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第六十八話 故郷

 険しい道を進むうちに、エレーナの機嫌も少しずつ良くなってくる。

 そして四人は、ついにヨルンの跡地に到着する。

 そこは、とても悲惨な現場だった。

 荒れ果てた地面。

 崩れまくっている家々。

 折れたまま放置された風車。

 かつての里の面影はほとんど残っていない。

 ルージュは真剣な表情で周囲を見渡す。

「ひどい有様だな」

 カムイも静かに呟く。

「なんてひどいことを……」

 エレーナは真面目な顔で、荒廃した里をゆっくりと見渡す。

 彼女の故郷は、すでに見る影もなくなっていた。

 風が吹き抜け、崩れた家屋の破片が小さく音を立てる。



 エレーナは地面にしゃがみ込み、土を優しく撫でる。

 かつての畑だった場所だ。

 粉々に踏み荒らされた作物の残骸を見て、彼女の目から静かに涙がこぼれる。

 カムイが声をかけようと一歩踏み出すと、ルージュが彼の肩に手を当てて止める。

「今は……そっとしておいてやれ」

「……わかった」

 彼は小さく頷き、その場に留まる。

 やがてエレーナは立ち上がり、黙って歩き始める。



 カムイ、ゼノヴィア、ルージュは、少し距離を置いて彼女の後ろをついていく。

 ルージュが声を潜めてゼノヴィアに話しかける。

「ゼノヴィア。

 あんたらダークエルフも、昔はヨルンの人たちと交流があったんだろ?」

「はい。とても素敵な場所でした。

 私たちの一族は、本当にヨルンの人たちが大好きでした。

 それだけに……この悲惨な状況は......悲しいです」

 カムイもルージュも、その言葉に静かに同情する。



 少し歩いたところで、エレーナが突然ハッとした表情になり走り出す。

「エレーナ!」

 カムイが叫び、ゼノヴィアとルージュも急いで追いかける。

 彼女は一軒の家の前で立ち止まった。

 他の家々に比べると、比較的まだ形が残っている家だった。

 カムイが息を切らしながら尋ねる。

「この家は……?」

 エレーナは静かに答える。

「私とレーゼと……お母様の家よ」



 三人は顔を見合わせ中に入る。

 家具は倒れ、物が散乱している。

 奥の部屋まで進むと、エレーナはあるものを見つけてしゃがみ込んだ。

 それを拾い上げる彼女の手元をカムイが覗き込む。

「それは?」

 家族三人の写真だった。

 中央に立つのは、長いピンクの髪と澄んだ青い瞳を持つ美しい女性。

 白いブラウスに、星や月の刺繍が施された濃紺のコートを羽織り、穏やかな微笑みを浮かべている。

 その女性が抱いている赤ん坊がレーゼで、足元に抱きついている女の子がエレーナだろう。



 カムイが穏やかに言う。

「綺麗な人だな」

「ええ。とっても綺麗で、素敵な人よ」

 エレーナが優しく微笑むと、ゼノヴィアが写真に目を止め、驚いた声を上げる。

「……ヴィオラ……様?」

 エレーナが目を見開く。

「知ってるんですか? お母さんを!」

「はい……ヴィオラ・ウィッチフォール様」

 ゼノヴィアは懐かしそうに写真を見つめる。



 ダークエルフ族がまだヨルンの人たちと仲良く過ごしていた頃。

 当時のゼノヴィアは、ヴィオラの誕生に居合わせていた。

 エレーナの祖母や曾祖母とも親交があり、ヴィオラが生まれたときは皆で喜んだという。

「まさかエレーナ様が、ヴィオラ様の娘様だったなんて!」

 彼女は改めてエレーナの顔を見つめ微笑む。

「確かに、どことなく似てますね。お母様に」

 その言葉に、エレーナは静かに、しかし確かに嬉しそうな表情を浮かべた。



 エレーナは久しぶりの我が家に静かな安らぎを感じていた。

 しかし、彼女たちの目的はギラル山脈の薬草だ。

 まずは、やるべきことを済ませなければならない。

 四人は里の一角に、ライデンビッヒ公国で亡くなっていたヨルンの人たちの墓を作る。

 作業が終わると、エレーナは三人に向き直り、里を代表して深く頭を下げる。

「カムイありがとう。ゼノヴィアさんとルージュさんも本当にありがとうございます。」

 ルージュが手を振る。

「礼にはおよばないよ!

