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第三話 転生

 ゆっくりと、まぶたが開いた。

 柔らかなベッド。上品なシーツの感触。

(こ、ここは……)

 ルミエルは意識を取り戻し安堵した。

(よ、よかった……なんとか生きてるみたいだ)

 その直後だった。

「カムイ様!!!」

 メイドの服を着た女性が叫んだ。

「ご無事でしたか!?すぐに奥様を!」

 そう言い残すと、足早に部屋を出て行ってしまった。

 ルミエルはきょとんとする。

「ん?カムイ?誰のことだ?」

 自分のことを呼んでいるのはわかったが、まったく覚えのない名前だった。

 状況が掴みきれないまま、彼はベッドの上で体を起こした。



 しばらくして——

「カムイ!!!!」

 今度は、別の女性の声がした。

 入ってきたのは、優雅な白いドレス着た美しい女性だった。

 長い金髪をゆるくウェーブさせ、花の髪飾りをつけている。

 心配そうにルミエルを見つめていた。

 ルミエルの思考が、一瞬で停止した。

(うお〜!す、すっげぇ美人!!)

(この人は……人間か?)

 天界で数多の女神や天使と過ごしてきたルミエルでさえ、思わず息を呑むほどの美貌。



 彼女はこちらに駆け寄ると、安堵の表情を浮かべた。

「よかった……本当に、よかった!」

 美人な女性はそう呟くと、ルミエルを強く抱きしめた。突然のことに驚くルミエル。

(ちょ、おい。なんなんだこの人!?いきなり抱きしめて……で、でも...いい匂い...)

 ルミエルは戸惑いながらも、美しい女性に抱きしめられてご満悦。



 しかし、そんな幸せを差し置いて強い違和感を感じた。

(てかなんだ?このサイズ感の違いは?)

 自分の体が、明らかに小さか感じる。

 腕の長さも、肩の幅も、抱きしめてくる女性との差が大きすぎる。

 天界にいた頃の自分とは、明らかに違う。



 ふと、部屋にある鏡が目に入った。

 ルミエルは女性の腕の中から身を少し離し、鏡の方を見た。

 そこに映っていたのは、全く見知らぬ男の顔だった。

 赤みを帯びた髪のゆるふわヘア。大きな赤い瞳。

 整ってはいるが、自分が知っている「ルミエル・バーガンディ」の美貌とは似ても似つかない。

 少年の顔立ち。体も華奢だ。

 ルミエルの表情が凍りついた。

(これって……ま、まさか!て、転生ってやつなのか!?)

 鏡に映る見知らぬ自分を見つめながら、ルミエルは静かに、しかし確実に理解した。



 メイドが、ルミエルを抱きしめていた女性に向かって安堵の声をかけた。

「アリア様。本当によかったです。カムイ様がご無事で」

「ええ!」

 アリアと呼ばれた女性は、優しくルミエルの頭を撫でる。

 どうやらこの美しい女性は、この体のカムイという少年の母親らしい。



 そのときだった。

「ドンッ!」

 扉が激しく開き、一人の男が血相を変えて踏み込んできた。整った服装に男前な顔立ち。

 その後ろを付いてくる女性。

 短く綺麗な水色の髪に大きな胸を強調するメイド服。

 男はルミエルを見るなり、怒りを露わにした。

「カムイ!お前というやつは!」

 最初のメイドが男を宥める。

「レオンハルト様...」

 アリアが眉をひそめ、たしなめるように言った。

「あなた。カムイが無事だったんです。もう少し嬉そうにしてください。」



 しかしレオンハルトという男は収まる気配がない。

「喜べるか!こいつは……たかだか犬一匹のために、川に飛び込んで溺れたんだぞ!

 ヴァルハート家の後継が、そんなことでどうするんだ!」

「レオン!」

 アリアが声を強める。

 すると、レオンハルトの後ろにいたメイドが、静かに口を開いた。

「旦那様……」

 その声に、レオンハルトは一瞬だけ気まずい顔をした。

「な、なんだリーラ。お前まで……」

 リーラと呼ばれたメイドは、無表情に近い穏やかな顔で彼を見ていた。

 ルミエルは、このやり取りを黙って眺めていた。

(……父親の名がレオンハルト。母親がアリア。で、この体は後継・カムイか。)

 状況が、少しずつ整理されていく。



 どうやら元のカムイは、犬を助けようとして川に落ち、溺れて死んだ。そして、魂が入れ違うように天界から来た自分が入り込んだらしい。ルミエルなりの瞬時の考察。

 レオンハルトとアリアは、まだ少し言い合いを続けながら部屋を出て行った。

「だが無鉄砲は……」

「あなたこそ、もう少し……」

 扉が閉まり、二人の声が遠くなっていく。



 部屋に残ったのは、ルミエルと二人のメイドだった。

 リーラが静かに指示を出す。

「水を持ってきてください。あと、温かいタオルも。」

「は、はい!」

 メイドは慌てた様子で部屋を出て行った。

(どうやらこのリーラって人は、一番偉いメイドみたいだな……まだ若そうなのにすごいな……)

 ルミエルがそう思った直後、リーラがこちらに近づいてきて優しく微笑む。

「カムイおぼっちゃま。ご無事で何よりです。とても心配したのですよ。」

 優しい微笑みが素敵な女性だった。



 ルミエルは彼女を観察。

(うお〜!このメイドさんも美人!)

