第三十四話 強さを求めて
ルミエルがカムイに転生して、数年が経った。
本当にいろいろなことがあった。
シルバレイン家でのパーティ中に盗賊団が乱入したこと。
騎士学校ではマールロイドとの一件や、舞踏会での異色のパフォーマンス。
リディアの家族とのピクニックで、密猟者の確保まで。
授業中、カムイは窓の外を眺めながら、物思いに耽っていた。
机に肘をつき、ぼんやりと空を見る。神にとって二年など大した時の流れではない。しかし、人間の人生となると、とても長く感じた。
彼は心の中で、静かに過去を振り返る。
天界で美の神として自由奔放に生きていた自分が、今は人間の少年として、家族や友人に囲まれて生きている。
本来のカムイが託した願いも、まだ胸の奥に残っている。
(みんなを幸せに、か……)
窓の外では、春の雲がゆっくりと流れていた。
人間としての生活が、彼を少しずつ変えているのかもしれない。
午後の授業。
内容はロイヤルフォース騎士団についてだった。
ルーナ先生が、いつもの優しい笑顔で説明を始める。
ロイヤルフォース騎士団。
フラスタリア王国の中でも最も大きく強い騎士団。
国からも絶大な信頼を得ていて、正式に王国直属の騎士団として任命されている。
彼女は黒板に図を描きながら続ける。
ロイヤルフォース騎士団は六つの部隊に分けられていて、第一から第六まである。
まずは第一部隊。
第一部隊は、ロイヤルフォース騎士団の最大戦力。
選ばれし騎士のみが所属する。規模も人数も多い。
第一部隊だけは、さらに細かい小隊に分かれており、その全てを束ねるのが部隊長のレオンハルト・ヴァルハート。カムイの父。
クラスの皆がカムイを見て小さな称賛の声が上がる。
次に第二部隊。
第二部隊は、戦略、現場での作戦の対応を主に行う部隊。
騎士たちの能力ももちろん高い。
簡単にいうと、騎士団の頭脳と言ったところ。
部隊長はグリル・シルバレイン。
リディアの父。
今度はリディアが称えられる。
彼女は少し頰を赤らめて俯いた。
第三部隊は、魔法を得意とする部隊。
熟練の魔法使いや、魔法を得意とする騎士が所属している。隊長はゴルグル・アドメット。とても有名な賢者の血を引いた老魔術師。
第四部隊は、情報収集、偵察、潜入を得意とする部隊。
素早い動きや運動神経のずば抜けた人が多い。
リディアの母、レオナ・シルバレインが隊長を務める。
ルーナ先生は生徒たちを見渡し優しく微笑む。
「こうして見ると、カムイ君とリディアちゃんのご両親は騎士団の中心にいるのね」
教室に、改めて二人の家柄を感じる空気が流れた。
ルーナ先生はさらに説明を続ける。
第五部隊は、フラスタリア王国の警備を担当する部隊。
街で見かける騎士は、第五部隊所属の者が多い。
彼らのおかげで街の平和が保たれていると言っても過言ではない。
そして第六部隊。モンスターの扱いに長けた部隊。
騎士団本拠地には騎乗用のドラゴンやグリフォン、様々な種の魔物が飼育されている施設がある。
第六部隊はそういったモンスターの躾や飼育をしている。
第六部隊の部隊長は異種族らしく、どんなモンスターでも手懐けてしまうらしい。
教室に小さな驚きの声が上がる。
カムイは授業を聞きながら、心の中で静かに思った。
(へ〜。いろんな部隊があるんだな……)
初めて、ロイヤルフォース騎士団の全体像を知った。
父親の第一部隊だけでなく、第二、第四と親しい人たちがいる部隊の役割も、こうして整理されると改めて理解が深まる。
カムイは授業を受けながら思っていた。
いずれは自分も、この騎士団に入らなければならないだろう。
それにはまず、当然ながら強くならなくてはならない。
しかし、今のカムイの体で神聖力を使うには、まだ負担が大きい。
それはこの間の密猟者の事件でよくわかった。
力を使いすぎて意識を失い、死の淵までいったのだ。
カムイは思った。
まずは直接的な戦いで強くなる必要がある。
ルミエルの時は槍が得意で、天界では随一の実力だった。
