
勉強をサボっていることに気づいたらしい。
「やべっ!ご、ごめんリーラ!」
カムイは即座にほうきを置き、全力で駆け出した。
後ろから先生の怒声が追ってくる。
リーラはそんな光景を、静かに微笑みながら見つめていた。
ある日の夕方。
カムイは思い切って、リーラに提案した。
「リーラ、一緒にお風呂入らない?」
リーラは即座に首を横に振った。
「おぼっちゃま!?そ、それはいけません!」
当然の拒否だった。
だがカムイは引き下がらない。
「いいじゃ〜ん!たまには〜。リーラと入りた〜い!」
「はあ...」
何度か押し問答を繰り返すうちに、リーラは次第に根負けしていった。
「……わかりました。」
大浴場に入った瞬間、カムイは思わず息を呑んだ。
そこには、湯気の向こうで準備をしているリーラの姿があった。
元冒険者らしい、引き締まった身体つき。
立ち姿にはどこか凛とした雰囲気があり、普段の侍女としての姿とは少し違って見えた。
カムイは思わず目を逸らす。
(こ、これは下心ではない!
あくまでスキンシップだ!
リーラとの距離を縮めるための……!)
そう自分に言い聞かせながら、平静を装う。
やがてリーラはカムイの髪を洗い始めた。
優しい手つきで髪を濡らし、丁寧に泡立てていく。
時折、リーラがカムイの様子を伺った。
「おぼっちゃま、熱くないですか?」
「うん。大丈夫!」
カムイはできるだけ平静に答えた。
お風呂が終わり、その日はリーラの寝室で寝ることにした。
「本当によろしいのですか?」
リーラが少し心配そうに確認する。
「うん!今日はリーラと寝たい気分だから!」
カムイは即答した。
「今日はたくさん甘えられますね。カムイおぼっちゃま。」
リーラも寝巻きに着替えていた。
普段のメイド服とは違う、綺麗な彼女がそこにはいた。
サラサラとした髪も灯りの下でとても美しかった。
リーラが静かに口を開く。
「なんだか今日一日……とても、おぼっちゃまの優しさを感じられた気がします。ありがとうございます。」
その言葉に、カムイは素直に嬉しかった。
「これからもよろしくね、リーラ。」
リーラは少しだけ驚いたように目を見開き、それから穏やかに頷いた。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
夜の寝室は、穏やかな空気に包まれていた。
静かな寝室で、リーラがカムイに尋ねる。
「カムイおぼっちゃま……なんだか、少し変わられましたか?」
その言葉に、カムイは思わず体を強張らせた。
「ど、どうして!?」
リーラは天井を見上げたまま、穏やかに続けた。
「いえ……以前はもっと寡黙で、こんなに甘えてくる感じはなかった気がします。それに、妙に大人びてると言いますか...」
カムイの心臓が、どきりと鳴った。
(そっか……忘れてた!こいつに入る前……カムイって人間がどんなやつだったか、考えもしなかった!
周りの人からすれば、いきなり人格が変わった感じで変だよな……)
指摘されて初めて気づく。
だが、リーラは全く気にする様子もなく、静かに微笑んだ。
「でも……今のおぼっちゃまの方が、私は好きですよ」
その言葉に、カムイは安堵のため息を漏らした。
(よかった〜)
彼女は何も追及せず、ただ優しく微笑んだ。
ある日の夜。
カムイは一人でベッドにいた。
本当はアリアと一緒に寝たかったのだが、昼間に彼女から「ごめんねカムイ。今日は一緒に寝てあげられないの。」と断られてしまっていた。
リーラも仕事があるらしく、こちらも一緒に眠れそうにない。
仕方なく一人で横になっていたが、途中でトイレに行きたくなり、部屋を出た。
「は〜」
ぼやくように呟きながら廊下を歩いていると、ふと女性の声が聞こえた。
「ん?」
声のする方へ、自然と足が向く。
そこは、レオンハルトとアリアの寝室だった。
扉の向こうから、いつもとは少し違う二人の気配が伝わってくる。
(……ああ、なるほど)
カムイはすぐに察した。
(まあ、夫婦だからな。こういう夜もあるか……)
そして、ふと気づく。
(あ!だからアリアは、今日は一緒に寝られなかったのか。)
妙に納得してしまった。
そのまま立ち去ればいいものを、好奇心が勝ってしまう。
カムイは息を殺し、そっと扉の前まで近づいた。
そして――
「……やっぱり、戻ろう」
さすがにこれ以上はいけない気がして、カムイは静かにその場を離れた。
その夜、夫婦の寝室から聞こえてきた気配については、深く考えないことにした。
夫婦の寝室。
その夜、レオンハルトとアリアは二人きりの時間を過ごしていた。
部屋には静かな時間が流れていく。
アリアは満足そうにレオンハルトの胸に頰をつけ、くすりと笑う。
「ふふ。それにしても、どうしたの今日は♡」
レオンハルトは視線を逸らし、少し頬を赤らめた。
「い、いや……別に。」
アリアは彼の様子をすべて見透かしたように、さらに身を寄せる。
騎士団の仕事が忙しく、しばらくまともに構ってもらえなかった。
その反動で、最近はカムイを過剰に溺愛してしまっていた自分にも気づいていた。
だからこそ、今夜久しぶりに夫に求められたことが、素直に嬉しかった。
「……ねえ♡」
アリアが小さく呟くと、レオンハルトは恥ずかしそうにしながらも、彼女を強く抱きしめた。
廊下を歩くカムイ。
部屋の事情を知らない彼は心の中で思う。
(夫婦の仲が良さそうで……いいことだな!)
歩きながら心からそう思う。
母親が幸せそうにしているのは、悪い気はしなかった。
彼はほっこりとした気持ちで自分の部屋へと戻っていった。




