第三十五話 受付嬢
一人でギルドに向かうカムイ。
街の景観が少しずつ変わっていく。
歩いている人たちも、騎士や貴族から商人、庶民の人たちへと変わっていく。
やがて、目的の場所に到着した。
大きな建物。
ここら一帯のギルドの中では、比較的大きく広い場所だ。
彼はシュバインの情報を得るべく、躊躇なく入り口の扉を押して中へ入っていった。
入った瞬間、なかなかの光景が広がっていた。
昼間から酒を飲むハンターたち。
大声で談笑するもの。
まさに荒くれ者たちの巣窟といった感じだ。
おぼっちゃまのカムイの服装は、明らかに場違いだった。
彼がゆっくりと中を見渡すように歩くと、周囲がざわつき始める。
「誰だ?あいつ?」
「子供?」
「おいおい!迷子か?」
ヒソヒソと話す声が、あちこちから聞こえてくる。
視線が集中する中、カムイは特に怯んだ様子もなく足を進めた。
当然のことながら二人のハンターがカムイに絡んできた。
「おいおい。どうした小僧?ママとはぐれたか?」
「ここはお前が来るところじゃねぇぞ!」
明らかに茶化す感じだった。
カムイは心の中で、絡まれても仕方がないと素直に認めていた。
そのとき、女性の声が飛んできた。
「こら!あなた達!」
ハンターたちはすぐに顔を強張らせる。
「あっ!メロンさん」
現れたのはメロンと呼ばれる女性。
長い茶髪を高いポニーテールにまとめ、白いオフショルダーのブラウスにコルセット、茶色のロングスカート。
豊かな胸元が目立つ、おっとりした雰囲気の大人の女性だ。
彼女は腰に手を当て、二人を叱る。
「ダメじゃないですか!小さい子を怖がらせちゃ!」
「い、いえいえ!怖がらせてなんて!」
一人のハンターが慌てて笑う。
メロンは手を叩いて続けた。
「はいはい!飲んでばかりいないで、お仕事してください!」
二人はしぶしぶギルドの外へと去っていく。
メロンは彼らの背中を見送ると、カムイの方に向き直った。
メロンはカムイの目線に合わせて、優しく前屈みになった。
「大丈夫?」と。
カムイは「う、うん!」と答える。
女性はカムイに挨拶をする。
「こんにちは。私はメロン・セレスティア。このギルドで受付として働いてるの。」
カムイも自己紹介。
「僕はカムイ・ヴァルハートっていいます!」
メロンは笑って「カムイ君か!いい名前ね。」と。
「カムイ君...ここは子供が1人で来るには危ないわよ」
柔らかな声音で、注意と心配を込めて話しかけてくれる。
だがそんなことよりも、カムイは目の前の光景に釘付けになっていた。
前屈みになったことで目の前を直視する。
(おお...なんという...)
さすがは「メロン」という名にふさわしい。
メロン自身は彼の視線に気づいていない様子だが、カムイは全く話に集中できていない。
少年はなんともいえない気持ちになった。
カムイは心の中で強く自分を叱った。
(あ!いかんいかん!)
メロンに見惚れていた自分を慌ててリセットする。
彼は視線を上げはっきりと告げた。
「僕、シュバインって人を探しに来たんだ!」
その言葉に、メロンは「えっ?」といった表情を浮かべる。
「カムイ君...シュバインさんを探してるの?」と。
シュバインは確かにこのギルドに来るが、誰とも口を聞かない無口なハンターだ。
話しかける者など一人もいない。
それなのに、こんな子供に探されていることに、彼女は素直に驚いた。
メロンは、すぐに周囲を見渡し隅の机を指差す。
「ちょうどあそこにいるわ。」
「ありがとう!」
カムイは明るく礼を言い、すぐに走っていく。
メロンは彼の後ろ姿を見送りながら、首を傾げた。
「珍しいこともあるものね」
ハンターギルドの隅の机。
一人の男が、静かに資料を読んでいた。
カムイはすぐに確信する。
近づいてくる気配に、シュバインが顔を上げる。
カムイだとわかり、無表情のまま短く反応した。
「お前は……」
カムイは明るく挨拶する。
「お久しぶりです!あの時はありがとうございました!」
シュバインは表情を変えずに、静かに答えた。
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。
お前にはいろいろと驚かされたが、おかげでドラゴンの卵を守ることができた。」
無愛想な男だが、確かな感謝の言葉だった。
シュバインが真っ直ぐに尋ねた。
「ところでお前、こんなところまで何しに来たんだ?」
カムイは少し前のめりになり、事情を話し始める。
離れた席のハンターたちが、小声で騒ぎ始める。
「おい、あれ見ろよ! シュバインのやつが誰かと話してるぞ!」
「珍しいな」
「俺なんて一度も話したことないぞ!」
「相手は……子供か?」
無口で無愛想な男が、誰かと普通に会話している姿に、周囲が驚いている。
カムイは話を終え、はっきりと頭を下げた。
「なのでシュバインさん!僕を弟子にしてください!」
その瞬間、辺りのハンターたちが完全に絶句する。
あの無口で無愛想なシュバインが、弟子入りを志願されているのだ。
