第二十九話 ピクニック
数日後。ピクニックの日。
リーラたち侍女に見送られ、馬車が走り出す。
家族三人での外出は、正直久しぶりだ。
車内では、レオンハルトもアリアもまだ気まずそうな様子を見せている。
それでもアリアが、勇気を出して静かに口を開いた。
「こういうの……久しぶりね」
その言葉に、レオンハルトがわずかに目を見開く。
彼は少し遅れて、なんとか返事を返した。
「そ、そうだな」
ぎこちないが、会話が成立した。
カムイは窓の外を眺めながら、心の中で小さく拳を握る。
(よしよし!
まだまだだけど、こっから仲直りしてくれれば)
馬車は丘の方角へと進んでいく。
このピクニックが、家族の関係が少しでも良くなるきっかけになることを、彼は願っていた。
丘に到着した馬車から、カムイたちが降りる。
大きな木の下では、すでにグリルとレオナが準備を進めていた。
リディアがカムイたちの到着に気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。
カムイが手を振ると、アリアが優しく声をかける。
「リディアちゃん、誘ってくれてありがとうね」
リディアは元気よく首を横に振った。
「いえ!今日はみなさんに仕事を忘れて楽しんでもらいたかったので!」
そう言ってレオンハルトの方を向くと、彼も短く頭を下げる。
リディアはすぐにカムイの腕を引っ張り、先を急かす。
「カムイ!こっち来て!
準備はお父様とお母様がしてくれるから!」
二人は花が綺麗に咲く草原の方へと走っていく。
その仲睦まじい後ろ姿を見て、レオンハルトが小さく呟いた。
「カムイのやつ……いつの間にか、グリルの娘さんとあんなに仲良くなっていたのか……」
息子の成長を、改めて実感する。
最近はあまり関われていなかっただけに、意外な光景だった。
隣でアリアは微笑む。
「子供の成長は早いのよ」
その何気ない言葉に、レオンハルトがわずかに彼女を見る。
久しぶりに交わす、夫婦らしい会話だった。
レオンハルトとアリアは、グリルとレオナのところへ歩いていった。
グリルが大きな手を挙げて出迎える。
「来たか!」
レオナも気さくに手を振る。
「よっ!レオンハルト!」
レオンハルトとレオナは同い年だ。
彼が第一部隊の部隊長になった頃からの付き合いで、グリルと同様に古くからの仲である。
レオナはレオンハルトに感化されて努力を重ね、彼と同じく若くして第四部隊の部隊長となった。
隊長歴としてはほぼ同期で、グリルと同じく友人のように慕っている。
「久しぶりだな、レオナ」
「おう!相変わらず堅い顔してんな。今日くらいは力抜けよ」
レオナが軽く肩を叩くと、レオンハルトも小さく息を吐いて頷いた。
一方、アリアはすぐに準備の輪に加わる。
「レオナさん。お手伝いしますね」
「ありがと〜、助かるよ!
普段は任せっきりだからさ!こういうの、実は苦手なんだよね〜」
レオナが正直に告白すると、アリアは優しく微笑む。
「私も普段リーラたちにまかせてます。でも安心してください!」
二人の女性が並んで食材を用意して、簡単な料理を始める。
グリルとレオンハルトはテーブルに移動。グリルは酒の小瓶を差し出した。
「ほら、まずは一杯やれ。今日は仕事の話はなしだ」
「……ああ」
レオンハルトが杯を受け取る。
大きな木の下で、四人が少しずつ打ち解けていく。
草原の方では、カムイとリディアの楽しそうな声が聞こえる。
グリルが静かに切り出す。
「どうだ?アリアさんは」
夫婦の現状を、遠回しに気にかける声だった。
レオンハルトは答える。
「あ、ああ……さっき、久しぶりに何気なく会話ができた……」
「そうか!
まあ、これからだ。今日は楽しんでいけよ」
グリルが応援する。
レオンハルトは小さく頭を下げた。
「すまんな……本当に」
「何を言う!