 当然のことをしたまでだ」

 カムイも穏やかに答える。

「ああ。

 この里に連れて来れて、本当によかったよ」

 その言葉に、エレーナは静かに微笑む。



 ゼノヴィアが一歩前に出て、彼女に語りかける。

「エレーナ様……あなたと妹のレーゼ様は、ヨルンの最後の生き残りです。

 私もダークエルフ族最後の生き残りです。

 これからも、辛いことはあるとは思いますが、お互い誇りを持って生きていきましょう」

 エレーナは力強く頷く。

「はい!」



 すると、ルージュが突然声を上げる。

「あっ! そうだそうだ!」

 彼女は懐から何かを取り出した。

 エレーナが目を見開く。

「そ、それは……!」

 ニコフの杖の一部だった。

 ルージュは少し照れたように笑う。

「ニコフの墓はラスカ村にも作ったけど、

 せめてこれくらいは一緒にしてやりたくてさ!」

 彼女なりの、不器用な優しさだった。

 ルージュは静かにその破片を墓に添え、軽く手を合わせる。

 エレーナは深く頭を下げ、心の中で祈る。

(ニコフ先生……やっとここまで帰って来れました。

 先生のおかげです)

 風が吹き、墓標の周りで草が小さく揺れる。

 四人はしばらく、その場に佇んでいた。



 ヨルンの里跡地でやるべきことを済ませた四人は、ギラル山脈へと向かうことにする。

 歩きながらルージュがふと口を開く。

「いずれはこの村も復興した方がいいな!」

 エレーナが驚いたように顔を上げる。

「えっ!」

「だってそうだろ?

 お前たちの故郷なんだから!」

 その言葉に、エレーナは嬉しそうな表情を浮かべる。

「……ありがとうございます。」

 カムイも隣で微笑む。

「いつかまた、賑やかな里になるといいよな」

 四人は再び步伐を合わせ、荒廃した跡地を後にする。

 そんな中、ゼノヴィアだけが無言でエレーナの後ろ姿を見つめていた。

 彼女は何かを考え込んでいる様子で、いつもの穏やかな表情の奥に、わずかな迷いのようなものを宿している。



 ギラル山脈はヨルンの里から近く、四人はすぐに到着した。

 しかし、目的の薬草は山頂近くに生えているらしく、標高が高くてかなり寒い。

 ゼノヴィアとルージュが同時にくしゃみをする。

「ハクション!」

 カムイが二人を茶化すように笑う。

「二人とも〜 そんな薄着してるからだぞ!」

 ゼノヴィアは恥ずかしそうに身を縮める。

「そんな〜カムイ様〜」

 ルージュは負けじと反撃する。

「なんだよカムイ!

 露出多い方が好きなくせに〜♡」

「う……」

 たじたじになるカムイ。

 その様子見てエレーナはため息。



 カムイは慌てて炎魔法を展開し、ゼノヴィアとルージュの周囲に暖かい空気を纏わせる。

 二人はそのままでも十分に暖かくなった。

 ルージュが目を輝かせる。

「おー! すげぇすげぇ!」

 ゼノヴィアも深々と頭を下げる。

「ありがとうございます、カムイ様」

 カムイが少し照れると、エレーナが皮肉っぽく呟く。

「よかったわね。

 露出が多いままで」

「おいおい……」

 たじたじのままカムイは歩き出す。

 四人は寒さをしのぎながら、ガラル山の山頂を目指して登っていく。



 山頂に到着した四人。

 エレーナは安堵の息を漏らす。

 里の壊滅で山にも影響が出ているかと心配していたが、薬草はしっかりと生えていた。

 ヨルンの魔女の病気に効く貴重な薬草。

(これで……レーゼがよくなる)

 彼女は丁寧に摘み取り、袋に詰めていく。

 ある程度の量が集まると、エレーナは満足そうに頷く。

「よし……これで大丈夫」

 カムイが隣で笑顔を見せる。

「よかったな、エレーナ」

 ゼノヴィアも優しく声をかける。

「よかったですね、エレーナ様」

 ルージュが拳を軽く握りしめる。

「よ〜し! 目的達成だな!」

 四人は山頂の冷たい風の中で互いに顔を見合わせ、静かに微笑み合う。

 長い旅の目的の一つが、ようやく果たされた瞬間だった。



 山を下山する四人。

 クマ型モンスターが数匹現れた。

 カムイが面倒臭そうに呟く。

「ったくよ〜!

 何事もなく帰らせてくれよ〜」

 ルージュが笑って応じる。

「ははは! まあそう言うな!」

 ゼノヴィアは静かに剣を構える。



 四人は連携して次々にモンスターを倒していく。

 エレーナは後方から魔法で援護していた。

 そのとき、一匹が彼女の背後に回りこむ。

「エレーナさん!!」

 ゼノヴィアが叫び、

「あぶねぇ!」

 ルージュも声を上げる。

 気づいたときには、すでに至近距離まで迫っていた。



 ダメかと思った瞬間、カムイが超スピードで割り込む。

 彼は片手でモンスターの顔を強く握りしめ、凄まじい神聖力を込めた威圧を放つ。

 ボソッと、低く呟く。

「やめろや……」

 モンスターは野生の勘でこの男の異常さを察したのか、まるで飼い慣らされたかのようにおとなしくなる。

 神聖力の正体には気づかないまま、ルージュが感嘆の声を上げる。

「すげぇ〜!」

 ゼノヴィアも感心したように頷く。

「さすがカムイ様...」



 近くでその一部始終を見ていたエレーナは、胸の内で強く引っかかるものを感じていた。

(今の力って……やっぱり……)

 母から聞いたことのある神聖力。

 直接見たことはないけれど、神の力のように感じた。

 疑問を抱えたまま、彼女は彼の後ろ姿を見つめる。

 四人は残りのモンスターを片付け、再び下山を再開する。

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