第六十二話 月
ニコフのサポートで、ルージュとシュバインの攻撃がコライスンの体に届くようになる。
コライスンは内心で呟く。
(やはり……ヨルンの魔法使いは厄介ですね)
魔力が特に強いのは女だと聞いていたが、この男も予想以上に強いと感じる。
彼は標的をニコフへ向ける。
「そちらから片付けましょう!」
巨大な腕が振り下ろされる。
反応が遅れたニコフは攻撃を受ける。
エレーナがすぐに駆け寄る。
彼女は目の前の光景に、完全に唖然とする。
ニコフは杖で防御していたが、杖を砕かれて片腕が根本からなくなってしまっていた。
「せ、先生……!!!」
彼女が嘆くように叫び駆け寄る。
ニコフは薄れゆく意識の中で、過去の記憶を思い出す。
ヨルンの里。
エレーナの魔法の先生をしていた頃の自分。
エレーナの母、ヴィオラ・ウィッチフォールが静かに頭を下げる姿。
「ニコフ先生……
この里や私に、もしものことがあったら……
娘達のことをよろしくお願いします」
彼は慌てて首を横に振った。
「ヴィオラさん! 変なことを言わないでください。
そんなこと、起こりませんから」
「……それでも、お願いします」
彼女の真剣な目を見て、彼は結局頷くしかなかった。
「……わかりました。
私が、必ず守ります」
その約束が頭の中で鮮明に蘇る。
現在。
エレーナはニコフに駆け寄る。
ニコフは最後の力を振り絞り、震える手をエレーナに伸ばす。
「エレーナ様……とっておきがあります。
この魔力と共に……受け取ってください」
彼の体から、淡い光が彼女へと流れ込む。
「ニコフ先生!!!」
エレーナが涙を浮かべて叫ぶ。
光が完全に移りきった瞬間、ニコフの体から力が抜け、静かに動かなくなった。
生命が消える。
ルージュが刀を握ったまま立ち止まる。
「ニ、ニコフ……」
シュバインも低く呻く。
コライスンは状況を察し、激しく苛立つ。
「くっ!まさか自ら死を選ぶとは!それに、魔力を全て譲渡するなんて!魔力がなくなってしまっては、ただの抜け殻ではないですか!」
エレーナはニコフの亡骸に一度だけ触れ、ゆっくりと立ち上がる。
彼女の周囲で、外へ溢れ出そうとする魔力が急速に高まっていく。
「……許さない」
声は静かだったが、その目には激しい怒りが宿っていた。
「先生を……里の人たちを……
全部、あなたが……!」
杖を握る彼女の手に、ニコフから受け継いだ魔力が渦巻く。
コライスンが低く笑う。
「まあいいです。その魔力も、すべて私のものにさせてもらいますよ」
ニコフの死を乗り越えるように、エレーナの魔力が部屋いっぱいに膨れ上がっていく。
カムイ対ダリアン。
最初こそ互角だった。
だが、だんだんとカムイの神聖力が減っていく。
人間の体で全開にし続けた反動が、はっきりと出始めていた。
(くそ!やっぱり......この体じゃ......)
神の頃とは全然違う。己の未熟さに悔しがる。
ダリアンは少し余裕になる。
「ふふふ!どうした小僧!さっきまでの余裕は!」
大剣と大槍の猛攻を続ける。
カムイは防戦一方になる。
槍で受け、炎で逸らす。
それでも一太刀ごとに腕が痺れる。
(どうする!? このままじゃ神聖力が切れてやられる...)
ダリアンが大技を発動する。
パワードスーツの力を全開に起動させる。
大剣と大槍を合わせ、力を集中させた波動の一撃。
『ドオオオオン!!!』
「あぶねっ!」
カムイは間一髪で避ける。
部屋の壁に綺麗な穴が開く。
石と金属が吹き飛び、外の風が入ってきた。
「おいおい! こんなの食らったら……」
ヒヤリとするカムイ。
ダリアンは再び構える。
「次は外さん!」
再度、パワードスーツを起動する。
カムイはダリアンを睨む。
「くそっ!」
その時、ある一点が目につく。
ダリアンの右足の関節部。
わずかだが、赤い火花が散っているのが見えた。
(あれは……そうか!!!)