だが、カムイの体になったせいか、その技術は十分に発揮できていない。
(こりゃ、一から鍛え直しだな……)
彼は教科書に目を落としながら、心の中で決意する。
天界で培った感覚を、この人間の身体に合わせて再構築する必要がある。
屋敷に帰ったカムイ。
この日はレオンハルトとの訓練の予定だった。
騎士学校に通ってから頻度は減ったが、こうしてたまに稽古をつけてくれる。
庭の訓練場で、二人は向かい合った。
だが、正直なところ、これと言って進歩はない。
アリアとの事件があってから、互いに気まずくて集中できない。
両親の仲は、ピクニック以降少しはマシになっている程度。まだぎこちない空気が残っていた。
「構えろ」
レオンハルトが短く言う。
カムイは槍を構え、静かに息を整える。
「はい!」
2人は手合わせをしていくが、
父親の指導も、息子の反応も、完全には噛み合っていない。
少し離れた場所で、アリアが心配そうに見守っている。
リーラも静かに控えている。
訓練が一段落したあと、レオンハルトは剣を下ろして言った。
「……今日はここまでだ」
「はい。ありがとうございました」
カムイが頭を下げると、父親は短く頷き、背を向けて去っていく。
残された彼は、槍を見つめて小さく息を吐いた。
(やっぱり、このままじゃダメだな……)
家族の関係は少しずつ動き始めているが、彼自身の強さへの道は、まだ始まったばかりだった。
部屋の中で、カムイは深く考えていた。
誰か師匠となる人はいないだろうか。
はじめはリーラを考えた。
彼女は元槍使いの冒険者だ。
だが、屋敷で習うとレオンハルトに見つかって怒られてしまう。
リーラに迷惑はかけられない。
学校でも何かしらの伝手で騎士団に伝わり、詰む可能性がある。
彼はベッドに寝転がり、天井を見つめる。
正直、槍の扱いに関してはルミエル時代の経験がある。
しかし、慣れない人間の体では、その技術を十分に発揮できない。
体の使い方や速さが、技能に追いついていないのだ。
(体力作り……いや、それよりももっとこう……実戦の動きができる練習……か)
頭の中で、必要なものを整理する。
ただ筋力をつけるだけでは足りない。
実際の戦闘で、体が自然に反応するような動きの練習が必要だ。
すると、あることを思い出す。
素早い動き、実戦に長けた人物。
「あっ!!!!」
以前、ピクニックの時に出会ったハンターのシュバインだ。
彼と別れたとき、目にも止まらぬ速さで去っていったのを思い出す。
ハンターだから、実戦経験も十分なはず。
「あの人だ!!!」
大きくひらめく。
ギルドは街からも離れている。
騎士の数もそう多くはないだろう。
まさに打ってつけの師匠と修行場所だ。
彼はベッドから起き上がり拳を握った。
「明日行ってみよう!」
決意が固まる。
レオンハルトに見つかりにくい場所で、実戦的な動きを学べる可能性が高い。
神聖力に頼らず、この体で槍を極めるための第一歩になるかもしれない。
翌日。
カムイは「遊びに行ってくる」という名目で屋敷を出ることにした。
玄関でアリアが心配そうに声をかける。
「大丈夫?一人で遠くまで行っちゃだめよ。」
「大丈夫だよお母様!」
彼が明るく答えると、アリアは眉をひそめる。
「も〜。カムイったら……」
過保護な母親らしい心配だった。
そこへリーラが近づき、優しく諭すように言った。
「アリア様。カムイおぼっちゃまも、色々と遊びに行きたいお年頃です。
たまには自由にさせてあげてはいかがでしょう」
「でも〜……」
アリアはまだ不安そうだ。
リーラがさらに穏やかに続ける。
「あまり遅くならないようにと、私からもお伝えしてあります。何かあればすぐに戻りますよ」
最終的に、アリアは彼を優しく見守ることにした。
アリアは少し名残惜しそうに
「わかったわ。気をつけてね、カムイ」
「うん!行ってくる!」
彼は明るく返事をして、屋敷を出ていく。
母親と侍女長の視線を背中に感じながら、ギルドのある方向へと足を向けた。




