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第五十二話 旅立ち

 ある日の夕方。

 カムイがギルドの仕事から帰ってきた。

 アリアがご飯を作り、エレーナが手伝いをしていた。

 ふと、彼が気づく。

「あれ?レーゼは?」

 彼女の帰りが遅かった。

 アリアが首を傾げる。

 エレーナも心配そう。

 いつもならパラディンの散歩から帰ってくる頃。



 そのとき、外からパラディンの低い唸り声が聞こえた。

「あ!帰ってきた!」

 カムイがすぐに外へ出る。

 出迎えると、パラディンの大きな背中でレーゼがぐったりと横になっていた。

 何やら体調が悪そうで、顔色が悪い。

 エレーナが慌てて駆け寄り、妹を抱きかかえる。

「しっかりして!レーゼ!」

 急いで家の中へ運び、ベッドに寝かせる。

 アリアもすぐに水を持ってくる。

 リビングに緊張した空気が広がる。

 パラディンは窓の外で心配そうに中を見つめ続けていた。



 アリアがレーゼの看病をする。

 カムイとエレーナがその様子を静かに見守る。

 アリアが用意した薬も全く効かない。

「……よく効く薬なんだけど。」

 彼女が驚く中、エレーナが重い口を開いた。

「多分……レーゼは、魔女特有の病気になってしまったんだと思います。」

「えっ?」

 カムイが目を見開く。

 エレーナは静かに説明する。



 ヨルンの魔女は、レーゼくらいの歳になると特有の病にかかる。

 風邪のような症状で、普通の魔法や薬では治せない。

 治すにはヨルンの里を超えたギラル山脈にある薬草を使わなければならない。

 彼女は少し俯く。

 エレーナもレーゼくらいのときに患ったことがあるらしい。

 その時はまだヨルンも平和だったため、薬草で治してもらった。

 レーゼにもいつかは来ると思っていたが、想像以上に発病が早くて彼女も驚いている。



 ベッドの上でレーゼは苦しそうに息をしている。

 部屋に、重い沈黙が落ちる。

 アリアが心配そうに尋ねる。

「……そのギラル山脈って、遠いの?」

 エレーナは頷いた。

「ええ。かなり……」



 エレーナがヨルンまでの道のりを話す。

 ここから北にひたすら歩く。

 山が多いから馬車は使えないし、途中に魔物もいてエレーナもレーゼもここまで来るのに本当に苦労したらしい。

 アリアは不安な表情を浮かべる。



 すると、カムイが体を伸ばした。

「カムイ?」

 アリアが尋ねると、彼はあっさりと言う。

「よし!じゃ取りにいこっか!」

 驚くアリア。

 エレーナも目を見開く。

「ちょっと!本気!?」

「それしか方法がないんだろ?

 なら行くしかないでしょ?」



 エレーナはため息をつき、やがて覚悟を決めたように頷く。

「わかったわ。私も行く」

「おお!助かる!」

 カムイはアリアに向き直る。

「ね!お母様!行ってもいいでしょ?」

 アリアも長くため息をつく。

「どうせ言っても聞かないでしょ?」

 彼がニヤリと笑うと、彼女はようやく微笑んだ。

「気をつけて行くのよ」

「うん!」

「はい!」

 エレーナも力強く答える。

 部屋の空気が、一気に動き出す。

 レーゼを治すための、長い旅が始まろうとしていた。



 翌日。

 アリアはカムイとエレーナを見送る。

 扉の前で、今日の食事を渡しながら真剣に言う。

「いい、カムイ。

 エレーナのこと、しっかり守るのよ!」

「わかってるって!」

 エレーナも頭を下げる。

「アリアさん。

 レーゼのこと、よろしくお願いします」

「ええ!まかせて!」

 パラディンもエレーナの傍らに寄ってくる。

 彼女は優しく狼の頭を撫でた。

「パラディン……ちょっと行ってくるね。

 アリアさんとレーゼを守ってあげて」

 パラディンは低く唸り、理解したように頷く。

「じゃ、行ってきまーす!」

 カムイが元気に手を振る。エレーナは頭を下げる。

 アリアは二人の後ろ姿を見送りながら、心の中で願う。

(気をつけてね……)

 丘の道を北へと歩き出す二人。

 長い旅が、今始まる。



 道なりを歩く二人。

 カムイは目を輝かせて言う。

「なんか冒険みたいでワクワクするな!」

 エレーナは少し呆れたように視線を向ける。

「あなたね...」

 年齢的には彼女の方が一つ上だ。

(私がしっかりしなきゃ)と気を引き締める。

 それと同時に、しばらく二人きりか……と、妙に緊張する。

「どうした?」

「ううん!なんでもない!」

 彼女が慌てて否定すると、カムイは前を向き直す。



 カムイは心の中で純粋に興奮していた。

(冒険か……こんなの、生まれて初めてだな!)

 ルミエル時代にはしたことのない経験だ。

 初めての冒険に心が躍る。



 それから、長い道をひたすら進む二人。

 モンスターが出るとすぐに戦闘になる。

 カムイの槍と、エレーナの魔法で次々に倒していく。

 息の合った連携に、二人とも徐々に慣れていく。

 途中で崖を登らなければいけない場面もあったが、流石に無理だと判断し、迂回して進むこともあった。



 エレーナはふと思う。

 カムイと一緒だと、以前レーゼを連れて逃げてきた時よりも安心感がある。

「……思ったより、進んでるわね」

「そうだね!この調子でいこうか!」

 彼が軽く笑うと、彼女も小さく微笑む。

 木々の間を抜け、川を渡り、北へ北へと進む。

 ギラル山脈を目指す旅は、まだ始まったばかりだったが、二人の足取りは確かだった。



 移動中、エレーナは少しずつカムイに心を奪われていった。

 足場の狭い崖を歩く時、平気で彼女の手を握ってくれたこと。

 戦いの時は、自分にモンスターが寄りつかないように、常に前線で戦ってくれたこと。

 食事の時も、野宿のテントの中でも、楽しく話してくれたこと。



 初めて会った時。ヨルンの里の魔女というだけで軽視してこなかった彼の態度に薄々感じていた。明らかな好意を。

 そして今。

 妹のために薬草を取りに行かなければならないという目的がある。

 だが、それよりも彼とのこの時間がとても楽しく感じた。

 一息ついているとき、彼女は隣に座るカムイの横顔をそっと見つめる。

(……こんな人、初めてだな...)

 彼は気づかず、遠くの山並みを眺めながら、軽口を叩いている。

 北風が二人の髪を揺らし、長い旅路は静かに続いている。

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