第三十話 ギルドハンター
カムイとリディアは丘を降りていった。
目の前には、広そうな森が広がっている。
リディアが足を止め、少し躊躇したように言う。
「流石に入ったら迷っちゃいそうだね」
「そうだね。入るのはやめとこうか。」
カムイも同意する。
そのとき、彼がふと遠くに目をやった。
崖の下に、誰かが倒れているのが見えた。
「……!?」
駆け出すカムイ。
リディアが慌てて後を追う。
到着すると、倒れている人物は木の枝で覆われていた。
崖の上から落ちたようだ。無事だったのは、木の枝がいい感じにクッションになったからだと予測。
カムイが枝を取り除き始める。
リディアは不安そうに制止する。
「カ、カムイ……やめておいた方が……」
枝を一つ一つどけていくと、中から男の姿が現れた。
全身黒ずくめで、いかにも怪しい格好をしている。
腕には、何やら大きめの卵を抱きかかえていた。
カムイは男の顔と、抱えている卵を交互に見る。
(な、なんだ……この人...それに...これは?)
リディアも隣に立ち、目を丸くした。
「この人……誰?」
森の入り口近くで、二人は予期せぬ発見に立ち尽くしていた。
カムイは躊躇せず、倒れている男に回復魔法をかけ始めた。
「ちょっと、カムイ!」
リディアが驚いて止めようとするが、彼は首を横に振る。
「こんなに怪我して倒れてる人を放っておけないよ!」
淡い光が男の体を包み、傷が徐々に回復していく。
やがて回復が終わると、男はゆっくりと目を開けた。
「お、俺は……」
ぼんやりとした声のあと、彼はカムイとリディアの姿を認識する。
次の瞬間、男はカムイ達と距離を取った。
カムイは男の姿を観察する。
全身黒ずくめの装い、白い髪に黒いマスク。背中には大きめの銃を背負い、腰には短刀。
リディアが思わずカムイの後ろに隠れる。
カムイは一歩も引かず、穏やかに声をかける。
「大丈夫ですか?倒れていたので、とりあえず回復したんですけど...」
男は自分の体を触り、傷がほとんど消えていることを確認した。
警戒した瞳でカムイを見つめる。
「……お前がやったのか?」
「はい!」
素直に認めると、男は少しだけ肩の力を抜いた。
「……そうか。」
腕に抱えていた大きめの卵を、慎重に抱え直している。
カムイは男性に向かって、素直に尋ねた。
「おじさん……誰なの?」
男性は沈黙したまま、警戒を解かない。
カムイはハッとしたように自分の胸に手を当て、先に自己紹介をした。
「あ!ちなみに僕はカムイ!カムイ・ヴァルハート。
こっちは友達のリディア」
その言葉に、男性は少しだけ目を細めた。
礼儀として、短く名乗りを上げる。
「俺はシュバイン・ウインド。ハンターをしている」
「ハンター」その言葉に、リディアがビクッと体を強張らせた。表情がこわばる。
カムイも、内心で同じ反応をしていた。
レオンハルトから聞いたことがある。
フラスタリア王国から少し離れたところには、ギルドが多く存在する。ハンターとはそこに所属をする者たちだ。
様々な依頼をこなしたり、魔物の討伐任務も行う。
しかし、密猟や違法な取引、民間人へ危害を加えるハンターもいる。
決して全員がそうというわけではないが、問題が顕在化しているのが実態だった。
レオンハルトは、冒険者時代からハンターをかなり嫌っていたらしい。ロイヤルフォース騎士団の会議では、ギルドを閉鎖する案まで出しているほどだ。
リディアも、父のグリルから似たような話を聞かされていたため、明らかに怖がっている。
カムイは卵を指差し、率直に尋ねた。
「おじさん……いや、シュバインさん。その卵は?」
シュバインは短く答える。
「これは、ドラゴンの卵だ。
密猟者に狙われているのを回収するのが...俺の任務だ」
その言葉に、カムイは心の中で小さく思う。
(なんだ……いい人じゃないか)
だが、リディアが彼の袖を引き、こっそりと耳打ちした。
「カムイ……嘘かもしれないわよ。
この人が密猟者だったとしたら……」
確かに、彼女の言い分にも一理ある。
カムイはさらに質問を重ねた。
「なんで倒れてたの?」
シュバインは深くため息をつき、二人を見つめる。
「お前たち……疑っているな?」
カムイとリディアはギクッとした。
それでもシュバインは、丁寧に説明を続けてくれた。
母親のドラゴンが巣にいない時間帯を狙って、密猟者達が卵を奪いに来た。
シュバインは、ギルドから提供された密猟者達の情報を元に、先回りして卵を保護した。
だが、運んでる途中に見つかってしまい、逃げてるうちに崖から落ちた。
運良く、落ちた瞬間を見られなかったため、卵は守り切ることはできた。
