第六十五・六十六話 賊長ルージュ/出発
すると、薄暗い部屋から物音が聞こえてきた。
カムイは興味を惹かれ、そっと隙間から中を覗く。
部屋の中では、ルージュが一人でベッドにいた。
どうやらこの部屋はルージュの寝室らしい。
彼女は着替えや武器の手入れを終え、まさに寝る前だった。
しかし、彼女はなぜか当たりをキョロキョロ見渡した。
(どうしたんだ?)と思うカムイ。
そして、カムイは廊下で固まったまま立ち尽くした。
カムイが思わず物音を立ててしまう。
ルージュはビクッとして、すぐに刀を手に取る。
「だ、誰だ!」
「ごめんなさい!」
姿を現すカムイ。
彼は観念したように部屋に入ってくる。
「カムイ!」
ルージュは少し怒り気味に声を上げる。
「まったく! 女性の寝室を覗くなんて……あまり趣味がいいとは言えないな!」
彼が素直に頭を下げると、ルージュは「ったく!」と舌打ちする。
ルージュは少し動揺しつつも、「一人か?」と聞く。
カムイは「う、うん...」と。
ルージュはため息をついて「一緒に寝るか?」と提案。
ちょうど話し相手かつ、甘える相手が欲しかったカムイ。ルージュの提案を受け入れる。
ベッドの上で少し話す二人。
カムイはルージュを褒める。
「ルージュさんって...ほんと強くて綺麗ですよね。」
ルージュは笑う。
「そんなに褒めても、何も出ないぞ。」
カムイはルージュに甘えるように、ギュッと抱きついた。
「お、おい! お前……どうしたんだよ!?」
突然のことに、ルージュは目を丸くする。
「ちょっと……こうしててもいいかな?」
いつになく素直な声に、ルージュは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……ったく。今日だけだからな」
そう言いながらも、彼女はカムイを引き離そうとはしなかった。
むしろ、少し迷ったあと、彼の背中にそっと手を添える。
「……これで落ち着いたか?」
「うん。ルージュさん、あったか〜い」
「っ……! そういうこと、さらっと言うんじゃねぇよ!」
ルージュは顔を背けた。けれど、その手はしばらく彼の背中に残っていた。
その後。二人だけの温かい時間を過ごした。
ルージュはカムイのあまりの変貌に驚いたが受け入れた。
二人は並んで天井を見つめていた。
ルージュが小さく息を吐き、満足そうに笑う。
「はぁ〜、初めてだな〜こんな清々しい気分は!」
彼女はカムイの方へ顔を向け、ニヤリと笑った。
「お前といると、退屈しなくていいな!また来いよ!」
カムイは嬉しそうに顔を向ける。
「本当ですか!」
「ああ。ただし、調子に乗りすぎるなよ?」
「はい!」
彼が元気よく答えると、ルージュは小さく笑った。
やがて窓の向こうが少しずつ明るくなり、長い夜が静かに明けていった。
翌朝。
エレーナがゆっくりと目を覚ます。
アジトのベッドで寝ていたことに気づき、首を傾げる。
「あれ? いつの間に……」
隣ではゼノヴィアが静かに眠っていた。ゼノヴィアも同じく目を覚ます。
「.....エレーナ様。おはようございます」
「おはようございます。ゼノヴィアさん」
二人は昨夜の宴会の途中で眠ってしまったことを思い出す。
「きっと……カムイが、ここに運んでくれたんですね」
ゼノヴィアが柔らかく微笑む。
「カムイ様……本当にお優しいですね」
「え、ええ……」
エレーナも小さく頷く。
二人が身支度を整えてアジトのホールへ向かうと、そこではすでに活気が戻っていた。
ルージュが酔っ払って眠る部下たちを、次々と叩き起こしている。
「おい!起きろお前ら!朝だぞ!
いつまで寝てんだ!」
「ううっ……姉御、勘弁してくれ……」
「うるさい! ほら動け!」
「頭いてぇ〜」
一方、カムイはテーブルに座って、すでに食事を始めていた。
エレーナとゼノヴィアに気づくと、笑顔で手を振る。
「おはよう、二人とも。
よく眠れた?」
エレーナは恥ずかしそうにカムイにお礼を言う。
「ありがとうカムイ......その......運んでくれて。」
「まあ、あのままにしとくわけにはいかないからね。」
彼はごく自然に答える。
ルージュも部下を起こしながら、一瞬だけカムイと視線を交わすが、すぐに普段の調子に戻る。
「おいカムイ! 飯食ったら手伝えっ!
