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第六十九話 秘密

 無事に下山し、ラスカ村まで数日かけて戻ってきた。

 村の入り口近くで、ルージュが大きく手を振る。

 彼女の部下たちが次々と集まってくる。

「姉御!」

「お帰りなさい!」

 部下たちに囲まれ、改めて慕われている様子が伝わってくる。



 カムイたちは家に帰らなければならないため、ここでルージュと別れることになった。

 彼女は三人に向き直り、真っ直ぐに言う。

「カムイ。エレーナ。ゼノヴィア。

 あんた達に会えて、本当によかった!」

 カムイが笑顔で返す。

「僕の方こそ!

 ルージュさんが味方で、本当に頼もしかったよ!」

 ルージュは少し照れたように微笑む。

「私は……不器用な女だ。

 こんな時、なんて言ってやればいいかわかんないけど……

 これだけは言える!

 私の人生の中で、お前は最高の男だったぞ!」

 カムイの人間としての素質を、彼女なりに精一杯讃える言葉だった。

 彼は素直に照れる。

「……ありがとう」

 隣でそのやり取りを聞いていたエレーナは、どこか得意げに、カムイの横顔を見つめていた。

 風が吹き、四人の間に短い沈黙が流れる。



 急に寂しくなったカムイはルージュに抱きつく。

「また……会えるよね?」

 彼女は呆れたように笑いながら、彼の頭を軽く撫でる。

「なんだよ急に。

 全く……やっぱりガキはガキだな」

 それでも優しく続けた。

「ああ!いつでも遊びに来い!」

「うん!」

 彼が元気よく答えると、ルージュは彼の耳元に顔を寄せ、低く囁く。

「それに、来てくれないと、私が退屈で仕方ねぇよ」

「へへ♡」

 カムイがにやりと笑うと、隣でエレーナがムッとした表情を浮かべる。



 ルージュは彼を離し、今度はゼノヴィアの方を向く。

「ゼノヴィア! あんたもありがとう。

 会えて本当によかった!」

「いえ……」

 ゼノヴィアは何か言い淀むように言葉を濁す。

 ルージュが首を傾げると、彼女は意を決したように口を開く。

「あ、あの! カムイ様! エレーナ様!

 ……私……この村に残ってもいいですか?」

 三人は一斉に驚いた顔を見せる。



 ゼノヴィアは静かに理由を話し始める。

 ヨルンの里の復興をしたいと考えていたこと。

 ラスカ村は里からまだ距離が近い。

 ここで暮らしながら少しずつでも里を直していきたい。

 それが、下山の道中で彼女が決めたことだった。



 エレーナが慌てて話す。

「ゼノヴィアさん! 何もそこまで……」

 ゼノヴィアは穏やかに微笑む。

「エレーナさん。

 私は……あの里が大好きです。

 人間から蔑まれてきたダークエルフ。

 ですが、ヨルンの人たちは違いました。

 そんな人たちに、せめてもの恩返しがしたいのです」



 ゼノヴィアはエレーナに一歩近づき、真剣な瞳で彼女を見つめる。

「いつかまた......ヨルンが賑やかで楽しい里になるように。そして、エレーナさんが家族三人でまた暮らせるように。そのために、里を元に戻したいんです!」

 その言葉に、エレーナは目を潤ませ、深く頭を下げる。

「ゼノヴィアさん...」



 カムイはゼノヴィアとの別れも深く悲しむ。

 彼女に抱きつき、涙声で呟く。

「ゼノヴィア〜。

 ほんとはお別れしたくないけど、エレーナのためだから仕方ないよな〜」

 ゼノヴィアは優しく微笑み、彼の背中を撫でる。

「カムイ様……」

 隣でエレーナが呆れたようにため息をつく。

 ゼノヴィアは彼を離し、穏やかに告げる。

「カムイ様♡

 いつでも会いに来てくださいね♡」

「ああ! もちろん!」



 カムイが元気よく答えると、ルージュが大きく手を叩く。

「流石はゼノヴィアだな!

 よおし! 私たちも手伝うぞ! な! 野郎ども!」

 彼女の部下たちが即座に応える。

「よっしゃ! やるぞ!」

「おうよ! ニコフさんの故郷でもあるんだろ?

 そりゃやるしかねぇよな!」

 エレーナは目を潤ませ、深く頭を下げる。

「みなさん……!

