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第三十八話 怒りの果て

 話は変わって天界。

 天界人たちがせっせと働く中、ルミエルの許嫁であるフロリス、アミリアル、メルの三人は、神としての仕事の合間に密かにルミエルの事件について調べていた。



 ある時、フロリスは大神殿近くの階段に座って休憩をしていた。

(は〜……ルミエルについて調べてるけど、何もわからないな……)

 すると、向こうから明るい声が飛ぶ。

「あ! いたいた!」

 メルが駆け寄ってくる。

 アミリアルも一緒だった。

「あら、フロリス。休憩中かしら?」

 三人は階段に並んで腰を下ろす。



 ふと、アミリアルが階段を降りた先の広間を見て静かに呟く。

「あそこ……懐かしいわね」

 フロリスも短く同意する。

 実はその広間には、少し苦くもあるが大切な思い出があった。

 三人の視線が、静かな広間に向けられる。



 アミリアルとメルは有名な神の家系であったが、フロリスだけは普通の天界人の子であった。

 幼い頃、ルミエルはアミリアルとメルと三人で、よく花畑に遊びに来ていた。そこでフロリスと出会った。

 ルミエル達は身分の違いなど関係なく、フロリスと仲良くしてくれた。フロリスはそんな三人の優しさを嬉しく思った。



 四人の仲が良くなり、大神ユリスやルミエルの母である愛の神ラディもフロリスのことを気に入ってくれた。三人を許嫁にしようという話も出ていたくらい。

 これはフロリスの一家にとっては千載一遇のチャンスだった。フロリスはルミエルに見合う女性になるために努力を重ね、天界でルミエルの婚約者と認められるほどの存在になった。

