第六十話 攫われた令嬢
女の子が気配に気づき振り返る。
「あら?」
椅子を降りて、カムイたちに近づいてくる。
紫のドレスに身を包んだ、茶色の髪の少女だ。
彼女は二人をじーっと見つめ、首を傾げる。
「あなた達……だれ?
ロボットにしては精巧にできてるわね?サイボーグかしら?」
カムイが否定する。
「あの……僕たちは人間です...」
彼女は目を輝かせる。
「なになに?私と遊びに来てくださったの?」
「い、いえ、そうではなくて……」
すると、エレーナが静かに問う。
「あなた……さっきシュバインさんが話してた、攫われたご令嬢さん?」
「あら!よくご存知ね!
ほんと困ったものよ!
急にこんなところに連れてこられて!」
色々と文句を並べる彼女に、カムイは苦笑いするしかなかった。
やがて女の子は姿勢を正し、丁寧に自己紹介をする。
「はじめまして。
私はカレン・アイゼンフォルク。
フラスタリア王国の貴族。アイゼンフォルク家の娘です」
カムイも軽く頭を下げ自己紹介。
「はじめまして。僕はカムイ・ヴァルハートです。」
エレーナも続く。
豪華な部屋の中で、三人の視線が交わる。
カレンは「ヴァルハート?」と小さく呟き、考え込む。
次の瞬間、目を輝かせてカムイにグイグイと寄ってくる。
「あなた!もしかして、ロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長、レオンハルト様のご子息かしら!!」
彼は少し嫌そうな顔をしながらも、一応事実なので認める。
たじたじとするカムイに、カレンは色めき立つ。
彼女はさらに寄りかかり、熱心に自己PRを始める。
「実は私、強い男性がタイプですの!貴族のおぼっちゃまたちはみんなヘタレばかりでして...ほんっと見込みのない方ばかり!」
彼女は続ける。
カレンは以前、騎士学校訪問時に教師たちがカムイの噂をしているのを聞いたという。
カムイ・ヴァルハート。
ロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長レオンハルトの息子。
槍による戦闘が騎士並み。
一気に興味が湧いたカレン。
カムイは少し引き気味に答える。
「そう...ですか……」
エレーナは頬を膨らませ二人を見つめる。
カレンはもうカムイにメロメロだった。
彼女の妄想はどんどん膨らんでいく。
「じゃあ将来は……子供は三人くらいがいいわね!長男は槍使い、次男は魔法使い、長女は私に似て可愛くて……」
流石にエレーナが止める。
「ちょ、ちょっとまって!」
「なあに?今いいところでしたのに!」
エレーナは顔を赤くして反論する。
「何を勝手に決めてるんですか!子供の数だなんて!」
カレンは「ふん」と鼻を鳴らし、勝ち誇ったように笑う。
「あなた……カムイ様のなんなの?」
なんなの、と聞かれてエレーナは何も言えなかった。
別に付き合っているわけではない。
たまたま出会い、一緒に暮らし、今日まで旅をしてきただけだ。
カレンはさらに笑いを深める。
「何も言えないところを見ると、大した関係ではなさそうですわね!」
勝ち誇ったカレンは「それに...子供は早い方がよくってよ♡」と言い放つ。
エレーナは恥ずかしがり、「なっ!いくら何でも早すぎるでしょ!」と
二人の視線が鋭く交わる。
エレーナとカレンの口論による女の戦いが始まろうとしていた。
カムイは完全に置いてけぼりで、ただ困ったように二人を見つめるしかなかった。
カムイがなんとか二人の喧嘩を止める。
彼はカレンに向き直り、問う。
「カレン。ここで何をしてるんだ?」
彼女は肩をすくめる。
「わかりませんわ。
ただ...この国の人は、私の知識が欲しいみたいで」
どうやらカレンの家も、科学と魔法に長けている。
彼女の知識量は凄まじいらしく、よく狙われることが多いという。
「でも、攫われたのは初めてですわ。いつもは屋敷の者が返り討ちにしてやりますのに!」
彼女は少し悔しそうに続ける。
「まったく!しくじりましたわ!