この酔っ払いどもを起こすぞ!」
朝のアジトは平常運転で動き始めていた。
アジトでは全員が食事をとる。
カムイとエレーナとゼノヴィアのテーブルでは、次の行程について話が進んでいた。
「食事が終わったら、早速ヨルンの里へ向かいましょう。
その先のギラル山脈まで、できるだけ早く」
エレーナが地図を広げながら提案する。
「はい。準備は整っています」
ゼノヴィアも静かに頷く。
すると、ルージュがやってくる。
「おいカムイ! 私も一緒に行ってやるぞ!」
「えっ!? いいんですか!」
彼が驚いて顔を上げると、ルージュは肩をすくめる。
「ああ! ヨルンまではかなり歩くからな!
それにギラル山脈には強いモンスターが多い!
私がいても損はないと思うぜ!」
確かに、戦力が増えるのは嬉しい話だ。
エレーナが即座に賛成する。
「助かります。ルージュさんのような強い方がいてくれれば安心です」
「決まりだな!」
ルージュは満足そうに笑うと、カムイに笑みを浮かべる。
彼はは内心で慌てる。
(エレーナにはバレないように……)
彼は何食わぬ顔で頷く。
食事を終えた一行は、ラスカの村から出発する準備を始める。
ヨルンの里、そしてギラル山脈への旅に、新たにルージュが加わることになった。
ラスカ村を出発する四人。
村の入口では、ルージュの部下たちが集まって見送っていた。
「姉御! 行ってらっしゃいませ!」
「留守は任せてください!」
中にはまだ二日酔いでふらついている者もいるが、ライデンビッヒ公国が滅びた今、襲われる心配はないだろう。
ルージュは大きく手を振る。
「じゃ! ちょっと行ってくるわ!
お前ら、しっかり留守番しとけよ!」
「へい!」
カムイも軽く手を上げる。
「じゃあな〜」
四人は並んで歩き出す。
ヨルンの里へと向かう。
エレーナが静かに確認する。
「ヨルンまでは、順調に行けば数日の予定です。
ギラル山脈はその先になります」
「よし!道中、気を引き締めようぜ」
ルージュが先頭に立ち、軽く肩を回す。
ゼノヴィアがカムイの隣を歩きながら、小さく微笑む。
「新しい仲間が増えて、心強いですね」
「ああ。そうだね」
荒野を抜け、高原をひたすら歩く。
途中で現れたモンスターを倒しながら道を進む。
気づけば、空が赤く染まり日没を迎えていた。
「今日はここで野宿だな」
ルージュが周囲を見渡し、宣言する。
テントを二つたて、簡単な食事を済ませる。
食事が終わり夜も更けてきた頃、ルージュが突然立ち上がる。
「よーし! カムイ! 一緒に寝るぞ!」
彼女は彼の腕を掴み、テントの方へ引っ張ろうとする。
エレーナは内心で動揺する。
(えっ!?なんでルージュさんが!!)
疑念が頭をよぎる。
そのとき、ゼノヴィアが慌てて声を上げる。
「ダメです〜!」
彼女がカムイのもう片方の腕を掴む。
「私もカムイ様と寝たいです!」
「はあ? いいじゃんかよ〜。」
ルージュが渋い顔をする。
「今夜は私です!」
「ちょ、ちょっと2人とも......」
カムイが苦笑いを浮かべるが、二人は彼の腕を離さない。
すると、エレーナが突然声を上げる。
「ダメです!」
三人はビクッと肩を震わせる。
エレーナは真剣な表情で続ける。
「カムイが二人みたいな綺麗なお姉さんと一緒にいたら、また調子に乗って甘えちゃいます!」
カムイの前科から学んだ彼女は、迷わず割って入る。
そのままカムイの腕を掴み、強引にテントへと引っ張り込む。
「お、おい! エレーナ……」
たじたじになりながらも、抵抗できないカムイ。
テントの入り口が閉じられると、外に残されたゼノヴィアとルージュはきょとんとした顔で見つめ合う。
ルージュがニヤリと笑う。
「やっぱりな!」
「えっ? 何がですか?」
ゼノヴィアが首を傾げる。
ルージュは彼女の肩を軽く叩く。
「まったく〜、ダークエルフは疎いな〜!エレーナはな、カムイのことが好きなんだよ。前聞いた時は誤魔化されたけど、今の反応で確信したよ」
ゼノヴィアは目を丸くする。
「で、でも! エレーナさん、別にお付き合いはされてないって……」
ルージュは大きくため息をつく。
「ほんっと!鈍感だな〜。
付き合ってないと好きじゃないは違うんだよ!」
「は、はぁ......」
ルージュはさらに呆れたように笑う。
「お前な……これだから純粋すぎるやつは……」
ルージュから恋愛というものを学ぶゼノヴィア。
話を聞いて彼女は顔を真っ赤にして、慌てふためく。
「わ、私......どうしましょう!!
