第四十八話 魔女
カムイは辺りを見渡して、負傷者の避難が完了したことを確認する。
そして神聖力を最大まで解放しようとする。誰にもみられていない今なら本気でできる。
だが、いつものような力が出ない。
(ど、どうしたんだ!)
どうやら、背中に受けたウェアウルフの爪の毒にやられたようだ。
「マジかよ!神聖力もダメなのか!?」
驚きを隠せない彼に、ウェアウルフが激しく咆哮する。
「くっ!」
たじろいだその瞬間、カムイの後ろから大きな影が飛び出した。
激しい風圧とともに、先ほど洞窟で出会ったあの白い大型の狼の魔物のパラディンがウェアウルフに立ち向かっていく。
パラディンが鋭い牙と爪でウェアウルフに噛みつき、激しい戦闘が始まる。
その直後、カムイの体が柔らかい光に包まれた。
「えっ!?」
みるみるうちに体が回復していく。
背中の傷も、毒もきれいに消えていく。
背後から声がした。
「大丈夫!?」
振り返ると、先ほどの洞窟で出会った姉妹が立っていた。
どうやら、姉の方が回復と解毒の魔法をかけてくれたらしい。
カムイは目を見開き、素直に礼を言う。
「うん!ありがとう!」
姉妹は彼を見守っている。
カムイがウェアウルフに向かって駆け出す。
パラディンは激しい殴りを受け、地面に倒れ込んだ。
「パラディン!」
妹が悲痛な声を上げる。
その隙を逃さず、カムイは槍を大きく振るいウェアウルフを薙ぎ払った。
体勢を崩した獣に槍の穂先を向ける。
「今度はさっきみたいな炎じゃないぞ!」
槍から最大出力の炎魔法を発射する。
神聖力で最大限に強化された炎が、夜の森を真っ赤に染め上げた。
ウェアウルフは逃げ場もなく灰になるほど燃え上がる。
最後の咆哮すら上げられず、黒い灰となって崩れ落ちた。
それを見ていた姉妹は言葉を失う。
妹が目を輝かせて叫ぶ。
「すご〜い!」
姉の方も驚きを隠せない様子で呟く。
「あんな魔法が使えるなんて……」
燃え尽きる炎の中でカムイは槍を下ろし深く息を吐いた。
背中の傷はもう完全に消えている。
毒も、疲労も、浄化されたように軽い。
パラディンがゆっくりと体を起こす。
満月の下での戦闘はようやく終わった。
カムイが「ふー!」と息を吐き落ち着く。
姉妹は急いでパラディンの元へ駆け寄った。
姉が回復魔法をかけ、妹は傍らに寄り添う。
「大丈夫だからね」
その様子を見ていたカムイは、改めて姉の魔力に驚いていた。
(この子……すごい魔力だな。
俺の傷も瞬時に治しちゃうし……解毒に至ってはすごい腕前だ。)
パラディンはすぐに元気を取り戻す。
妹が嬉しそうに顔を輝かせる。
姉がこちらを向き、静かに尋ねる。
「あなたは?大丈夫そう?」
「う、うん!大丈夫だよ。
怪我もさっき治してもらえたから!」
お礼を言おうにも、名前がわからない。
姉が先に自己紹介をしてくれた。
「私はエレーナ・ウィッチフォール。
こっちは妹のレーゼ。」
カムイは笑顔で返す。
「僕はカムイ・ヴァルハート!