私としたことが...」
エレーナが静かに尋ねる。
「……知識、ですか」
「ええ。私の頭の中には、他の誰も知らないような技術や理論がたくさんあるの。」と胸を張る。
カムイは腕を組む。
「それで、この地下に閉じ込められてるのか」
カムイが少し真剣な顔でカレンに問う。
「ここから出た牢屋の……あの死体の山はなんなんだ?」
カレンは少し言いにくそうに目を逸らす。
彼女自身も、あまり話したい内容ではなかった。
さっきまで元気だった彼女が、徐々に暗くなる。
「……あれは、ヨルンの里の人たちですわ」
話を聞いていくと、やはり死体はヨルンの里の人々だった。
このライデンビッヒ公国のコライスンは、ヨルンの人々の魔力に目をつけた。
自身の科学力と組み合わせることで、その力をさらに高めようとしたのだ。
ヨルンの人たちは実験体にされ、その魔力を奪われた。
その際、耐えられなかった人たちは死んでいった。
「最近は聞かなくなりましたけど……
少し前までは、毎晩のように叫び声が聞こえたんです」
カレンは小さく息を吐く。
「ほんと……毎日、嫌でしたわ……」
それを聞いたカムイとエレーナは、青ざめる。
「……そんな」
エレーナの声が震える。
カムイは拳を強く握りしめた。
「許せねぇ……本当に、許せねぇ」
豪華な部屋の空気が、一気に重くなる。
ヨルンの里が受けた悲劇が、ここでまた一つ明らかになった。
エレーナは声を震わせる。
「も、もしかして……私のお母さんも……」
カレンが驚いたように目を見開く。
「えっ? あなた……ヨルンの魔女なの?」
「ええ」
カレンは言いにくそうに視線を落とす。
「わからないけど……
大半は、ここに連れてこられたはずですわ」
その言葉に、エレーナは膝から崩れ落ちる。
「お母さん……」
カムイはすぐに彼女のそばにしゃがみ込み、優しく抱き寄せる。
彼女は彼の胸に顔を埋め、小さく嗚咽を漏らす。
カレンも、少し申し訳なさそうに二人を見つめる。
豪華な部屋の中で、重い沈黙が流れる。
カムイはカレンに問う。
「他の街の人たちも、どこかに閉じ込められてるのか?」
彼女は頷く。
「おそらく、ヨルンと関係ない人たちは労働力として捕まってるはずですわ。こことは別の牢ね。」
彼はすぐに決断する。
「よし! ならまずはその人たちを救おう!」
エレーナも涙を拭く。
「ルージュさんたちと合流しよう!」
カレンが勢いよく手を挙げる。
「私も行きますわ!
