第三十三話 疑問
ヴァルハート家の屋敷のカムイの部屋。
ベッドに眠っていたカムイが、ゆっくりと目を覚ます。
最初に気づいたのは、アリアだった。
「カムイ!!!」
彼女が叫ぶように声を上げる。
カムイはぼんやりと顔を上げた。
「お、お母様……」
アリアは大泣きしながら、彼の手を握りしめる。
「よかった……本当によかった……」
安堵の涙が止まらない。
反対側にいたリディアも、すぐに顔を寄せてきた。
「カムイ!もー!心配したんだよ!」
大泣きで抱きついてくる。
カムイは苦笑しながら、彼女の背中を軽く叩いた。
そこへ、リーラが扉を開けて駆け込んでくる。
「おぼっちゃま!」
カムイは彼女を見て、穏やかに言った。
「あ、リーラ。」
リーラは涙を堪えきれず、声を震わせる。
「よかった...」
嬉しさを隠しきれない声音だった。
皆が、自分が意識を取り戻したことを心から喜んでくれている。
カムイは枕に頭を預けながら、心の中で小さく呟いた。
(まったく……あの野郎……
また戻って来ちまったじゃねぇか!)
本来のカムイへの文句のような感謝。
真っ白な空間での出来事が、まだ鮮明に残っている。
部屋に、家族と友人の安堵の声が満ちていた。
部屋の外では、グリルとレオンハルトが立っていた。
カムイが意識を取り戻したのを確認したグリルが、レオンハルトに声をかける。
レオンハルトの返事は、無愛想だった。
グリルは少し呆れたように続ける。
「お前……実の息子が死の淵から帰って来たんだぞ!
もっと嬉しそうにしたらどうだ?」
レオンハルトはもちろん、息子の意識が戻ったことを嬉しく思っていた。
だが、それ以上に気になることがあった。
カムイがあのとき使った魔法のことだ。
グリルも同意する。
とても子供が使えるようなものではない。
魔力量も常軌を逸している。
ロイヤルフォース騎士団の第三部隊の魔法使いたちでも、あんな魔力はない。
二人は神聖力について聞いたことならあるが御伽話程度のもの。実在するなんて夢にも思わない。
カムイの魔法が神聖力によって強化されたものだとは、全く気づいていなかった。
廊下に、二人の隊長の間に残る疑問が静かに沈殿する。
部屋の中からは、家族たちの安堵した声が聞こえていた。
レオンハルトは腕を組んだまま、グリルに尋ねた。
「レオナはどうしてる?」
「ああ。今頃、あのハンターのから話を聞いているはずだ。」
グリルの答えに、レオンハルトは嫌そうな顔をする。
グリルはすぐに補足するように続けた。
「だが、あのハンターは密猟者ではないようだ。
むしろ卵を守っていたらしい。ギルドにも確認が取れてる」
「ふん!」
レオンハルトは鼻を鳴らしただけだった。
例えいいことをしていたとしても、彼の中で「ハンター=悪」という固定概念は、簡単には変えられないらしい。
グリルは小さく息を吐き、肩をすくめる。
「まあ、レオナがきちんと調べるだろう。
お前も少しは柔軟になったらどうだ?」
黙り込むレオンハルト。
ロイヤルフォース騎士団の本拠地。
個室でレオナがシュバインから話を聞いていた。
とはいえ、ギルドに確認が取れている以上、彼に密猟者の疑いはない。
今はただの事情聴取のようなものだ。
部下が部屋に入り、レオナに耳打ちをする。
彼女は短く頷いた。
「そうか。ご苦労だった」
部下が退室すると、レオナはシュバインに向かって微笑んだ。
「お前を助けてくれたカムイだが……先ほど意識を取り戻したみたいだぞ」
その言葉に、シュバインはわずかに目を見開く。
だがすぐに平然を装い、短く答えた。
「そうか……」
レオナは笑う。
「素直じゃないね〜」
彼女は続けて話を続ける。
「今回。あんたのやったことは正しい。
ドラゴンの卵を保護してくれてありがとう。
騎士団を代表して礼を言う。」
レオナは頭を下げる。
「卵は騎士団の専門部署で保護させてもらうよ」
シュバインは静かに頷く。