……って、さっき洞窟で名乗ったかな!」
少し照れくさそうに笑い、頭を掻く。
夜の森の中で三人と一頭が顔を合わせる。
敵対から始まった出会いが、ようやく少しだけ穏やかなものに変わり始めていた。
レーゼはパラディンを優しくあやしている。
しかも、まるで言葉がわかるかのように狼が耳を動かして応えている。
カムイはエレーナのことも気になり、静かに尋ねた。
「君たちは……何者なの?」
エレーナが少し言いづらそうに口を噤む。
(やべ!あまり聞くべきじゃなかったかな……)
カムイがそう思った瞬間、エレーナは彼の顔をじっと見る。そして、信頼できると判断したようだった。
ゆっくりと話し始めるエレーナ。
「私とレーゼは、ここから北にあるヨルンという里の出身なの」
ヨルン。
魔女の里と呼ばれ、魔術に長けたものが多く存在する里。特に女性は強大な魔力や特異的な体質を持って産まれることが多い。
カムイはヴァルハートの屋敷にいた頃、ヨルンについて聞いたことがあった。
「でも……ヨルンって……」
そう。
ヨルンは魔女の里と呼ばれるだけあって、世間からの風当たりが強い。
魔族が化けた姿。人間界の支配を企んでる。人を攫い魔力の糧としている。など、根も葉もない噂が絶えない。
そして、数ヶ月前の新聞では里の崩壊が報じられた。
エレーナは俯き、声を落とした。
「ええ。数ヶ月前……突然里が襲われて。
私とレーゼは何とか逃げられたけど、他の里の人はどうなったか...
逃げてる途中でパラディンに出会って、なんとかここまでは来れたけど……」
色々と事情がありそうだった。
彼女の表情には、まだ語り尽くせない傷が残っている。
レーゼはパラディンの白い毛に顔を埋め何も言わない。
夜の森に、重い沈黙が落ちる。
カムイは静かに二人を見つめた。
カムイは、パラディンをあやすレーゼを見て感心する。
「よくあんな巨大なモンスターを手懐けられたね?」
エレーナが説明してくれる。
レーゼは動物と会話ができるらしい。
ヨルンの魔女の特異的な力のようだ。
「へー。エレーナは?」
彼が続けると、彼女は少しだけ俯いた。
エレーナは生まれ持った魔力量が多い。
特に満月の日は力が半端ないらしい。
先ほど自分を瞬時に治した魔法の強さも、納得がいった。
だがカムイはある事に気づき「えっ!?」と驚く。
何かを察したエレーナは興奮気味に、
「ち、違うわよ!さっきのウェアウルフとは違うから!!」
あくまで魔女特有の体質。ウェアウルフとの違いを必死に伝えるエレーナ。
カムイも納得する。
話が落ち着きカムイが尋ねる。
「その……家族とかは?」
エレーナの表情がさらに沈む。
「お母様は、私たちを逃すために……離れ離れになっちゃったの。」
カムイは慌てて「ごめんね!変なこと聞いて。」
しかし、事情はなんとなく把握した。
カムイは槍を地面に立てかけ、二人を優しく見つめる。
「……そうか。
二人とも...ここまでなんとか逃げてきたんだね」
夜の森に、静かな風が吹く。
すると、遠くから声が聞こえた。
「お〜い!カムイ!」
彼はハッとして、すぐにエレーナとレーゼに振り向く。
「二人は一度洞窟に戻って!」
「えっ?」
「他の人にはあんまり知られたくないでしょ?」
咄嗟の判断だった。
エレーナは彼の意図を察して小さく頷く。
レーゼとパラディンを連れて、素早く洞窟の中に身を隠した。
ほどなくして、ハンター数人が到着する。
「カムイ!無事だったか!」
他のハンターたちが、焼け残ったウェアウルフの骨らしきものを拾い上げる。
「すげぇな!まじで灰だぜこれ!」
ぼろっと崩れる骨を見て、笑い飛ばす。
皆に褒められ、カムイは少し照れくさそうに頭を掻いた。
洞窟の入口から、その様子を見つめるエレーナ。
心の中で静かに思う。
(あの子……あんなに慕われてるんだ)
レーゼはパラディンの横で息を潜め、姉の袖を握っている。
カムイはハンターたちに怪我人の搬送とギルドへの報告を頼む。
自分はもう少し見回る事に。
皆が気にかけるが、彼の「大丈夫!」という言葉を信じて解散となった。
一人になったカムイはすぐに洞窟の入口へ。
エレーナたちが姿を現す。
「ありがとう」
彼女が小さく礼を言うと、彼は率直に尋ねた。
「二人とも……行くあてとかある?」
「いえ……」エレーナが俯く。
「それじゃ、うちに来なよ!」
「えっ!」
思わず声を上げる彼女に、カムイは続けた。
「僕の家、街から離れててそんなに人も来ないし、家も広くてお母様と二人暮らしだから!」
「で、でも……」
遠慮するエレーナ。
すると、レーゼが無邪気に目を輝かせる。
「本当に!?」
「ちょっとレーゼ...」
遠慮するエレーナに対し、レーゼは嬉しそうな顔。その顔に押され、エレーナはようやく頷いた。
「……わかった。ありがとう。迷惑でなければ甘えさせてもらうわ。」
三人とパラディンは、夜の森を抜けてカムイの家へ向かう。
一方、カムイの家。
アリアは簡単な夜食を作りながら、息子の帰宅を待ち遠しくしていた。
そのとき、玄関の扉が開いた。
アリアはキッチンから小走りで駆け寄る。
「おかえりなさい!カムイ!」
彼の表情は少し言いにくそうなものだった。
「お母様……ちょっと会わせたい人がいるんだけど……」
後ろから、エレーナとレーゼが姿を現す。
アリアは完全に固まった。
息子が、女の子を連れて家に帰ってきた。
しかも二人。
飛び上がるように驚くアリア。
自分の息子が女の子を家に連れ込むようになってしまったと慌てふためく。
「カ、カムイ!?この子たちは……!?」
彼は急いで静止する。
「待って待って、お母様!
