第四十六話 変化
カムイとアリアが丘の家に引っ越して二年が経った。
その日もいつも通りの朝が始まっていた。
アリアがキッチンで朝ごはんを作りながら声を上げる。
「も〜!まだ寝てるのね?」
寝室に入り、バンッと扉を開けた。
「カムイ!起きなさい!
今日もお仕事でしょ!」
ベッドの上で、カムイはむにゃむにゃと寝ている。
アリアが近づいて彼を揺する。
「ほら、カムイ」
すると彼は寝言を漏らした。
「へへ。お母様♡」
アリアの夢を見ているらしい。
アリアは呆れたように、しかしどこか楽しそうにため息をつく。
「も〜!この子ったら!」
この二年で、アリアの性格はだいぶ砕けてきていた。
元々花屋で働いていた頃は、明るく元気で活発的な性格だった。
レオンハルトと結婚したのを機に、騎士の妻として礼儀正しく、優雅に振る舞うようになった。
今は気を遣わない生活を送りとても生き生きとしている。
息子と二人きりの穏やかな日々が、彼女を本来の明るさに戻してくれたのだ。
「いい加減起きなさい!ご飯が冷めるわよ」
彼女は布団を剥がし、まだ夢の続きを見ているらしい息子を起こそうとする。
遅刻しそうになるカムイ。
急いで食事をし、慌てて家を出ようとする。
「わ〜!やばいやばい!」
アリアは呆れたように微笑む。
「ほんとにこの子はもう……」
「行ってきまーす!」
彼が玄関に手をかけたところで、ふと足を止めた。
振り返り、アリアの方へ戻ってくる。
「カムイ?どうしたの?」
彼は何も言わずに、アリアをギュッと抱きしめた。
「行ってきます、お母様。
今日の夜も一緒に寝ようね。」
この二年間、二人は毎日のように寄り添って寝ている。
アリアも恥ずかしがる様子もなく、むしろ嬉しそうに答える。
「も〜。当たり前でしょ。」
彼女も嬉しそう。
「よかった。」
カムイは満足そうに笑って、ようやく家を出る。
朝の光の中、丘の道を駆け下りていく後ろ姿をアリアは玄関から見送った。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
彼女は小さく手を振りながら、ほのかに頰を赤らめていた。
ギルドに着くカムイ。
中に入ると、たくさんのハンターたちに声をかけられる。
「おう、カムイ!」
「今日も元気だな!」
「ゴールド様のお出ましだ!」
彼はこの二年間で、ハンターとしてのランクを急激に高めていた。
ハンター全体の数%しかいないゴールドランク。
カムイの歳でこのゴールドランクに到達した者は一人もいない。
最年少ゴールドハンターとして、一躍有名人になっていた。
炎の魔法で敵を焼き尽くすことから、「炎使い」の異名までつけられている。
そんな肩書きとは裏腹に、彼がギルドに入って一番にすることは変わらない。
受付嬢のメロンさんへのナンパだ。
一目散にカウンターへ駆け寄り、いつものように食事に誘う。
「メロンさん!今日こそ一緒にご飯行こうよ♡」
「だめよ。何度言われても同じよカムイ君」
今日もあっさりと断られる。
周りで見ていたハンターたちが笑う。
カムイは全く気にせず、笑顔でメロンに話しかける。
「もう…」
メロンはため息をつきつつも、毎日彼の元気な様子にどこか安心した顔をしていた。
カムイはメロンさんと他愛ない話を続けている。
その一方で、ギルドの隅の机にはシュバインが座っていた。
カムイと別れた後の長期任務も終え、今も普通にハンターを続けている。
彼もこの二年間で少しだけ変わった。
口数は少ないが、以前よりは他のハンターたちとコミュニケーションを取るようになった。
一人のハンターが、シュバインに話しかける。
「カムイのやつ……ほんとよく毎日毎日メロンさんにナンパするよな〜」
他のハンターが乗っかる。
「おいシュバイン!お前あいつの師匠なんだろ?