 本当に、ありがとうございます!」

 ラスカ村の入り口で、暖かい声が交わされる。



 カムイとエレーナは名残惜しそうに手を振り、村を後にした。

 後ろでは、ルージュとゼノヴィア、そして賊の面々が手を振って2人を見送った。

 別れを惜しみつつ、カムイとエレーナは二人だけで帰路につくことになった。



 長い帰り道。

 2人はこの旅を静かに振り返った。

 多くの出会いがあり、多くの別れがあった。

 改めていい旅だったと感じる。

 隣を歩くエレーナが、ふと茶化すように口を開く。

「ま! どっかの誰かさんがお姉さん達に甘えまくってなければね〜」

「エ、エレーナ……」

 彼がたじたじになると、彼女はくすくすと笑う。

「でも!

 私、カムイと一緒に旅できて楽しかった。

 ヨルンにも行けたし、本当にありがとう!」

 カムイも穏やかに微笑む。

 より一層仲良くなった二人は、長い道のりを肩を並べて歩いていく。



 道中の野宿。

 二人は一つのテントで横になっていた。

 暗闇の中、エレーナが小さく声をかける。

「ねぇ、カムイ。起きてる?」

「ん? どうした?」

 彼女は体を起こし、意を決したように話し始める。

「……ずっと、気になってたの。

 あなた……もしかして、神聖力っていうのを使えるんじゃない?」

 初めて他人からその力を指摘された。

 ヨルンの里の魔女である彼女なら、ただの魔力ではないことに気づいてもおかしくない。



 カムイは少し沈黙したあと、正直に答える。

「うん。

 実は……使えるんだ」

「やっぱり……なんで黙ってたの?」

 彼は続ける。

「子供がこんな強い力を使うと、国中がパニックになるだろ?

 だから今まで、ずっと隠してたんだ」

 もちろん、ルミエルとしての転生のことには一切触れない。



 エレーナは静かに頷く。

「たしか……数千年に一人生まれるって、聞いたことがあるわ」

「へ〜」

 本来のカムイから聞いたことのある話だが、彼はあえて初めて知ったかのような反応を見せる。

 テントの中に、夜の静寂が戻る。

 エレーナは彼の横顔を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。

「……ありがとう。教えてくれて」

「ああ」

 二人は再び横になる。



 エレーナが静かに続ける。

「そのことを知ってるのって……」

「ん?」

 カムイは内心で(まあこの世界では……)と思いながら、自然な口調で答える。

「エレーナだけだよ」

 その言葉に、彼女は小さく息を飲む。

(……私だけ)

 二人だけの秘密。

 それが妙に嬉しかった。




 月の光でテント内がわずかに明るくなっていた。

 エレーナは、しばらく黙ってから口を開いた。

「……ねぇ、カムイ。

 あなた、近い歳で好きな子とか……いるの?」

 カムイは少し面食らった。

「べ、別に……」

 カムイとして、自分から誰かを好きになったことはない。好かれることはあっても、こちらから意識したことはなかった。

 ふと思い浮かんだのはリディアだ。彼女は自分に好意を抱いてくれている。しかし、カムイ自身は自分の気持ちがまだよく分からずにいる。



 エレーナは小さく息を吐く。

「……やっぱり、歳上のお姉さん好きなんだ」

「いや! 別にそういうわけじゃ……」

 言いかけたところで、エレーナが上半身を起こし、そのまま彼に顔を近づける。

 月明かりの中で、彼女の瞳は少し揺れていた。

「今の私......どうかな?」

 カムイの息が止まった。

「エ、エレーナ……!? 何を……」

 彼女は、わずかに唇を噛んでから、静かに言った。

「カムイだったら……いいよ。」

 声は小さかった。けれど、彼女の瞳は逸らされなかった。



 カムイ。いや、ルミエルの心は超パニックになっていた。

 初めての、歳の近い女の子からの告白。

(本当に、いいのか……?)

 流石の彼にも、それなりの理性はある。

 エレーナがこんな自分に初めての恋を捧げて、本当にいいのかという迷いがある。

(せめて、もう少しお互いのことを知ってから……)

 カムイは慌てながらも、エレーナの目をまっすぐ見た。

「ま、待ってよ、エレーナ! 君の気持ちは嬉しいよ。でも、僕たち、まだお互いのことを知らない部分も多いだろ? もう少し一緒に過ごして、ちゃんと気持ちを確かめてからでもいいと思うんだ」



 長々と慌てふためきながら、先送りにしようとするカムイを見て、エレーナは思った。

(まだ......私じゃ......)