 しかし、そのことをよく思わない者もいた。



『過去の話』

 フロリス、アミリアル、メルの三人が正式に婚約者として大神ユリスに認められた日のこと。

 広間を歩いていると、突然因縁をつけてきた天界人が。

 相手は神聖力の力をフロリスの顔にぶつけてきた。

「きゃっ……!」

 フロリスの顔がやけどで爛れてしまい、彼女はその場にしゃがみ込む。

 メルがすぐに駆け寄る。

 必死に心配するが状態がかなり悪く簡単には治らない。



 アミリアルが怒って前に出る。

「あなた達!!なんてひどいことを!」

 因縁をつけてきた天界人は、ユリスの孫であるルミエルの婚約者になれなかった女性の兄弟だった。

 彼らは吐き捨てるように言う。

「うるさい!成り上がりの娘が出しゃばるからだ!」

「そうだ!うちの妹がどれだけ傷ついたか!」

 フロリスは顔を押さえたまま、体を小さくしていた。

 メルが彼女を支え、アミリアルが相手を睨みつける。



 するとそこに、叫びながらやってくる男がいた。

「おい!何やってる!!」

 ルミエルだった。

 彼は階段から飛び降りて、すぐに駆け寄る。

「フロリス!!」

 子供の頃からの仲である彼女。

 彼は心配そうにフロリスの顔を見ようとする。

 一瞬、爛れた顔が見えた。

「やめて!」

 フロリスが叫んで顔を隠す。



 号泣しながら、震える声で続ける。

「ルミエル......ごめんなさい。

 私...こんな醜い顔、あなたに見せられない。

 こんな顔になって...もうあなたの婚約者だなんて...名乗れないよ……」

 大泣きする彼女を見て、ルミエルの頭の中で何かが切れた。

 広間に彼女の泣き声だけが響いている。



 アミリアルとメルが心配そうに見守る中、ルミエルはゆっくりと立ち上がった。

 その瞳にはこれまで見たことのないような、冷たく、激しい怒りの感情が宿っていた。

 大切にしていたものの一つを傷つけられた怒りが、静かに、そして確実に燃え上がり始めていた。



 ルミエルは鬼の形相になって振り返った。

「テメェら!」

 完全にブチ切れている。

 身体中から凄まじい量の神聖力が発散され始めた。

 その量は常軌を逸していた。

 彼は低く、威圧的に言い放つ。

「誰の女に手を出したか……わかってるんだろうなあ!!!」

 最大限に解放された神聖力の圧が空間を支配する。

 因縁をつけてきた天界人たちはその迫力だけで次々と気絶して倒れた。



 広間に重い沈黙が落ちる。

 アミリアルが小さく呟く。

「ルミエル……」

 メルも目を丸くして言った。

「す、すごーい……」

 ルミエルは倒れた相手たちを見下ろしていた。

 フロリスを傷つけた者への怒りが、力を完全に解き放っていた。

 階段の上からその光景を見ていた他の天界人たちも言葉を失っている。

 婚約者を守るために発揮された圧倒的な神聖力の余韻が、広間に残っていた。



 ルミエルはその後、急いでフロリスの顔の治癒を試みた。

 彼女が顔を見せるのを拒もうとするが彼は優しく言った。

「大丈夫だ」

 静かに神聖力を放つ。

 徐々に爛れていた皮膚が回復していく。

 美の神の地位を与えられたばかりのルミエル。その美の力によってフロリスの顔は完全に元に戻った。



 フロリスが自分の手で頰を触れて驚く。

 アミリアルとメルも驚く。

 ルミエルは立ち上がり、大きく息を吐いた。

 そして、はっきりと言い放つ。

「まったく!女性の顔を傷つけるなんて、卑劣極まりないな!」

 彼は女性の顔が傷つけられるのが何よりも許せなかった。

 必死に治療してくれたその姿に、フロリスはより一層彼のことが好きになった。

 傷は消え、三人の婚約者とルミエルの絆がこの出来事を通じてさらに深まっていた。

 フロリスは治癒された顔で静かに彼を見上げる。

「ルミエル……ありがとう」

「気にするな!」と満面の笑みのルミエル。

 美の神と婚約者たちの大切な記憶がそこにあった。



 現在の天界。

 過去の思い出を思い返していたフロリスたち。

 アミリアルが静かに呟く。

「あの時は...本当にすごかったわね」

 メルが手をバチバチと動かしながら同意する。

「うん!神聖力がこうバチバチ〜って!」

 フロリスも短く頷く。



「あの後、少し大変だったわよね。」

 ルミエルが神聖力で相手を気絶させたことで、天界では少し問題になった。

 だが、アミリアルとメルが証言してくれたおかげで、加害者たちは罰を受けた。

 フロリスはさらに、その日の夜のことを思い出す。



 その日の夜は、フロリスがルミエルの寵愛を受けていた。

 ベッドの中で行為が終わり寄り添っていたとき、彼女はふと気になって尋ねた。

「あの時……もし私の顔が戻らなかったら、こうして愛してくれなかった?」

 すると、ルミエルは笑った。

「何言ってんだよ。そんなわけないだろ。」

 フロリスは驚いて彼を見る。



 ルミエルは平然と、しかし真剣に言った。

「生きとし生けるもの。そのすべてに美しさはある。それは外見だけじゃなくて、中身にも言えることだ。

 俺は、フロリスが悲しまないように顔を治したけど、もしできなかったとしても、俺はお前を愛し続けるよ!」

 フロリスは驚く。そしてルミエルは続ける。

「だって...俺はフロリスのまっすぐで一生懸命なところが好きなんだから!」

 その言葉に、フロリスは勘違いをしていたことに気づいた。

 自分が許嫁として選ばれたのは、昔からの仲で、ある意味情けではないかと思っていた。それでも、彼に見合うために見た目の美しさを磨いていた。



 しかし、本質は違った。

 ルミエルは幼い頃からの彼女の努力をすべて知っていたのだ。

 確かに美を慈しむ男。

 それは外見だけでなく、中身も含めめということを彼女は深く知った。



 アミリアルとメルはフロリスの話を真剣に聞く。

 アミリアルが小さく息を吐き、静かに言った。

「ほんと……いい加減に見えて、言う時は言う男ね」

 フロリスが俯きながら同意する。

「ええ。それだけに……消滅したというのは……悲しいわね。」

 メルも寂しそうに続けた。

「うん……ルミエル……会いたいな……」

 三人の間に、短い沈黙が流れる。



 すると、アミリアルが少し冗談めかして口を開いた。

「もしも、私たちの誰か...そうでなくても、女性が傷つきでもしたら、ルミエルが化けて出てくれるかしらね?」

 フロリスが慌てて制止する。

「ア、アミリアル!冗談はやめてください!

