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第三十七話 残酷

 カムイがシュバインとの訓練を始めてから随分と時が経った。

 この日も、草原で訓練に明け暮れていた。

 訓練が終わり、シュバインが静かに告げる。

「カムイ……急ではあるが、今日で訓練は終わりだ」

 カムイが大きく目を見開く。

 ごねようとするが、シュバインははっきりと言い切った。

「もう、お前に教えることがなくなってしまったんだ。

 それに……明日から俺は、この街を離れて長期任務に入る。しばらくは会えなくなる」

 残念ではあるが、納得せざるを得ない。



 カムイは唇を噛みしめ、小さく頷いた。

 するとシュバインは珍しく彼を褒める。

「この短期間で、お前はかなり成長した。

 動きが練り上げられている。

 正直、ここまで強くなるとは思わなかった」

 シュバインは静かに、しかし力強く言った。

「お前なら……この国を変えられるほどの人間になれるはずだ」

 カムイは真っ直ぐに返事をする。

「うん!ありがとう!」

 草原に夕陽が差し、師弟の最後の時間が静かに流れていく。

 無口なハンターの弟子に託した言葉が、少年の胸に残っていた。



 シュバインは最後にカムイにあるものを差し出した。

「これをお前にやる」

 少し異様な形をした短剣だった。

 カムイは受け取って目を丸くする。

「これは……?」

「これはな、とっておきだ」

(短剣の説明は割愛)

 能力を聞いたカムイは素直に感嘆の声を上げた。

「す、すげぇ!」

 シュバインは短く頷くと背を向ける。

「ではな。また会おう」

 そう言い残し超スピードで去っていく。

 去り際も素早く彼らしい別れ方だった。

 カムイは草原に一人残され、渡された短剣を見つめる。

 心の中で神ルミエルとして静かに思う。

(あんな人間もいるんだな……)

 ある一人の人間。寡黙で実直な生き方。

 短い期間だったが、確かなものを教えてもらった。



 屋敷に帰るカムイ。

 玄関に入った瞬間、レオンハルトが待っていた。

 何やらとんでもない剣幕で彼を睨みつけている。

(えっ!?)

 困惑するカムイに父親が大声で怒鳴る。

「カムイ!!!お前と言うやつは!」

 なんとカムイがハンターと訓練をしていることがバレてしまったのだ。

 レオンハルトの部下が数日前にたまたまギルドにいたらしい。

 そこでカムイを見かけ、「レオンハルト隊長の息子では?」と思い、周囲のハンターに聞き込みをした。その結果、シュバインとの師弟関係がバレてしまい報告されてしまった。

 カムイは(し、しまった!最近は全然周りを警戒してなかった...しくじった...)



 レオンハルトは、騎士学校の先輩との訓練という嘘をついたことにももちろん怒っている。

 だが何よりも許せないのは、自分の最も嫌うハンターという人種と、息子が接触をしていたという事実だった。

「よりにもよってハンターだと!?なぜあんな連中と関わった!」

「お、お父様、それは……」

「言い訳はいい!」

 厳しい声に、カムイは反論する隙も与えられない。

 屋敷の空気が一気に凍りつく。

 父親の怒りの根源が、ハンターへの強い嫌悪にあることを、カムイは改めて痛感していた。



 レオンハルトはさらに声を荒げ、ハンターへの悪口を続けた。

「あんな連中は信用できん!盗みや密猟を繰り返す下衆どもだ!」

 それに対し、カムイは真っ向から反抗する。

「シュバインさんはそんな人じゃない!!!」

 神としても認めた男を侮辱されて、彼自身もかなり怒っていた。

 レオンハルトが目を見開く。

「お前!あんな下衆な輩と関わりを持っていいと、本当に思ってるのか!!」

「下衆?下衆はどっちですか!

 お父様がそんなことを言える立場ですか!」



 カムイは以前の侍女の妊娠の件を、はっきりと口にした。

 レオンハルトが激しくたじろぐ。

「な、なぜ知ってる……」

「確かにハンターには悪い人もいるよ!