もうこんなところは出たいですわ!」
彼女はカムイの腕を組み、密着してくる。
「必ずお役に立ちますので、期待してくださいませ♡」
たじたじとするカムイ。
エレーナは明らかに膨れる。
三人は豪華な部屋を後にする。
地下牢獄から、仲間との合流を目指して歩き出す。
ルージュとシュバイン。
ダリアンとの戦いは激化していた。
ダリアンの装甲は本当に硬く、ルージュの刀もシュバインの銃も通らない。
二人は息を切らす。
「ったく! なんで硬さだ!」
ルージュが苛立ちを隠さずに叫ぶ。
シュバインも無言のまま、荒い息を吐く。
ダリアンは余裕を見せて笑う。
「ふん! 貴様ら……なかなかの強さだが、
コライスン様の魔法科学の前では無力だ!」
パワードスーツがさらに輝く。
彼の大剣と大槍が、再び二人に向けられる。
広い部屋に、金属の音と魔法の波動が交錯する。
カムイとエレーナとカレンの三人は、地下から地上へと進む。
無事に外へ出ることができた。
上を見上げると、何やら激しい戦闘が行われていそうな音が響いている部屋がある。
「あそこだな」
カムイが呟くと、すぐに二人に向き直る。
「エレーナ、カレン!僕に捕まって!一気に上がる!」
彼が手を差し出すと、カレンが大喜びで飛びついてきた。
手ではなく、カムイ自身に思いっきり抱きつく。
「こうする方が安定しますわね♡」
「ちょ! お前……!」
もがくカムイ。
それを見たエレーナが明らかに嫉妬した表情で、反対側から彼に抱きつく。
「ったく、二人とも……!」
彼は短くため息をつき、炎魔法を足元に展開する。
爆風を利用して一気に空へ舞い上がり、目的の部屋のガラスを豪快に割り中へ突入した。
突然の乱入に、室内の三人は一斉に動きを止める。
「なんだなんだ!?」
ルージュが刀を構えたまま叫ぶ。
シュバインも鋭く目を細める。
ダリアンも一瞬、動揺した表情を見せた。
乱入してきたのがカムイだと気づいたルージュは、すぐに顔を喜ばせる。
彼は着地して2人に話しかける。
「ルージュさん! シュバイン! 無事でよかった!」
エレーナは静かにカムイの背中に隠れつつ、ダリアンを睨む。
「……あの人、さっきの人ね。」
ルージュが刀を肩に担ぎ直し、ニヤリと笑う。
「よし! ちょうど手が足りねえと思ってたところだ。
この鉄塊野郎、やたらと硬くてよ」
シュバインも短く頷く。
カムイは槍を構え、皆を守るように前に出る。
カムイが皆に指示を出す。
「ルージュさん! シュバイン!
こいつは僕がやるよ! 先に行って!」
ルージュが目を見開く。
「お、お前! 何言ってんだ!
コイツは私たち二人でも手こずってんだぞ!」
「大丈夫! やれるよ!」
エレーナが慌てて彼の腕を掴む。
「ダメよカムイ! 危険すぎる!
一人で戦うなんて!」
カムイはエレーナに穏やかな笑顔を向ける。
「エレーナ。まかせろって」
不安そうな顔の彼女に、さらに続ける。
「さっさとこいつら倒して、ギラル山脈に行って、薬草取りに行こうぜ」
その純粋な笑顔に、エレーナは思わず声を上げる。
「もー! 本当に……!」
彼女は一度大きく息を吸い、皆に向かって声を張る。
「みなさん! ここはカムイに任せて行きましょう!」
そのまま先へ駆け出す。
「おいおい、エレーナまで!」
ルージュが呆れたように叫ぶ。
シュバインもカムイをじっと見つめる。
「……無理はするなよ」
彼は肩をすくめて笑う。
「シュバインさん。
僕を誰の弟子だと思ってんの?」
シュバインは短くため息をつく。
「……わかった。任せる」
最後にカムイはカレンを見る。
「カレン。お前もだ! 行け!」
彼女は少し拗ねたように唇を尖らせるが、すぐに意味深な笑みを浮かべる。
「まったく……わがままな旦那様♡でも、嫌いじゃないですわ♡」
「誰が旦那様だ!」
彼が慌てて否定すると、カレンは楽しそうに笑いながらエレーナたちの後を追う。
ダリアンが先へ向かおうとする四人——エレーナ、カレン、ルージュ、シュバインを睨みつける。
「ふん! この俺がおとなしく行かせると思うな!」
大槍を構え、一気にエレーナへ向かって突進する。
次の瞬間。
カムイが超スピードでダリアンの前に割り込んだ。
「おい......触んなよ」
出し惜しみせず、神聖力を最大限に解放して身体能力を高める。
その状態で放った強烈な蹴りが、ダリアンの胴体を捉える。
「ぐあっ……!?」
ダリアンはまるで人形のように吹っ飛び、反対側の壁に激しく突っ込んだ。
壁が軋み、粉塵が舞い上がる。
とんでもない瞬間を見た四人は、完全に唖然として立ち止まる。