 天界で幽霊なんて……非現実的です!」

 メルも真剣な顔で付け加える。

「もしそんなことがあったら、化けて出るだけじゃなくて、また怒っちゃうよ!ルミエルが!」

「それもそうね」

 アミリアルが小さく笑った。

 三人は階段に座ったまま、失われた婚約者の男のことを想っていた。



 彼女たちは知らなかった。

 まさに今、下界でカムイ・ヴァルハートという少年に転生したルミエルに、彼女たちが予想していた出来事が起こっていることを。





 下界。ヴァルハート家。

 アリアがレオンハルトにビンタされ床にしゃがみ込む。

 リーラがすぐに駆け寄った。

 その様子を見たカムイ。

「......は?」

 リーラが激しく怒る。

「レオン!なんてことを!」

 レオンハルトはたじろぎ、言い訳をしようとする。

「ち、違う!俺は……」



 一歩踏み出そうとした。次の瞬間だった。

 稲妻のような速さで、彼の目の前に現れる者がいる。

 レオンハルトはゾッとして後ずさる。

 目の前には鬼の形相をしたカムイが立っていた。

「おい……テメェ……今何しやがった……」

 低く、冷たく、怒りに満ちた声。

 レオンハルトが震える。

「な、なんだと……」

 目の前にいるのは、確かに自分の息子のカムイだ。

 しかし、何か得体の知れない誰かに話しかけられているように感じる。

(な、なんだ!この雰囲気は。

 カムイじゃないのか!?)

 玄関に、ただならぬ殺気が満ちていた。



 カムイの全身から、凄まじいオーラが溢れ出す。

 レオンハルトは完全に青ざめた。

 リーラとアリアは一緒にカムイを見上げる。

 アリアは思う。目の前にいるのは自分の息子のはずなのに、今は何か別のものが憑依したように感じる。



 カムイはレオンハルトを真っ直ぐ睨みつけ、低く言い放った。

「……どうしようもねぇ。ほんとどうしようもねぇクズだな、テメェ...

 女の顔に手をあげるなんざ、万死に値する」

 カムイは、本当なら今ここでレオンハルトを始末したい。しかし、アリアやリーラが怯える姿を見たくないと思い、考えを変える。

「俺も...出ていく。アリアと一緒にな」

 アリアが小さく彼の名を呼ぶ。

「……カムイ」

 彼はさらに、警告を重ねる。

「追いかけてくるんじゃねぇぞ。

 もし追いかけてきたり、俺たちに追っ手を放ったりしたら……」

 最大限の覇気を放ち、はっきりと言い切った。

「お前やその部下の命は...ないと思え!」

 あまりの恐ろしさに、レオンハルトは力が抜け尻もちをつく。



 カムイのオーラは消えた。

 彼は振り返り、すぐにアリアのもとへ駆け寄る。

 いつもと同じ、優しい顔に戻っていた。

「カムイ……あなた……」

 彼は母親の手を優しく握る。

「お母様。行こう。

 僕が一緒にいるから」

 アリアは堪えきれず涙を流した。

 美の神の怒りが、一度燃え上がり、そして静かに収まった。



 アリアはリーラから荷物を受け取る。

 玄関でカムイがリーラに向かって手を伸ばした。

「ねぇ!リーラも一緒に行こうよ!」

「えっ……」

 リーラは驚き、少し間を置いて振り返る。

 レオンハルトはいまだに地面に座り込み、呆然として動けずにいた。

 すると、アリアが静かに口を開く。

「リーラ……ごめんなさい。

 あなた……まだ彼を愛していたのね」

 リーラがビクッと体を強張らせる。



 実は、アリアがレオンハルトの素行調査をお願いした際、リーラとの関係も知ってしまった。

 それも、直近まで体の関係があったことも。

 カムイは大きく目を見開く。

 ピクニックの日を機に、レオンハルトとの体の関係はなくなったと思っていた彼にとって衝撃だった。

 リーラは涙を流し、二人に深く頭を下げる。

「申し訳ありません……アリア様、カムイおぼっちゃま……

 私には、お二人のそばにいる資格は...ありません。

 なので...一緒には...行けません」



 カムイが必死に説得しようとする。

「リ、リーラ!そんなことないよ!

 僕には君が……」

 言いかけたところで、アリアが彼の肩に手を置き静かに首を横に振った。

「そ、そんな……」

 寂しそうなカムイ。



 アリアはリーラに向かって穏やかに、しかしはっきりと言った。

「リーラ。あなたには怒っていないわ。

 むしろ……大切な人を奪うような真似をして、本当にごめんなさい。長い間、辛い思いをさせたわね。

 ...彼のことを、よろしくお願いします。」

 そう言い残し、彼女はカムイの手を引き、屋敷を出ていく。



 屋敷を出る二人。

 カムイが振り返ると、リーラが深々と頭を下げたまま立っていた。

 彼は小さく名前を呼ぶ。

「リーラ……」

 突然の、大切な人との別れ。

 胸の奥がじわりと痛んだ。

 アリアが優しく彼の手を握り直す。

「行きましょう,カムイ」

「……うん」

 二人は再び前を向き、屋敷の門をくぐっていく。

 カムイは何度も振り返りたそうにしながらも、母親と並んで歩き続けた。

 ヴァルハート家を出た少年の背中に、別れの寂しさが重くのしかかっている。

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