シュバインの表情が、わずかにムッと変わる。
彼は椅子を立ち、短く言い放った。
「断る!」
次の瞬間、凄まじい速さでギルドの出口へ消えていく。
風のような動きだった。
「えええーーー!」
カムイが悲鳴のような声を上げる。
ギルドでは、たちまち笑いに包まれた。
世間知らずのおぼっちゃまが、無口なハンターに弟子入りを志願して、きっぱりと断られる。
情報量が多すぎて、笑い転げる者まで出る始末だ。
爆笑の渦の中、カムイは拳を握りしめて悔しがる。
その無邪気で真っすぐな反応を、受付のメロンがクスッと笑いながら見ていた。
(面白い子ね)
彼女はカウンターで彼の姿を興味深そうに見つめている。少年の初めての弟子入り志願は、こうして盛大な失敗に終わった。
しかし、カムイは諦めなかった。
毎日のようにギルドに通い、シュバインを探しては何度も弟子入りを志願した。
休みの日、学校終わりの夕方、時にはギルド閉店ギリギリまで待ち伏せることもあった。
次第に、ギルド内では名物扱いになる。
育ちのいいおぼっちゃまが、ギルド一無口で人の輪に入らないシュバインに弟子入り志願を続けるという光景。
カムイがギルドに入るたびに、すでに待ち構えた声が上がる。
「お!来たぞ!」
「今日は成功するか?」
「いや、無理だろ」
賭けをする者まで現れた。
何度も何度も断られ、ついに志願回数が百回を超えた。
さすがのハンターたちも、感心したように呟く。
「すげぇな……」
「百回はいったぞ。」
シュバインは相変わらず、毎回きっぱりと「断る」の一言で去っていく。
それでもカムイは翌日も、またその次の日も、ギルドの扉を押し続けた。
受付のメロンも、最初は面白がっていたが、次第にその執念深さに驚いている様子だった。
ギルドの日常に、少年の粘り強い挑戦がすっかり定着していた。
ある日の夜。
ギルドでメロンが閉店の準備をしていると、扉がそっと開き、コソッと入ってくる人影があった。
シュバインだ。
彼は周囲を警戒するように見回し、短く尋ねる。
「あいつは……」
メロンはふふッと笑う。
「今日はもう帰りましたよ。
おぼっちゃまも、いろいろと忙しいみたいですね」
その言葉に、シュバインは珍しく気を抜いた表情を浮かべた。
任務完了の報告をしたかったのだが、カムイが待ち伏せているかもしれないので、ギリギリの時間を選んで来たのだ。
彼は椅子に座り、小さくぼやく。
「まったく……あいつのせいで、まともに動けん」
メロンはカウンターを拭きながら、興味深そうに彼を見る。
「ほんと...毎日頑張りますね。
よっぽどシュバインさんの弟子になりたいんですね。」
「いい迷惑だ。」
シュバインは短く言い切り、報告用の書類を取り出した。
静かな夜のギルドに、無口なハンターの疲れたような吐息が落ちる。
メロンがカウンターに手をつき、静かに尋ねた。
「でもシュバインさん?どうしてあんなに人との接触を拒むんですか?」
シュバインは少し沈黙したあと、自らの人生について語った。
彼は、物心ついた時から一人だった。
両親の顔も知らずに、一人で過酷に生きてきた。
そして、師と呼べる人に出会いハンターになった。
メロンが優しく続ける。
「そうだったんですか。なら今度は、シュバインさんがカムイ君の師匠になってあげればいいじゃないですか。」
しかし、彼の話には続きがあった。
シュバインの師匠は、共に任務をした時に死んでしまった。
理由はシュバインのミスによるものだ。罠の存在に気づかず、それに気づいた師匠がシュバインを庇った。
自分のせいで師匠の人生を終わらせてしまった。
それ以来、誰とも関わらずに、一人でハンターとして生きることに決めた。
メロンは初めて聞く彼の人生に、目を少し見開いた。
シュバイン自身も、このことを初めて人に話した。
ついしゃべってしまったことにハッとして、シュバインはすぐに黙り込む。
メロンはふふッと小さく笑った。
「……初めて聞きました。シュバインさんのそういう話」
シュバインは心の中で呟く。
(俺としたことが……)
カムイとの出会いで、少し気が緩んだのかもしれない。
夜のギルドに、珍しく素直な言葉が残っていた。
そんなシュバインに、メロンは説得を続けた。
「でも、あのカムイ君……すごい子になりそうな気がします。
それこそ、シュバインさんを簡単に超えてしまうくらいに。」
シュバインは目を見開いて、彼女を見る。
「なぜそう思う?」
メロンはふふッと笑い、軽く肩をすくめた。
「女の勘です」
「くだらん」
彼はため息をつき、席を立った。
ギルドを出て行き、夜道を一人歩くシュバイン。
メロンの「すごい子」という言葉が気になっていた。
確かに、自分も感じていた。
密猟者たちに追われ、最後の瞬間に見たカムイの炎魔法。
とてもじゃないが、この国の魔法のレベルではない。それもあんな幼い子供が。
(……本当に、ただの子供なのか?)
少しずつ、彼はカムイの成長に興味を持ち始めていた。