事情があるんだ!」
四人はテーブルに座る。
パラディンは家の外で窓から静かに中を見つめている。
事情を一通り聞いたアリアは深く息を吐いてホッとした。
てっきりカムイが不良になって女の子を連れ込んできたのかと思っていたらしい。
事情を完全に把握した彼女は、すぐに決断した。
「エレーナちゃん、レーゼちゃん。
よかったらしばらくこの家で一緒に住まない?」
エレーナは目を見開く。
「本当にいいんですか!?」
「ええ。私たちも色々あってこの家にいるから。
あなた達さえ良ければ、一緒に住みましょう」
レーゼが喜ぶ。
エレーナは深く頭を下げた。
アリアは温かく二人を受け入れる。
アリアは三人のために夜食を準備する。
温かいシチュー。
それを一口含んだエレーナは、思わず涙が出てしまった。
久しぶりに人の優しさに触れた気がした。
カムイも静かに思う。
(今まで妹を守るために、必死に逃げてきたもんな……)
自分と変わらない歳で、よくここまで逃げ延びてきたなと感心する。
食事の後、エレーナとレーゼはお風呂に入った。
アリアに案内されて空き部屋へ向かう。
部屋には二つベッドがある。スペースも十分。
「わーい!」
レーゼがすぐに飛び乗る。
エレーナはアリアに深く頭を下げる。
「本当にありがとうございます」
「いえいえ。また何か必要なものがあったら言ってね」
アリアが優しく微笑み部屋を後にする。
レーゼはベッドの上で楽しむ。
「お姉ちゃん!ふかふかだよ!」
「もう、レーゼ」
エレーナが呆れつつも微笑む。
そのとき、レーゼがふと窓の外を見た。
パラディンが、大きな顔を覗かせている。
「パラディン!」
嬉しそうに駆け寄るレーゼ。窓を開けて戯れる。
狼は静かに鼻を鳴らし、応えるように尻尾を揺らした。
エレーナは優しい人に出会えて良かったと心から思う。
長い逃亡生活の終わりが、静かに始まろうとしていた。
リビングにカムイとアリアの二人が残る。
彼は少し申し訳なさそうに切り出した。
「ごめんなさい、お母様。勝手に決めて」
エレーナとレーゼを突然連れてきたことへの謝罪だ。
アリアは優しく首を横に振る。
「そんなことないわよ。
お母様、嬉しいの。
あなたが優しい子に育ってくれて」
その言葉を聞いて、カムイは静かに思う。
最近、自分でも少し変わった気がする。
ルミエルの頃は、毎日女性と過ごすことで頭がいっぱいで、周りを顧みることがほとんどなかった。
カムイになってからも、女好きなところはそこまで変わらない。
それでも、人間と関わり少しずつではあるが人を慈しむ心や優しさを無意識のうちに身につけていた。
アリアの温かい眼差しを受け止めながら、彼は小さく頷く。
「……ありがとう、お母様」
リビングの灯りが、二人を優しく包む。
アリアはカムイを優しく抱きしめる。
「このまま、優しい子に育ってね」




