第四十一・四十二話 告白/親子愛
それから数日。
カムイはギルドの仕事をしっかりとこなしていく。
荷物運び、素材集め、村の手伝い。
どれも真面目に丁寧にこなす姿勢が、周りの大人のハンターたちを徐々に感化していった。
そんなある日。
メロンが手配した家の修繕業者が来てくれた。
そこには顔馴染みのハンターたちも何人かいる。
「よお、坊主!屋根直すぞ!」
「こっちは壁を見る!」
みんな手伝いに来てくれたのだ。
たった数日一緒に働いただけなのに、すでにカムイの人望は出来始めていた。
アリアは家の前でその光景を見守りながら、心の中で思う。
(カムイ……あなたって子は)
息子を誇らしく感じる。
丘の上の家の周りで、ハンターたちの明るい声と工具の音が響いている。
メロンがアリアに近づき笑顔で声をかける。
「皆さん、カムイ君のこと気に入っちゃって。
『あいつは将来大物になる』って言ってますよ」
「そうですか...」
アリアは丁寧に頭を下げる。
家の修理をしていると、ハンターたちが次々とカムイに話しかけてきた。
「おい坊主!お前の母ちゃん、美人だな〜!」
「く〜!羨ましいぜ!」
「なあ!紹介してくれよ!」
「おい、ずりぃぞ!」
みなアリアの美貌にぞっこんになっている様子だった。
カムイは即座に首を横に振る。
「ダメに決まってるだろ!」
ハンターたちはそれを聞いて豪快に笑う。
「ははっ、即答かよ!」
カムイは心の中で小さく舌打ちをする。
(ちくしょ〜!こいつら〜!)
ハンター達は屋根の上や壁の修繕を続けながらも、視線は時折アリアの方へ向いている。
アリアは家の中からお茶を運んできて皆に配っていた。
「皆さん、お疲れさまです。どうぞ」
「おお!ありがとうございます!」
ハンターたちの態度が一気に丁寧になる。
丘の上の家の修繕現場が一時的に騒がしく、しかし和やかな空気に包まれていた。
家の修理が無事に終わり、その日の夜。
リビングのソファでカムイは悶々としていた。
アリアが他の男に見られるのが嫌だったのだ。
もちろんアリアなら、言い寄られてもきっちり断れると思っている。
それでも、もっと独占したくなる自分がいる。
ルミエルの時では感じなかった初めての感覚だ。
キッチンではご機嫌に皿を洗うアリアの姿が見える。
彼女の穏やかな横顔、動くたびに揺れる髪。
どうしても意識してしまう。
「この穏やかな暮らしを、誰にも壊されたくない」
ソファに深く座り込み、彼は天井を見上げた。
新しい家での生活は始まったばかりだ。
母親を守り、支えると決めたはずなのに、心のどこかで別の決意も芽生えている。
その日も一緒にお風呂に入るカムイとアリア。
アリアが嬉しそうに彼の髪を洗ってくれる。
「ふふ♡ カムイ♡」
丁寧に洗い流し終えると、アリアは後ろから優しく抱きしめた。
カムイは思わず目を閉じる。
温かい湯と、母親の優しい抱擁。
新しい家でこうして穏やかな時間を過ごせることが、カムイには何より嬉しかった。
胸の奥に、温かな気持ちが一気に広がっていく。
すると、ふとアリアがカムイの表情に気づく。
そして、彼女は改めて思い直した。
カムイも少しずつ大人へ近づいている。
いつまでも子ども扱いしていては、カムイが困ってしまうかもしれない。
「ご、ごめんなさい!カムイ!」
慌てて体を離す。
母子の間に、少しだけ気まずい沈黙が落ちた。
アリアは慌てて話題を変えようとした。
「そ、そういえばカムイ! もうすぐ誕生日よね?
何か欲しいものはあるかしら?」
無理やり明るく会話を振る。
すると、カムイがボソッと呟いた。
「お母様……」
「えっ?」
彼は振り返り、アリアに強く抱きついた。
「大好きだよ!お母様!」
アリアは驚く。
カムイは恥ずかしがりながらも、はっきりと想いを伝えた。
「お母様のことが……大好きなんだ。昔からずっと!
この家に来て、毎日二人で過ごせて、本当に幸せなんだ!」
カムイは少しだけ俯く。
「でも……他の人にお母様が見られると......なんか嫌で、心配になっちゃって……」
心の中で彼は焦っていた。
(やべぇ!言っちまった!)
アリアは息子の言葉を受け止め、ただ目を見開いたまま固まっている。
アリアは心の中で大歓喜していた。
大好きでたまらないカムイが、こんなことを思ってくれているなんて。
しかし同時に、強く自分を戒める。
(ダ、ダメよ私。
いつまでもカムイを甘やかしてばかりいちゃ。きちんと教えられることは教えないと……)
アリアは深呼吸をし、息子の肩を優しく押して距離を取る。
できるだけ落ち着いた声で説得した。
「ありがとうカムイ。お母様を大切に思ってくれて。でも大丈夫よ。お母様はどこにも行かないから。」
カムイは「本当?」と。
アリアは「ええ。ずっとあなたのお母様よ。」と笑顔で対応する。
その日は同じベッドだが、背を向けて眠る二人。
カムイはルミエルとして、心の中で思う。
(やばい……流石に正直に言いすぎたかな?