 でも!僕に戦いを教えてくれた人は、そんな人じゃない!

 無愛想だけど、お父様みたいな不純な人とは全然違う!」

 痛いところをつかれたレオンハルトは、感情的になってしまう。

 次の瞬間、彼はカムイを殴っていた。

「っ……!」

 カムイは地面に倒れ込む。

 頰が真っ赤に腫れ上がる。



 玄関の騒ぎを聞きつけて、アリアとリーラが様子を見にきた。

 アリアは、レオンハルトがカムイを殴った瞬間を目撃し、顔が青ざめる。

「カムイ!!!」

 急いで駆け寄り、倒れている息子を抱き起こす。

 リーラもすぐにそばに駆け寄る。

「おぼっちゃま!」

 頰が真っ赤に腫れている。

 アリアはゆっくりと振り向き、夫を睨みつけた。

「……あなた」

 レオンハルトが慌てて言い訳をする。



「……もう、我慢できません。」

 アリアが低く言い放つと、ポケットから大量の写真を取り出し、地面に叩きつけた。

 パラパラと広がる写真。

 写っていたのはレオンハルトの不倫現場だった。

 部下の女騎士、以前のメーデルとは別の侍女、よそで出会ったであろう街の女性たち。

 とんでもない数の相手。

 レオンハルトの顔から、完全に血の気が引く。

「こ、これは……」



 実はアリアは、リディアの母であるレオナに頼んで、レオンハルトの素行調査をお願いしていた。

 カムイの騎士学校の舞踏会のときに相談し、後日のピクニックの日。真に彼を信じるために正式に依頼したのだ。

 メーデルの一件で心を入れ替えたと信じていた。

 しかし現実は残酷だった。

 メーデルの一件以降も、レオンハルトの女遊びは止まっていなかった。アリアとの関係が悪くなったことをいいことに、さまざまな女性と体の関係を持っていた。

 さらには、メーデル以前にも何人もの女性を妊娠させてはすぐに病院に行かせていた。

 関係を持った部下の女騎士に関しては、いいががりをつけて部隊長権限で追放したという。ひどい所業であった。

 その事実を知り、カムイもリーラも完全に唖然とする。

 玄関に散らばった写真と、凍りついた空気。

 ヴァルハート家の本当の闇が、すべて晒された瞬間だった。



 アリアは激怒し、はっきりと言い放った。

「もう...ここから出ていきます!」

「ま、まて!」

 レオンハルトが止めに入る。

 激しい言い争いが始まる。

「やめてください!」叫ぶアリア。

 その様子をカムイは呆然と見ていた。

(おいおい……とんでもないことになってきたな……)

 流石に焦る。



 正直レオンハルトの女癖の悪さは、ルミエルの頃と似たようなものを感じる。

 しかし、自分はそこまでの下衆な行いをしたことはない。筋違いではあるかもしれないが引いてしまう。

 リーラが心配そうに声をかける。

「おぼっちゃま……」

「う、うん。大丈夫」

 彼は短く答え、ふと後ろに目をやった。

 シュバインからもらった短剣が、転がっていることに気づく。

 反対方向に飛んでいっていた。



(いかんいかん)

 彼は立ち上がり短剣を取りに行く。拾い上げようと身を屈めた。その瞬間だった。

 後ろから「パンッ!」という乾いた音が響く。

「えっ?」

 振り返ると、レオンハルトがアリアの顔をビンタしていた。

 アリアがバランスを崩し倒れ込む。

「アリア様!!」

 リーラが悲鳴を上げて駆け寄る。

 その光景を見て、カムイは小さく呟いた。

「......は?」

 頭の中で何かが切れた感覚がした。

 それまで抑えていたものが、一気に表面へ溢れ出そうとしている。

 玄関には母親が倒れている姿が広がっていた。

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