第四十四話 謎の少女
カムイは親玉モンスターに追い込まれ絶体絶命。
体を起こして木にもたれる。
モンスターは突進。覚悟を決めたカムイ。
すると、何者かがバッと飛び出してきた。
瞬時に親玉の四本の足を切り刻んだ。
「グァアアアアッ!!」
親玉が悲鳴を上げて倒れ込む。
すかさずその何者かは槍を一閃させ、首を正確に仕留めた。
巨大な体が地面に崩れ落ち、森が静まり返る。
(だ……だれだ?)
カムイは痛みに耐えながら、ゆっくりと顔を上げた。
うっすらと見える人影。
なんと、自分と同じくらいの背丈の人間。
しかも女の子。
長い紫がかった深紅の髪。
灰色の瞳。
紫と金の装飾が施された軽装の鎧。
そして槍を片手に持っている。
無言で、無表情のまま、彼を見つめている。
「だ……だれ?」
掠れた声で問いかけるが、彼女は答えなかった。
ただ、静かに彼の傷を確認するように視線を落とすだけだった。
森の夜に、少年と見知らぬ少女の視線が交錯する。
女の子は無言のままカムイの治療をしてくれた。
淡い光のようなものが彼女の掌から流れ、傷に触れていく。
痛みは少し残るが、傷や出血はあっという間に消えていった。
「あ、ありがとう……」
礼を言うと、彼女はコクリと頷き去ろうとする。
「あ!ちょ、ちょっと……!」
彼は慌てて引き留めた。
何かお礼をしようと、ポケットをガサゴソと漁る。
以前ギルドの報酬で獲得した宝石のネックレスを見つけた。
そんなに高価なものではないが、今渡せるのはこれだけだった。
「ご、ごめん……こんなもんしかないけど……」
女の子は不思議そうに彼とネックレスを交互に見つめる。
カムイは少し照れながら説明した。
「助けてもらった時の礼は、ものを渡すのがハンターの常識だって……おっさん達が言ってたから……」
彼なりの礼儀だった。
女の子は首を傾げ、しばらく黙っていたがようやく小さく口を開く。
「……ありがとう」
初めて聞いた声だった。
静かで少し低い、冷たいような声。
そのまま森の奥へ去っていく。
木々の影に溶けるように、あっという間に姿が見えなくなった。
カムイは力尽きたようにその場に倒れ込んでしまった。
(いったい……誰なんだろう?)
名前を聞くことすら忘れていた。
治療の余韻と疲労で意識がゆっくりと遠のいていく。
遠くでハンターたちの呼び声が近づいてくる気配がした。
だが、彼はもうそれに応える力も残っていなかった。
ハンターの男たちが森をかき分けて彼を見つけた。
倒れている姿を見て、最初は最悪の事態を想像し、青ざめる。
「おい……まさか……」
だが、一人の男が近づいて様子を確認し、安堵の声を上げた。
「いや……気を失ってるだけだ。」
全員がほっと息を吐く。
近くに倒れている巨大な猪モンスターに気づく。
「親玉がいたのか……」
「カ、カムイがやったのか!?」
彼らは勘違いをして、一気に盛り上がった。
「この歳で親玉を倒すなんて!」
「やっぱり天才だ!」
カムイは疲れて深く眠ったままで、彼らの騒ぎにも反応しない。
森の夜に、少年の「活躍」を褒め称える声が響いていた。
実際に倒したのは見知らぬ少女だったことを、彼らは知る由もない。
カムイは目を覚ました。
どうやらギルドの医務室らしい。
誰もおらず、静かな部屋だった。
体を起こすと、痛みはほとんど残っていない。
あの少女の治療のおかげだろう。
ゆっくりと部屋を出て廊下を進む。
ギルドのカウンターの方から激しい声が聞こえてきた。
共に仕事をしたハンター達が、メロンさんにとんでもなく怒られていた。
「いいですか皆さん!
子供を一人で危険な場所に放置するなんて、何を考えているんですか!」
ハンターたちは小さくなり、頭を下げて謝る。
「すんません……」
「本当に申し訳ありません……」
一人が必死に弁解しようとする。
「で、でもメロンさん、聞いてください!
カムイのやつ、モンスターの親玉を倒して……」
「それでも!もしものことがあったらどうするんですか!」
メロンの声は厳しいままだった。
彼女は約束を破られたことがどうしても許せないらしい。
周りにいた他のハンターたちも、話を聞いてざわついている。
「でも.その猪モンスターの親玉ってあれだよな?」
「ああ!最近討伐対象になってるやつ!懸賞金も高いぞ!」
「マジかよ……あの坊主が倒したのか?」
かなり有名なモンスターだったらしい。
カウンターの前で、メロンの怒りと周囲の驚きが入り混じった空気が広がっていた。
カムイがカウンターまで歩み寄る。
「僕じゃないよ」
静かにそう告げる。
メロンはすぐに彼の姿を見て安堵の表情を浮かべた。
「カムイ君!」
ハンターたちもほっとした声を上げる。
カムイは改めて自分が倒したのではないことを説明する。
「槍も魔法も、全然効かなかった。
そして危なくなったところを助けられた。」
ありのままの事実だけを話す。
「誰に助けられたんだ?」
一人のハンターが身を乗り出して尋ねる。
カムイはあの時の女の子のことを話し始めた。
自分と同じくらいの背の女の子。
長い紫がかった髪で槍を持ってて、
無言で治療してくれて、すぐにいなくなった。
彼は自分と同じハンターをしている子だと思っていた。
だが、おっさんたちは顔を見合わせ首を傾げる。
「そんな子、知らねぇな……」
「最近入った新人でもそんな若い子はいねぇぞ」
メロンもカウンターの名簿を確認しながら、首を横に振る。
「名簿にはそんな若い子はいないわね。
ましてや、カムイ君くらいの年齢の女の子なんて……」
誰一人、彼女のことを知らなかった。
カウンターの周りに微妙な沈黙が流れる。
助けてくれた少女の正体が、ますます謎めいていく。
カムイは小さく呟いた。
「……やっぱり、名前...聞いとくべきだったな。」
メロンが心配そうに彼を見る。
「とにかく、無事でよかった。
今日はもう帰りましょうね。私が送っていくから。いいわね?」
彼は小さく頷いたが、心の中ではあの無表情の少女の顔が、まだはっきりと残っていた。