 そして、エレーナはフッと表情を変えた。

「なによ〜。本気にしちゃって!」

 余裕をわざとらしく見せつけるように彼女は言う。

 エレーナは彼の隣に横になり、小さく息を吐く。

「ふふ♡そんなこと、言われなくてもわかってるわよ。」

 カムイはキョトンとする。

 エレーナの声は明るかったが、その目は少しだけ細められていた。まるで、さっきの言葉を完全に冗談として扱いたくないように。



「……おやすみ」

 エレーナの声は、先ほどの大胆な告白とは違い、どこか切ないような響きがあった。

 カムイは、隣で眠るエレーナの横顔を見つめたまま、しばらく動けなかった。激しく鼓動する心臓を抑えきれずにいた。

(はぁ……マジで、なんだったんだ……)

 考えて疲れ切ったカムイは、隣で眠るエレーナの寝息を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

 心臓の鼓動は、まだ収まっていなかった。



 翌朝。

 朝食を済ませ、二人は再び帰路を歩き始める。

 カムイはずっと昨日の夜のことを考えていた。

(どういうことなんだろう?)

 彼女の気持ちがわからない。

 告白なのか?

 何か返事をしないといけないのか?

(あ〜! 人間の恋って、わかんねぇ!)



 するとエレーナは、カムイの様子に見かねて振り返る。

「ねぇ! カムイ!!」

 背筋がぴんと伸びる彼。エレーナは意を決したように一歩前に出た。

「私……あなたのことが好き!!

だから......いつかあなたがメロメロになるくらいの、いい女になるわ。

 ゼノヴィアさんやルージュさんに、負けないくらいの......魅力的な女性になるわ!」

 カムイは唖然とする。エレーナは頬を少し赤らめながら、さらに言い放つ。

「あなたに……私と付き合いたいって、言わせて見せるんだから!

 彼は言葉を失う。



「せいぜい、楽しみにしてなさい!」

 元気よく言い切ると、エレーナはカムイと距離を詰め、彼女の方から唇を重ねた。

「……付き合えたら、この続きをしましょう♡」

 最後の最後に、とんでもない約束をされたカムイ。

 彼の脳内は、完全に混乱しきっていた。

 しかし、一つだけわかったことがある。

(エレーナ......君ってやつは......)

 昨日の夜、自分から引いたはずの彼女が、今朝になってこんなことを言い切る。彼女はとても強く、逞しい子だ。

 人間の女の子の強さに感心しつつ、彼は彼女の後ろをついていく。

 長い帰り道は、まだ続いていた。



 長い長い道のりを経て、ついにカムイとエレーナは帰ってきた。

 丘の上の家が見えてくる。

 カムイが息を吐きながら声を上げる。

「つ、ついた〜!」

 エレーナも隣で小さく笑いながら頷く。

「ええ」



 家の前では、巨大な白い狼のパラディンがのんびりと寝そべっていた。

 ピクッと耳が動き、ゆっくりと頭を上げる。

 辺りを見渡したその瞳が、二人の姿を捉える。

 次の瞬間、パラディンは大喜びで立ち上がり、勢いよくこちらへ駆け寄ってきた。

「パラディン!」

 エレーナが走り出し、大きな体に思い切り抱きつく。

 もふもふの白い毛に顔を埋め、幸せそうに目を細める。

 パラディンも嬉しそうに鼻を鳴らし、彼女の頭を優しく舐める。



 カムイが近づくと、今度はパラディンが彼にのしかかるように体を寄せてきた。

「お、おいっ! パラディン!」

 重みに耐えきれず、尻餅をつきながらも、彼は笑いながら狼の頭を撫でる。

「ただいま、パラディン」

 丘の上の家に、久しぶりの賑やかな声が戻ってきた。



 外の騒ぎを聞き、家の扉が開く。

 アリアが顔を出し辺りを見渡す。

「ん? 何かしら……」

 いつもの場所にパラディンがいないことに気づき、首を傾げる。

「あら? パラディン?」

 少し離れたところを見ると、大きな白い狼と戯れている人影が二人。

 すぐにそれが誰だかわかった。

「カムイ! エレーナ!」

 アリアの声が響くと同時に、カムイとエレーナも彼女に気づく。

 カムイにとっては、最も会いたかった最愛の人。

「お母様!!!」

 彼は全力で走り出す。



 アリアも涙を流しながら駆け寄り、二人は勢いよく抱き合う。

「お帰りなさい!」

 アリアの声が震え、彼女は息子を強く抱きしめる。

 カムイも抱き返し嬉しそうにする。

「うん! ただいま!

 会いたかったよ、お母様!」

 少し離れたところで、その光景を見つめていたエレーナは、腰に手を当てて微笑む。

「やっぱりまだ子供なんだから」

 夕暮れの丘の上で、暖かな再会の時間が流れていく。

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