 人間の体になってからも、女性好きは健在らしい。

 ルミエルは内心で大きくうなずきつつ、表面上は何事もないように返事をした。

「ごめんなさい。心配かけちゃって...」と子供を演じる。



 一人になった部屋で、ルミエルは静かに天井を見上げていた。

(やっぱり……あの池は、転生の池だったのか……)

 記憶が、ゆっくりと蘇ってくる。

 まだ幼かった頃。

 大神殿の広い廊下を、祖父である大神ユリスと並んで歩いていたときのことだ。

「あの部屋には『転生の池』というものがある。下界で不幸な死を遂げた魂が通り、新たな生を得るための聖なる水だ。

 だが、神がその水に触れた場合……その神は消滅する。」

 幼いルミエルは、恐る恐る尋ねた。

「消滅って……消えちゃうの?」

「ああ。存在ごとなくなる。」

 そのときの祖父の表情は、今でもはっきりと覚えている。



 状況から察するに、自分が落ちたのは間違いなく転生の池。しかし、聞いていた話と違う。

 自分は美の神。池に落ちたなら消滅するはず。だが今、こうして生きている。しかも、死ぬはずだったカムイという少年の体に魂が入るような形で。

(なんでだ……?)

 転生するなら、赤子から始まるはず。

 なのに自分は、記憶も神としての自我も保ったまま、この年齢の子供として生きている。

(……見当もつかねぇ)

 ルミエルは小さく息を吐き、自分の手を握ったり開いたりした。

 ただの人間の少年の手。

(お爺様たちは、俺が消えたと思ってるんだろうか...)



 ルミエルはしばらく天井を見つめたまま、考え込んでいた。

 だが、すぐに肩の力を抜いて、ふっと笑った。

「ま!考えても仕方ない!」

 ベッドの上で大きく伸びをする。

「どうせ神に戻っても、待ってるのはお説教だし。

 ガベル大臣には責任を追及されるだろうし、ガブラインやフレアには今までのことも追及されるもんな。」

 指折り数えるようにして、天界での面倒ごとを思い出す。

「もういっそのこと、この人間で人生を過ごすか!」

 楽観的な結論だった。

 元に戻る方法など見当もつかない。

 ならば、今あるこの身体と立場で、適当に楽しくやってやろう。それがルミエル・バーガンディの、ごく自然な思考回路だった。

「人間か……まあ、悪くないかもな。」



 それから数日。

 ルミエルは「カムイ・ヴァルハート」として、ベッドの上で静かに過ごしていた。

 世話をしてくれるのは、主に侍女長のリーラ・アルフェントだった。

 朝昼晩と部屋に現れ、食事を運び、体を拭いてくれる。

 優しい笑顔が降り注ぐ。

「おぼっちゃま、具合はいかがですか?」

「うん。ありがとうリーラ。」

 表面上は子供を装いながら、心の中で思う。

(美人に看病されるの、最高だな♡)

 天界にいた頃とは違う、穏やかで親密な距離感。

 そして、カムイのラッキーはこれで終わらなかった。



 ある日の夕方。

「カムイ。熱も下がってきた事だし、お風呂に行きましょうか!」

 母親のアリアが彼に微笑み言った。

 ルミエルは思わず目を見開いた。

(えっ?...えっ!!)

「さ、起きて。久しぶりね♡一緒入りましょう♡」

 アリアは微笑み、カムイを抱っこして共に浴場へとむかう。



 浴場に着いて、カムイは衝撃を受けた。

(……広っ)

 とんでもなく広い大浴場だった。

 複数の浴槽が並び、蒸気が立ち込め、天井まで高く開放的な造り。もちろん天界の浴場の方がはるかに豪華ではあるが、人間の世界でそれに近い創りを見て、ヴァルハート家は、ただの貴族ではないらしい。相当な金持ちなのだろうと思った。



 アリアもやってきた。

 カムイは振り向き、思わず息を呑んだ。

 そこには、バスタオルを身にまとったアリアの姿があった。

 肩にかかる金髪は湯気に濡れて艶やかに輝き、とても綺麗な白い肌

 無防備な姿に、カムイは思わず視線を逸らした。

(やばい……この母親)

 ルミエルは心の中で、思わずそう呟いた。

 アリアはそんなカムイの様子に気づくことなく、穏やかな笑みを浮かべていた。

 カムイとしての人生は、どうやら予想していた以上に賑やかなものになりそうだった。



 体がある程度回復してきた頃、カムイは父親であるレオンハルトから、剣の指導を受けることになった。

 稽古場に立ったレオンハルトは、厳しい表情を少しだけ和らげて言った。

「カムイ。先日はその……すまなかった。

 身を挺して犬を助けるお前の勇気。褒めてやらないといけなかったな。アリアに言われたよ。」

 ルミエルは慌てて首を横に振る。

「い、いえ!僕も、まともに泳げもしないのに川に飛び込むなんて、無茶なことをしました!」

 表面上は反省した息子を演じてみせた。



 そこから始まった剣の修行は、予想を遥かに超えて厳しかった。

「構えが甘い!もっと腰を落とせ!」

「振りが遅い!相手は待ってくれんぞ!」

「もう一度! 止まるな!」

 レオンハルトの指導は容赦ない。

 木剣で何度も弾き飛ばされ、地面に這いつくばり、息も絶え絶えになる。

 それでも彼は手を緩めなかった。

(な、なんなんだこの男は!?こんな幼い...しかも自分の息子にここまでするかよ!)

 ルミエルは心の中で悲鳴を上げながら、必死に木剣を振った。



 人間の身体は、神のものとは比べものにならないほど脆い。

 疲れ切って膝をついたとき、稽古場の入り口から明るい声がした。

「ははは!カムイ殿!お父上の指導ご苦労だな!

 だがいずれ、君も騎士団の第一部隊を継ぐのだ!

 これくらい耐えなければダメだぞ!」

 鎧を着た騎士が、笑いながら声をかけてくる。

 どうやらレオンハルトの部下らしい。

 ルミエルは顔を上げ、きょとんとした。

(き、騎士団?第一部隊?な、なんの話だ?)

 全く理解できなかった。

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