第三十二話 カムイ・ヴァルハート
カムイは意識を失っていた。
(あれ……なんか体が軽いな……
また死んじまったのかな?
マジかよ……ルミエルに続いてカムイでも死ぬのかよ……俺……)
二度目の死を、半ば諦め気味に考えていた。
目を覚ますと、そこは真っ白な水平線が広がる空間だった。
(ん?どこだここ!?
天界……には見えねぇな。こんなところ知らないし)
ふと自分の姿を確認して、彼は驚愕する。
なんと、そこにあるのはルミエルの体だった。
「な、なんでだ!?俺!蘇ったのか!?」
大声で驚くと、背後から声がした。
「そんなわけないでしょ?」
振り返ると、そこに立っていたのはカムイの姿をした人物だった。
ルミエルは、さらに混乱する。
「えっ!?俺?いや……今はルミエルだから……
カムイ!って言えばいいのか?
あ〜!もうわかんねー!」
頭の中がめちゃくちゃになる。
カムイの姿をした人物は、ため息をついて呆れたように言った。
「しっかりしてよ〜神様でしょ?」と。
ルミエルは目の前の少年に向かって、はっきりと尋ねた。
「はぁ!?てかお前誰だよ!」
少年は肩をすくめて答える。
「誰って……カムイ・ヴァルハートだよ」
「んなのわかってるよ!
なんでさっきまでその姿だった俺が、そこに立ってるのかってことだよ!」
少年は呆れたように息を吐き、少し皮肉っぽく言った。
「はいはい、わかったよ……」
静かに自分の胸に手を当て、真っ直ぐに彼を見た。
「僕はね……本来のカムイ・ヴァルハートだよ」
「はぁ!?」
ルミエルは声を上げた。
なんと、目の前に立っているのは、自分が転生する前の本来のカムイだったのだ。
真っ白な空間に、衝撃的な沈黙が落ちる。
美の神として転生してきた魂と、元々その体に宿っていた魂が、初めて顔を合わせた瞬間だった。
真っ白な空間に、二人の「自分」が向かい合って立っている。
どちらが本物で、何が起きているのか、彼にはまだ全く理解できていなかった。
ルミエルが説明を求めると、カムイは少し呆れたように首を傾げた。
「それよりさ。ルミエルさん。
僕のこと、知らないの?神様のくせに」
「はぁ!?」
「カムイ・ヴァルハートだよ?」
すると突然、白い空間に多くの映像が現れる。
どうやらこの空間では、お互いの記憶が共有できるようになっているらしい。
ルミエルは必死にカムイ・ヴァルハートという名前の記憶を辿る。
そして。
「あーー!!!」
彼は思い出した。
そう。カムイ・ヴァルハートとは、下界に数千年に一度産まれる、神聖力の才能を持つ人間だった。
数年前。彼が下界で産まれた時、天界では大騒ぎになっていたのだ。
数千年に一度の才能の誕生。
天界では急遽会議が開かれ、この子供のこれからについて話し合いが行われた。
ルミエルもその会議に参加していたのだが...
その時は、今日共に過ごす女神や天使のことで頭がいっぱいで、まともに話を聞いていなかった。
かろうじて「カムイ・ヴァルハート」という名前だけ認知しており、今になってようやく思い出したのだ。
真っ白な空間で、ルミエルは驚く。
「お前だったのか!」
カムイは「まったく...」とあきれながら彼を見ていた。
カムイは静かに説明を始めた。
「ルミエルさんが知っての通り、僕さ……犬を助けて、川で溺れちゃったんだよね。それで一度死んだんだ。」
ルミエルは真剣にカムイの話を聞く。
「でも...死ぬ間際に心の中で強く祈ったんだ。
『お父様とお母様を悲しませたくない』って。そして気づいたら、ここにいてさ」
ルミエルは呆れたように息を吐く。
カムイは続けてこの空間について教えてくれた。
「ここってどうやら、僕が死ぬ間際に作られた場所みたいなんだ。神聖力の力なのかな?
位置的には...下界と天界の狭間って感じ。
天界は無理だったけど、下界の様子は見れるよ!」
言われるがままに、ルミエルは足元の地面を覗き込んだ。
そこには、ベッドで寝ている自分の姿が映っている。
アリアが泣きながら、その手を握っていた。
そばでリディアも心配そうに立ち、リーラが懸命に侍女たちに指示を出している。
「み、みんな……」
ルミエルは不安そうに呟いた。
家族や友達が、自分の体を心配して集まっている光景が、はっきりと見えている。
ルミエルはカムイに真っ直ぐ尋ねた。
「ところで...そもそもなんで俺がお前の体に入ったんだ?」
カムイは当然のように肩をすくめる。
「そんなこと僕にわかるわけないでしょ?」
ルミエルは天界の転生の池に落ちて消滅したと思っていた。
気づいたらカムイになっていた。
この子ならその理由を知っているかと思ったが、甘かったらしい。
するとカムイが、少し呆れたように続けた。
「まったくさ〜。人の体で好き勝手やってくれるよね〜。
特にリーラとかさ〜」
バレていた。
「お、お前……見てたのか?」
「当然!」
一気に顔が熱くなるルミエル。
リーラとの関係を、第三者に、しかも元の体の持ち主に見られていたという羞恥が、全身を駆け巡る。
「う……」
彼は言葉を失い、視線を泳がせた。
カムイは急に真剣な顔になった。
「それでさ!どうする?」
「何がだ?」
「この空間。もうすぐ消滅するみたいなんだよね。」
「なにぃ!?」
突然すぎる展開に、ルミエルは慌てる。
「ま!僕の神聖力が作った場所だから、その力が切れたのかもね。」
その大人びた対応に驚くルミエル。
「お、お前。子供のくせに妙に落ち着いてるな。」
ルミエルはふとカムイの足を見る。徐々に薄くなっているのがわかる。
「お、おい!大丈夫か!?」
「うん。もう消滅しちゃうみたいだね...」
カムイの魂はどうやら天界に行くのではなく、このまま消滅してしまうようだった。理由はわからないが天界を生きた神として初めて見る光景。
「こ、こんなことが...」と驚くルミエル。
「うん。この世界を作った影響かな?」と。
寂しそうに見るルミエル。
するとカムイは真剣な眼差しをルミエルに向ける。
「まだ下界の体は死んでないよ!今のルミエルさんなら戻れる!」と。
「ま、待てよ!俺じゃなくてお前が!」
そう言いかけるも、カムイは首を横に振る。
「僕はもうダメだよ。ここから下界を見るだけで精一杯なんだ。カムイとしてのあなたの人生を見ていて、一度直接会いたいなって思ってたんだ!」
消えかけのカムイは最後にお願いをする。
「お願い!お父様やお母様、みんなを幸せにしてあげて!」
そう言い残すと、カムイはルミエルの体にアタックした。
ルミエルはバランスを崩し、白い世界から落ちていく。
見下ろすカムイが、小さく手を振った。
「僕の分まで頑張ってよ〜!」
その姿が、徐々に消えていく。
ルミエルは落ちながら、必死に叫んだ。
「お、おい!てめぇ!カムイ!まて!」
真っ白な空間が急速に収縮し、彼の意識は再び下界へと引き戻されていく。
元の魂の最期の願いが、美の神の魂に託された瞬間だった。