ひらめくカムイ。
ダリアンが大技の二発目を発射する寸前。
カムイは叫びながら真正面に突っ込む。
ダリアンは目を見開く。
「小僧! それは無謀だ!」
波動弾が発射される。
光がカムイを飲み込み、壁に大きな穴が開く。
ダリアンは勝利を確信し笑う。
「ははは!終わりだ!粉々になったな!」
しかし、煙が晴れた先にカムイはいなかった。
ギリギリで避けて、ダリアンの真下に潜るようにいた。
反応が遅れるダリアン。
カムイは槍を突き出し叫ぶ。
「ここだぁぁ!!」
右足の関節部に炎魔法を炸裂させる。
火花が赤く散っていた継ぎ目が熱で歪む。
右足に激痛が走るダリアン。
「ぐおおおお!!!」
膝から力が抜ける。
カムイは距離を取り、息を整えながら言う。
「やっぱりな! ロボットもそうだったけど、関節部は脆くて負荷がかかりやすい!
あんたのパワードスーツもそこが弱点だったんだ!」
ダリアンは片膝をつく。
「こ、小僧……!」
スーツの排熱が乱れ、右足から白い煙が上がっていた。
ダリアンの右足の装甲が崩れていく。
それでもダリアンは諦めない。
大剣と大槍を振るい、カムイへ攻撃を仕掛ける。
だが足をやられた分、スピードは明らかに落ちていた。
カムイはその隙間を突く。
残りの関節部を狙い、パワードスーツを壊していく。
肩、肘、腰。
継ぎ目が熱を帯び、装甲が次々と剥がれ落ちる。
ダリアンは絶望する。
「ま、まさか……こんなことが!」
カムイはトドメにダリアンの腹部を正確に打つ。
みぞおちを突かれたダリアンは、そのまま力なく倒れ気絶する。
カムイの勝利だった。
彼は荒い息をつきながら、槍を肩に担ぐ。
「先を急がないとな……」
すぐに部屋を出て、仲間たちのいる方向へと走り出す。
エレーナたちの戦い。
エレーナが魔力を最大限に解放する。
予想外の魔力量に、コライスンが大きくたじろぐ。
(バ、バカな……信じられません。
あの魔力量……ただ魔力を受け継いだだけではない!)
エレーナの放った魔弾がコライスンの肩を貫通する。
再生が追いつかない。
(な、なぜだ! こんな力……ありえません!)
彼は必死に考える。
エレーナの異常なまでの魔力上昇。
(これではまるで……)
満月の夜に魔力を高める。ヨルンの魔女の中でも珍しい体質。コライスンもヨルンの魔女について情報収集をしていた際に、この体質を知った。目の前の少女はその体質の可能性が高いと踏んだ。
しかし、まだ日没ですらない時間帯だ。
ハッとしたコライスンが空を見上げる。
ガラス張りの天井から空を眺めると——。
なんと、月が出ていた。
「ま、まさか……!」
ニコフの言っていたとっておき。
空中の敵を倒した後、彼は緻密な魔力操作で月と同じものを作り上げていたのだ。
短時間ではあるが、満月と同じ成分を持つ人工の月。
それが、エレーナの力を底上げしていた。
「ニコフ先生……」
エレーナが静かに呟く。
「先生が……最後に残してくれた!」
コライスンが激しく動揺する。
彼女の魔力が、さらに高まる。
「これで……終わりにします」
エレーナは最大出力で、コライスンへ最後の攻撃を放つ。
膨大な魔力が一直線に向かい、コライスンの体を貫く。
魔族化した巨大な体が、内側から崩れていく。
装甲が砕け、改造された部位が次々と崩壊する。
やがて人間の体だけが残り、傷だらけのコライスンが床に崩れ落ちる。
「そ、そんな……」
彼は力なく倒れ、動かなくなる。
エレーナも限界が来たのか、膝をついて荒く息を吐く。
頭上の人工の満月が、ゆっくりと光を失い消えていく。
ルージュは唖然とする。
シュバインも銃を下ろし、感心したように呟く。
「……なんて力だ。
あれが、ヨルンの魔女の力か...」
カレンが隅から駆け寄り、手を叩いて喜ぶ。
「やりましたわ!」
エレーナは疲れた笑顔を浮かべ、小さく頷く。
「……先生。やりました。」
長い戦いが、ようやく終わろうとしていた。