昔からの仲だ!お前が誤った道を行けば、それを正すのは当然だ。」
グリルの言葉は厳しく、しかし温かかった。
二人の隊長は杯を合わせ、静かに酒を口にする。
木陰に、男同士の短い励ましが流れる。
カムイとリディアは、花畑に座って話していた。
リディアが周囲の景色を両手で示しながら、嬉しそうにしている。
「ここ綺麗でしょ!この間お母様と見つけたの!」
「うん。すごいね!」
カムイは素直に感心した。
天界にも花畑はあったが、同等の綺麗さがある。
(へ〜。下界にも、こんなに綺麗なところがあるんだな)
風が花を揺らし、甘い香りを運んでくる。
二人はしばらく、その光景を静かに楽しんでいた。
すると、大きな木の下からレオナの声が飛ぶ。
リディアが元気よく返事をし、すぐに立ち上がる。
彼女はカムイの手を引っ張り、楽しそうに促した。
「行こ!」
二人は花畑を後にし、食事の準備が整った場所へと走っていく。
ピクニックを楽しむ両家。
大きな木の下に、サンドウィッチやバーベキューの道具が並ぶ。
アリアが笑顔でトレーを運んできた。
グリルが受け取り、レオンハルトも頷く。
一方、レオナはというと、炎魔法で串に刺した肉を派手に焼いていた。
赤い炎を自在に操り、表面を香ばしく焦がしていく。
そばで見ていたリディアが目を輝かせる。
「お母様すごーい!炎が綺麗!」
レオナは得意げに胸を張った。
「ははは!この肉はな、この間捕獲したレア物の獣肉だぞ!普通の市場じゃ手に入らないんだからな!」
グリルが驚く。「お、お前...それもらって来たのか!?」
「ああ!貴族たちに渡るやつを少しな!」とニヤリ。
ふと、カムイは興味をそそられた。
まだ焼いていない串を一つ取り、見よう見まねで炎魔法を発動させる。
次の瞬間
一発で成功した。
炎が均一に回り、表面が完璧に香ばしく仕上がる。
「カムイすごーい!」
リディアがすぐに称賛する。
レオナも目を丸くした。
「お!大したもんだな!
初めてにしては完璧だ!」
その様子を見ていたグリルが、腕を組んで頷く。
「カムイは炎魔法が得意かもしれんな。」
この世界の魔法は、体と属性の相性があるという。
カムイは自分の掌を見下ろし、心の中で思った。
(へー。この体は、炎と相性がいいのか)
焼きたての肉の香りが漂う中、両家のピクニックはさらに賑やかになっていく。
レオナがカムイの肩を叩いてもう一本の串を渡す。
「いいぞいいぞ!次はもっと大きな炎でやってみろ!」
「お母様、危ないってば!」
リディアが慌てて止める声が、丘に明るく響いた。
時間が経ち、リディアが再びカムイの手を引く。
「カムイ!遊びに行こ!少し遠くに行ってきます!」
「気をつけるんだぞ!」
グリルが大きな声で見送る。
無邪気に走っていく二人の後ろ姿を見て、レオナが感嘆する。
「本当元気だな!」
「お前ほどじゃないぞ」
グリルが即座に返すと、レオナが腰に手を当てて抗議した。
「どういう意味だよ〜!」
そのやり取りに、レオンハルトとアリアが思わず笑ってしまう。
レオナはレオンハルトの方を見て、目を細めた。
「お前の笑ったところ、久しぶりに見るな!」
「あ、ああ……」
レオンハルトが少し照れたように視線を落とす。
レオナは具体的な出来事には触れず、静かに言葉を続けた。
「いいかレオンハルト。夫婦ってのはな、信頼が一番だ。
一度失うと、取り戻すのは簡単じゃない。
今後、お前の行動一つ一つがより大切になっていくぞ」
その言葉に、レオンハルトは自分の行いを思い返す。
チラリとアリアを見る。
本来は決して許されないことをした。
彼は小さく頷く。
木陰で、大人たちの会話が少しだけ深みを増していく。