エレーナさんはカムイ様のことが好きなのに...」
ルージュが興味津々で身を乗り出す。
「お! なんだよ! 何したんだよ!」
「い、いえ……その……」
完全に口を滑らせたゼノヴィア。
ルージュは大笑いする。
「安心しろ! 私も同じだ!」
「えっ!?」
ゼノヴィアが目を見開く。
「そうか〜やっぱりゼノヴィアもあいつに甘えられたか〜」
「は、はい……その……」
「ははっ! 本当あいつ手広いわ!」
二人は顔を見合わせ、次第に盛り上がり始める。
つい楽しすぎて時間を忘れて、気絶するように眠ってしまっていたこと。
高原の夜風の中、二人の女は声を潜めながらも、熱のこもった会話を続けていた。
テントの中。
エレーナは黙々と寝る準備を進める。
カムイが恐る恐る声をかける。
「あ、あの〜 エレーナ……さん?
僕……まだ眠くないんですけど……」
彼女がギロッと睨む。
ビクッとするカムイ。
エレーナは小さくため息をつくと、声を落とす。
「……少し、話し相手になって」
彼が驚くと、彼女は自分の寝床に横になる。
「ほら!」
カムイも従い、隣に仰向けになる。
二人は天井を向きながら、静かに話し始める。
「……レーゼのこと、心配で」
エレーナがぽつりと漏らす。
妹の安否がずっと心に引っかかっていたのだ。
カムイは優しく答える。
「大丈夫だよ。
お母様が見てるし、それに......そのために今日まで旅をしてきたんだろ?」
彼女は少し顔を赤くして小さく頷く。
「う、うん...」
エレーナは彼の優しさを欲していた。
昨日。攫われた自分を本気で心配してくれたこと。
ギュッと抱き締められたとき、彼女は嬉しかった。
そんな彼の優しさに、もっと触れたい。
だが、歳上である自分が、素直に甘えるわけにはいかない。
だから、このさりげない会話で、少しずつ心を満たそうとしていた。
「……カムイは、怖くないの?」
「怖くないよ!だって、僕強いから!」
「まったく...」
彼女は暗がりの中で呆れ返る。
「それに...」とカムイが言う。
「?」エレーナはカムイの方を向く。
「エレーナがそばにいてくれるから、大丈夫だって思ってるよ。」
笑顔で嬉しいことを言うカムイ。
エレーナは顔が赤くなり、「何言ってるのよ!バカっ!」
テントの中ではエレーナと照れと、カムイの笑い声がする。
しばらく話していると、さすがのカムイも気づく。
彼はニヤリと笑いエレーナに擦り寄る。
「エレーナ〜。
もしかして、甘えたいの?」
「な、な、何言ってるのよ!
お姉さんの私がそんなこと思ってるわけないでしょ!」
慌てて否定するエレーナ。
カムイは笑う。
「お姉さんって言っても、そんな歳変わんないでしょ!」
「う、うるさいわね!」
彼女が顔を赤くして抗議すると、彼の表情が少し真剣になる。
(まったく……可愛いやつだな)
カムイは声のトーンを落とす。
「エレーナは、よく頑張ってるよ。
レーゼを守るためにヨルンから逃げて、危険な旅をして。すごいと思う」
「……そんなの、当たり前でしょ」
「当たり前じゃないよ。
だから、たまには甘えなよ。僕にでもいいからさ」
その言葉に、エレーナは不思議な感覚に包まれる。
暖かく、優しく、すべてを受け止めてくれるような感覚。
今までレーゼの姉として、誰にも甘えずに過ごしてきた。
カムイやアリアと出会って、安心できる生活にはなったけれど、「甘える」という行為だけは、どうしてもできずにいた。
気づけば、彼女は彼の胸の中にいた。
(……ちょっとだけ、なら)
カムイは何も言わず、ただ優しく抱きしめる。
暖かな体温に包まれながら、エレーナはゆっくりとまぶたを閉じる。
幸せを感じたまま、彼女はその夜、深く眠った。