で、でも仕方ねぇよな……アリアのことが大切なのは本当なんだから)
告白してしまったことへの軽い後悔と、それでも嘘はつけなかったという思い。
隣にいる母親の気配を感じながら、カムイは静かに目を閉じた。
一方、アリアは目を開けたまま
(ど、どうしましょう……
あのカムイが……あんなに積極的に伝えてくれるなんて……)
ずっと溺愛していた息子。
成長とは早いものだ。
それと同時に、自分を大切に想ってくれた事に嬉しく思う。
それから、少しだけアリアと気まずくなってしまったカムイ。
決して仲が悪くなったわけではない。
むしろ、仲が良すぎたからこそのぎこちなさだった。
ギルドでも彼は時々ボーッとしてしまいメロンに心配される。
「カムイ君?大丈夫?」
「あ!はい!だ、だ、大丈夫です!」
慌てて準備に戻ろうとすると、彼女は首を傾げる。
「大丈夫かしら……?」
近くにいたハンターたちがすぐに茶化し始めた。
「ははは!あの小僧!メロンさんの色気に呑まれたな!」
「当然だろ!メロンさんを間近で見りゃな!」
メロンは呆れたように腰に手を当てる。
「もう、何言ってるんですか。
子供に変なこと吹き込まないでください」
カムイは小さく息を吐いた。
家での気まずさと、母親への想いが日中の作業にも影を落としている。
メロンは心配そうに彼の背中を見送りながらカウンターに戻っていく。
それから数日が経ったある日。カムイの誕生日の前日の夜。
風呂から上がったカムイ。
最近はアリアと一緒に入れなくなっていた。
先に入った彼女はすでに寝室にいる。
リビングで彼は小さく呟く。
「しまったな……」
告白してしまったことへの軽い後悔に苛まれていた。
すると、アリアがリビングに現れる。
「……カムイ?ちょっといいかしら?」
(なんだろう?)
彼は促されるまま寝室へ向かった。
二人きりの寝室。
アリアが自身の想いを伝えた。
「カムイ……この間のことだけど...お母様はとても嬉しかったわよ♡私もあなたが大好きよ。」
その言葉に、カムイは嬉しく思う。
「お母様...ありがとう。僕も嬉しいよ!」
アリアは彼と距離を取ることはできなかった。大人に成長していったとしても、息子への愛は変えたくない。
教えられることはしっかり教え、彼に対する愛情も忘れない。それが彼女なりの決意だ。
二人は久しぶりにベッドで寄り添った。甘えてくるカムイをやはり可愛く思ってしまうアリア。
(カムイ……♡ あなたは、いつまでたっても私の大切な息子よ)
誰にも邪魔されず、親子二人きりの時間。
二人は改めて、この喜びを感じた。
夜が更けていき、カムイは甘えるようにアリアに抱きついていた。
彼女も嬉しく思い、優しく頭を撫でる。
そんな穏やかな時間の中で、ふとカムイが口を滑らせてしまった。
「あ〜。リーラもお母様も...優しいな♡」
アリアの動きがピタリと止まる。
ピキッとした空気が流れる。
カムイはすぐに自分の失言に気づき心の中で叫ぶ。
(や、やばい……)
恐る恐る顔を上げると、アリアは笑顔だった。
だが、その笑顔の奥にわずかに怒りが感じられる。
「カムイ?今なんて言ったの〜?」
優しい顔と口調。
しかし、明らかに怒っている。
「そ、その〜」
カムイはゆっくりと彼女の腕から距離を取ろうとする。
だが、アリアはカムイをそっと押さえた。
「こ〜ら♡逃げちゃダメでしょ〜?」
アリアは優しい笑顔のまま尋ねる。
「リーラって言った?」
寝室には、先ほどとは全く違う尋問の空気が流れ始めていた。
息子の口から出たもう一人の女性の名前が、母親としての想いに火をつけた瞬間だった。
二人は向かい合ってベッドで座る。
カムイはすべてを白状する。
リーラにも大切だと伝えていたこと。
アリアは静かに彼を見る。
「つまり、カムイが初めて伝えたのはリーラってこと?」
「は、はい……」
すると彼女は、怒るのではなく悔しがった。
自分の大切な息子が、リーラにも大切な想いを伝えていたことが少しだけ寂しかったのだ。
しかもアリアよりも先に伝えている。先を越されたことがどうしても悔しい。
「も〜!なんでリーラなの!!カムイは私が一番だと思ってたのに〜!」
子どものように拗ねるアリアの姿に、カムイは驚愕する。
「お、お母様!?」
アリアは頬を膨らませ、少しだけ駄々をこねるようにしていた。
だが、すぐに気を取り直す。
「いい、カムイ!
これからはお母様も、リーラに負けないくらいあなたを大切にするわ!」
まさかの宣言だった。
息子との時間をもっと大切にして、母親としてできることを増やしていくらしい。
アリアの溺愛が、思わぬ方向へと勢いを増した瞬間だった。
カムイは戸惑いながらも、そんな母親の姿に思わず苦笑した。