ナンパ術とかは教えてないのか?」
「そんなものは知らん!」
シュバインがきっぱりと否定すると、周りで笑いが起きる。
シュバインは呆れたように呟く。
「まったく……」
そのとき、ふと一枚の任務の紙に目が留まった。
「これは……」
彼は紙を手に取り、じっと内容を確認する。
表情がわずかに険しくなった。
ギルドの喧騒の中で、シュバインだけが静かにその任務を見つめている。
何か、気になる内容が書かれているようだった。
一方、騎士学校。
リディアは教科書を持って廊下を歩いていた。
友達のアリルとリザが駆け寄ってくる。
今、三人は同じクラスだ。
教室移動の途中、リザが不満そうに言う。
「あ〜、もうテスト嫌だな〜」
アリルが同意する。
「今年の科目、難しいよね」
リザが少し羨ましそうに続ける。
「リディアはいいよね〜
座学も実技も優秀でさ〜」
「そんなことないよ」
彼女は謙遜して首を横に振る。
実際のところ、リディアは下等部で常に成績トップを維持していた。
月に数回ある実技の授業でも、男子顔負けの剣術を披露する。
将来の騎士団部隊長候補とまで言われるほど、周囲から期待されている存在だ。
三人は並んで歩きながら、次の授業の話に移る。
明るく、普通の女子生徒らしい会話が続く。
だが、リディアの目には、時折どこか遠いものを見つめるような光が宿っていた。
(......カムイ、今ごろ何してるのかな?)
アリルが興味深そうに尋ねる。
「ねぇリディアちゃん。カムイ君、元気にしてるの?」
リディアは微笑んで答える。
「うん。なんかすごい大活躍してるみたいだよ!」
リザもすぐに反応した。
「あ!知ってる!炎使いでしょ!
新聞に載ってた!」
カムイとリディアは、この二年間文通を続けている。
お互いに近況を伝え合い、離れていても繋がっていた。
三人はギルドやハンターの世界のことはよく知らないが、とにかく彼が大活躍していることだけはわかる。
リザが感心したように言う。
「相変わらず、どこにいても目立つね!」
アリルも笑う。
「うん。ほんと!」
リディアは二人と一緒に笑いながら、心の中で静かに思う。
(カムイ……すごいな……
私も頑張らなくちゃ!)
廊下を歩きながら、彼女は握った教科書を少し強く握りしめた。
遠い場所で輝く少年の姿が、彼女の中の競争心と優しい気持ちを同時に刺激していた。
学校から帰ったリディア。
部屋で着替えて気合を入れる。
「よし!」
父グリルと母レオナの仕事部屋に入り、勢いよく声を上げた。
「お父様!今日も剣の訓練お願いします!」
グリルは嬉しそうに顔を上げる。
「おお!リディア!よ〜し!」
立ち上がろうとしたそのとき、メイドが控えめに声をかける。
「グリル様。今はこちらの処理が大事かと。」
仕事が忙しそうだ。
すると、レオナが立ち上がった。
「よし!なら今日は母さんが稽古をつけてやろう!」
リディアは目を輝かせる。
「お母様が!やったぁ!」
レオナは仕事をグリルに任せて、娘と一緒に部屋を出ていく。
「まったく……」
グリルは残された書類に目を落とす。
表情が徐々に曇っていくグリル。
内容は【ロイヤルフォース騎士団 第一部隊の再構成案】
最近、第一部隊の雲行きが怪しい。
現場での簡単なミスや、戦力低下が見受けられるという報告が相次いでいた。
彼は深くため息をつく。
「……レオンハルトの部隊が、こんなことになるとはな」
仕事部屋に重い沈黙が落ちる。
ギルドの仕事を終えたカムイは、家路についた。
食卓には、アリアの手料理が並んでいる。 温かい食事と、母の笑顔に囲まれた穏やかな時間だった。
食事が終わり、ソファで一息ついていると、片付けを終えたアリアが隣に座ってきた。
大好きな息子との大切な時間だ。
カムイもアリアと過ごす時間をとても幸せに思っている。
ベッドで横並びに寝る二人。
カムイが少し寂しそうに切り出す。
「明日なんだけど……夜の任務だから、一緒に寝れないんだ」
アリアも残念そうな顔をするが、すぐに優しく微笑んだ。
「ふふ。じゃあ今日はいっぱい甘えさせてあげる。」
「やった!」
彼がそう答えると、アリアは満足そうに彼の髪を撫でる。
相変わらずの親バカと甘えん坊。
他者から見られたら呆れられるほどだが、二人きりだからこそ素直に生きられる。
アリアは囁く。
「で〜も。早く帰ってきてね。」
「もちろん。」
カムイは彼女に抱きつき深く息を吸い込む。
明日の夜は一人になるのが少し寂しい。
だが、こうして今を大切に過ごせるだけで十分だった。
ベッドの上で母子は静かに寄り添う。
夜の丘の上に二人の温もりだけが残っていた。