嘘と思われるかもしれないと前置きしつつ、彼は懇切丁寧に語った。
腕の中の卵を、大切そうに抱き直している。
カムイはシュバインの目をじっと見ていた。
少なくとも、今のところは嘘をついているようには感じられない。
すると、崖の上から話し声が聞こえてきた。
「アニキ!やっぱりあいつ、ここから落ちたんじゃないですかい?」
「そんなことあってたまるか!落ちたら卵が粉々じゃねえか!」
その声に気づいたシュバインの表情が、一気に険しくなる。
「まずい!」
彼は素早く周囲を見渡し、近くにある洞窟を見つけた。
すぐに逃げようとするが、二人を置いていくわけにはいかない。
「お前たちも来い!」
短く、しかし強い指示だった。
カムイはすぐに頷く。
「うん!」
彼がシュバインを追って走り出すと、リディアが慌てて声を上げる。
三人は洞窟の中を進んでいく。
洞窟は意外と短く、すぐに行き止まりだった。
シュバインがすぐに指示を出す。
「岩の後ろに隠れろ!」
三人は大きな岩の陰に身を潜める。
そのとき、洞窟の外から声が聞こえてきた。
「アニキ!洞窟がありやすぜ!」
「もしかしたら、ここに隠れてるかもしれねえな!」
シュバインの表情が強張る。
リディアが小さく慌てた声を漏らす。
「どうしよう……!」
カムイは一瞬考え込み、すぐに閃いたように目を輝かせた。
彼はリディアの耳元に顔を寄せ、小さな声で何か伝える。
「えっ!?そんなの無理だよ!」
リディアが目を丸くして抗議するが、カムイは首を横に振った。
「大丈夫!僕に任せて!」
シュバインが二人を見て、疑問の表情を浮かべる。
「……??」
カムイは彼に向かって短く言った。
「シュバインさん!ここで待っててね!」
カムイが小さく息を吸い、強く言った。
「今だ!」
次の瞬間、彼とリディアは悲鳴を上げながら洞窟を飛び出した。
「うわああっ!!」
「きゃあああっ!!」
洞窟入り口付近の密猟者たちと、真正面から出くわす。
数人の密猟者達が突然の子供たちに目を丸くした。
カムイはわざと怯えた子供を演じ、声を震わせて叫ぶ。
「お、おじさん達!入らない方がいいよ!
この奥、モンスターの巣になってるんだ!」
密猟者の一人が大きく動揺する。
仲間の一人が、思い出したように顔色を変えた。
「そ、そういえばこの間……旅人がモンスターの巣に入って食われたって……」
完全に勘違いをしてくれた。
密猟者たちは慌てて踵を返し、カムイたちと一緒に洞窟を飛び出した。
外に出ると、彼らは必死に息を切らしている。
一人が腰に手を当て、カムイに向かって言った。
「危なかったぜ!おい坊主!感謝するぜ!」
「う、うん...」
カムイはまだ怯えたふりを続けながら、小さく返事をする。
リディアも彼の袖を掴んだまま、うまく演技を続けていた。
密猟者の一人が、苛立った声を上げる。
「くそ〜。あのハンター、どこ行ったんでしょうね?」
別の男がカムイたちの方を向く。
「おい坊主!お嬢ちゃん!
黒ずくめで大きい卵持った男を見なかったか?」
カムイはわざと少し考え込むふりをしてから答えた。
「そういえば……ここに来る途中、森の中でガサガサって音がしたよ!
黒いのがヒュンって動いた気がする」
その言葉に、密猟者たちは一気に盛り上がる。
「そいつだ!」
「森の中に隠れたか!」
次々に彼らは森の方へ走っていく。
男はカムイの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「へへ!小僧!ありがとな!」
そう言い残し、追いかけるように去っていく。
足音が完全に遠ざかったあと、リディアは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「はあ……怖かった……」
カムイは小さくガッツポーズをする。
「よし!」
うまくいった。
彼はリディアに手を差し伸べ、優しく微笑んだ。
リディアは彼の手を取り、立ち上がる。
シュバインが洞窟から出てきた。
卵を大切に抱えたまま、彼はカムイを見る。
「驚いたな……」
カムイの機転に、素直に感心した様子だった。
カムイは少し自慢げに胸を張る。
「ま!こんなもんだよ!」
シュバインは短く頭を下げた。
「助かった。礼を言う。ではさらばだ!」
そう言い残すと、彼は風のように速いスピードで走っていく。
その速さに、カムイが思わず声を上げた。
「はやっ!」
一瞬で姿が見えなくなる。
リディアも驚く。
「すごかったね……」
「うん。早くお父様たちのところに戻ろう!」
カムイが提案すると、リディアもすぐに頷く。
二人は崖を離れ、丘の上へと戻り始めた。