短いやり取りのあと、個室に静かな空気が戻る。
レオナは机に肘をつき、彼をじっと見ていた。
(まだいたんだな...こういうやつが。)
悪い噂が絶えないハンターだが、彼のように正義感を持つ者がいることに嬉しく思う。
数日間の治療を経て、カムイは歩くことができるくらいに回復した。
その間、リディアが毎日お見舞いに来てくれて、 看病までしてくれた。
歩く時の支えになってくれたり、食事まで食べさせてくれる。
今日も彼女はスプーンを持って、彼の前に座っていた。
「はい、あーん」
「リディア...もう一人で食べられるよ」
カムイが苦笑しながら言うと、リディアは首を横に振る。
「だーめ!まだ食べさせてあげるから!」
強引にスプーンを口元に運んでくる。
彼は仕方なく口を開け、食べ物を受け入れた。
そんな様子を、部屋の入り口でこっそり見ている二人がいた。
アリアとリーラだ。
アリアは手を合わせて、色めき立つ。
「まあ!リディアちゃんったら♡」
リーラも静かに微笑む。
「本当にリディア様はカムイおぼっちゃまのことがお好きなのですね。」
嬉しそうな声音だった。
二人は顔を見合わせ、小さく笑い声を漏らす。
部屋の中では、リディアが次のスプーンを用意しながら、カムイに話しかけている。
「早く元気になってね。また一緒に学校行きたいし」
「うん。ありがとうリディア。」
回復中の少年と、献身的な少女。
その温かい光景を、母親と侍女長が優しく見守っていた。
完全に回復したカムイは、騎士学校へ登校した。
しばらく怪我で休んでいたため、クラスの友達が次々と心配の声をかけてくれる。
彼は一つ一つに手を振って応える。
「ありがとう。もう平気だよ」
授業が始まると、隣の席のリディアが小さく微笑んでくれた。
騎士学校での生活が再び静かに始まっていく。
(……戻ってきたな)
本来のカムイの願いを胸に、彼は再びこの日常を歩み始める。
一方。天界。
ルミエルが消滅したとされてから、ある程度の時間が経つ。
大神ユリスは、いつものように職務を遂行している。
孫が消滅したとしても、休むわけにはいかない。
今日も多くの書類に目を通していた。
ひと段落した頃、補佐のトレイルが静かに歩み寄る。
「ユリス様。下界のカムイ・ヴァルハートについてご報告です」
ユリスもトレイルも、カムイにルミエルの魂が入っているとは夢にも思っていない。
二人とも、彼を数千年に一度産まれる神聖力の才を持つ人間としか認識していなかった。
トレイルが続ける。
「先ほど、カムイ・ヴァルハートが神聖力の使いすぎで死の淵を彷徨っていました。
しかし、なんとか意識を取り戻したようです」
ユリスは安堵したように息を吐く。
「そうか……なんて無茶をする子だ。
以前は川で溺れたんだったな。」
「左様でございます」
「まったく……せっかくの神聖力をもつ人間だ。
もっと自分の体を大切にしてほしいものだ」
ユリスは書類から顔を上げ、少し心配そうに窓の外を見る。
天界の執務室に、穏やかな光が差し込んでいる。
孫を失った大神は、下界の特別な少年の無事に安堵した。
トレイルはその後、カムイの成長について詳しく報告を続けた。
ユリスは静かに口を開く。
「神聖力を持って生まれた人間は、場合によっては神格化を認められることがある。」
トレイルが丁寧に頷く。
「はい。いい逸材だといいですね」
元人間とはいえ、天界に新たな神が誕生することは、喜ばしいことである。
二人とも、その可能性を自然に視野に入れていた。
トレイルは少し低い声で
「...今度の神格者は...よい方であるといいですがね。」と。
ユリスは顔を暗くする。すると少し強めに
「トレイル!やめないか。」と。
トレイルは「失礼いたしました」と謝る。
そして彼は一礼し、部屋を出ていく。
ユリスは黙り込み窓の外を見つめる。
なにやら神格化に関して思うところがあるようだ。




